第34話 父さんのひと言
母さんの切々とした声が、父さんの耳に届いたのだろう。
父さん、うっすらと目を開けた。
「約束のものがまだ未完成って話だけど……」
父さんの声って、こんなに嗄れていたっけ。
声を出すという機能まで、失われつつあるってことなんだろうか。
「それはもう、いいんだ。
だってそうだろう?
俺が死ねば、もうそれは必要なくなるじゃないか」
「そうだとしたら、私、スイッチの壊れた不完全な機械みたいにこの先生きていくの?
そんなの無理。
それに……、私、約束を放り出して、あなたを脅迫してでもあなたを死なせないから!」
「昔から、約束していたろう?
俺が死ぬときは、そのまま死なすって」
……僕には、父さんと母さんがなにを話しているのか、さっぱりわからない。
そもそもだけど、「あなたを脅迫してでもあなたを死なせない」って、どんなシュチエーションなのか、想像もつかないよ。
「どういうことなの?
約束ってなに?
まだまだ僕、聞いていなことがあるの?」
辛抱できなくなって、僕、ついに口を挟んだ。
本当は、瑠奈もフリッツさんもいないところで聞いた方が良かったのかもしれない。
でも、そんな気を使っていたら、すべてを聞き逃してしまいそうだ。
僕たちの打った手で父さんは生き延びるかもしれないけど、ダメの可能性だってある。
なら、今このときに聞ける話はすべて聞いて、聞き逃さない方がいい。
「いいわ、ヨシフミ。
話してあげる」
「美子っ!!」
父さん、死にかけていたはずなのに、強い口調になって母さんを止めた。
「私のことよ。
私が決める。
もう、約束のものを作るのも止める。
私は、私の人生を生きたい」
……いったい、なにを言い出しているんだ?
母さんは、皮肉屋じゃなかったのか?
「ヨシフミ。
アンタ、高校生だから、筆記道具ぐらい持っているよね。
全部出しなさい」
そう言われて、僕、ペンケースからボールペンやらシャーペンやらをわらわらと取り出して、束で握った。
母さんの口調、今まで僕が聞いたことがないもので、とてもじゃないけど反抗できる雰囲気じゃなかった。
「父さん、ひと言、言って」
……死にかけていた父さんが母さんにそう言われて、衰弱しきった顔にさらに苦悩を浮かべた。
「さあっ!」
ああ、これはわかる。
父さんは、なんだかんだ言って、それでも最後は必ず母さんに負けるんだ。
「美子、ペンを1本残して全部折れ」
「はい!」
そう返事をした母さんの声は、なぜかとても嬉しそうだった。
次の瞬間、僕の右手の親指と人差指の輪のすぐ上から、すべてのペン類が切れたようななめらかに折れ、ざらりと落ちて床に飛び散った。
でも……。
高校入試に成功したときに父さんと母さんが送ってくれた、ちょっといいボールペンだけはそのままに、まったくの無傷で僕の手の親指と人差指の輪から伸びていた。
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