第13話 ヴァンパイアは獣の正体を目撃する


 僕と瑠奈るいな二人分の霧ともなれば、体積がそこそこある。というより、人型の身体に戻ったほうが体積は遥かに少ない。

 つまり、人型の身体ですら隠れられないのに、霧のままで引き出しとかに隠れられるわけがない。


 数秒の間、必死で周りを見て、瑠奈から伝わってきた「まかせろ」っていう意思を信じることにした。

 で、僕、最小の体になる。

 すなわちコウモリ。

 で、棚の陰に逆さにぶら下がる。


 瑠奈は……、これが瑠奈かぁ。

 

 小学生のころに遠足で行った、観光牧場のジャージー種のウシと同じ大きさだ。ホルスタインとかよりは小さいけど、それでもけっこうな大きさ。ライオンより遥かに大きいよ。

 人間の姿のときは、なんであんなちっちゃくなっているんだろうね。

 でも、態度の大きさは、元々の体の大きさのままなんだろうなー。


 で、一見してはオオカミとか犬の仲間なんだけど、よく見ると猫の特徴も結構ある。

 首がすっと伸びて胸が広いし、全身は赤く、黒い縞がある。それに尻尾は長く、房毛に覆われていた。

 牙は鋭くて、小さな耳は敏感にぴょこぴょこ音のする方を窺っている。


 ビーグル犬が、瑠奈を見上げる。

 視線が合った瞬間、「ひぃっ」って人間じみた悲鳴をあげた。

 そりゃそうだ。

 さぞや怖かっただろうさ。

 完全な室内飼いじゃないにしたって、瑠奈ほどの大きさの動物は見たことないだろうからね。

 ちょっと可哀相なことに、尻尾を後ろ足の間に挟んで、チビリながら逃げていく。


 入れ替わりに、紫外線ランプを持った年配の男が部屋に入ってきた。

 瑠奈、そのときにはもう、人間の姿になっていた。

 でも……。だれ?


 獣の姿から人の女性の姿に戻ったとは言え、いつもの瑠奈じゃない。

 長い赤毛で、紫外線ライトの青い光の下でもわかるほど色が白い。

 着ているものも、霧化する前の普通の女の子のものじゃない。

 簡素で素朴なものだろうけど、ドレスっぽいんじゃないだろうか。

 後ろ姿だけしか見えないけれど、ほっそりとして背が高く、本当にきれいな人っていう感じがするよ。

 ひょっとして、普段は黒い瞳、黒い髪に化けているだけで、本当は赤い髪の白人なのかも。

 だって、フランスの人だよね、本来。


 入ってきた年配の男、照明のスイッチを入れ、しげしげと瑠奈を見る。SEC◯Mに警備された、深夜の自宅への侵入者にも驚いたふうは見えない。

 照明つけたんだから、紫外線ライトを切ればいいのに、そっちは変わらず点けっぱなしだ。こっちは、やっぱり僕対策かな。

 おかげで僕、棚の影から出られない。


「1人で来たのか?」

「アンタが黒幕?」

 質問に質問で返す瑠奈。

 きっと、なにを聞かれても答える気はないんだろうね。


「黒幕とは人聞きが悪いな。

 そんな単語があてはまるほどの、悪意はないつもりだ。

 歓迎するよ」

「じゃ、どんなつもりで荒川のヤツを支配して、私にちょっかいを出したの?」

 話が最短距離だな。

 腹芸みたいなもの、全然ない。


 瑠奈の問いに、男の返答は短かった。

「抱かせろ。

 そして、俺の子を産め」

 僕、変な声が出そうになるのを必死でこらえた。

 抱くって、淫行条例に引っかか……、らないか。中学校にいても、瑠奈は260歳だもんな。


「そう。

 それが目的だったのね。話はわかったわ」

 どういうことなんだよ?

 瑠奈は「話はわかった」って言うけど、僕には全然理解できてないぞ。

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