第62話 贈与、見物


 捕虜を助けに来た連中のリーダー、ナイフの切っ先で壁の状態を探ってる。

 そこがドアがあった壁と認識しているんだから、順当な行動だよね。

 うん、残念ながらそこは3列に及ぶレンガ積みだし、向こう側は果てしなく土だ。


 腑に落ちない顔つきで、それでもなんか考えている。

 そして、捕虜の中のリーダーと話を始めた。


 うーん、やっぱりなにを話しているのかわからないよ。

 少なくとも、日本語じゃないし、英語じゃないし、瑠奈がわからないんだからフランス語でもない。


 で、話し合いが終わると、少ない食料を分け合って食べている。

 なんか見ていて、さすがに可哀相になっちゃったよ。

 濃い顔をした大男たちが、14本しかないシリアルバーを、仲良く分け合って食べているんだもんね。

 捕虜になった組はもう24時間、なにも食べていなかったからね。食べ終えてからの虚しそうな顔をみていると、なんとも言えない感情になるよ。


 食べ終わったら、彼ら、行動に移った。

 並んで壁の前に横たわる。

 おー、そうやって壁を押し倒すつもりなんだ。

 3人ほど、武器を構えて戦いに備えてる。

 お姉さまの、「人間の怖いところは、道具を使うところと協力し合うことよ。全員で力を合わせられたら、それでも絶対に逃げられないで済むと思う?」って言葉が、リアルに目の前で証明されているよ。これぞチームプレイだ。


 なんていうのかな、あまりの感動に僕、ぼーっと感心して見入っちゃった。

 人間って、すごいって。

 そのせいで、ぎりぎりでしなきゃいけないことを思い出した。完全に忘れていたんだ。

 で、彼らが力を抜く寸前で、レンガの壁が軋み軽く揺れたという錯覚をプレゼントしたんだ。


 うんうん。

 一気に、ものすごーくやる気になったね。

 横で瑠奈も、感動したって顔している。

 人を動かすのは、成果ってやつなんだねぇ。


 ちょっとサービスしちゃおうかな。

 壁の軋みと揺れを、最後には当社比3倍まで増やしてやったんだ。

 みんな頑張って頑張って、体力の最後の一滴まで絞り出して壁を押して……。


 ばったりって感じで、1人倒れた。

 床に寝て、足で壁を押していた奴は、めまいがしたのか身体を起こせないでいる。

 やっぱり、人間には食料が必要なんだねぇ。


 ちょっと感動したよ、僕。

 ここまで頑張るんだね、みんな。

 それが1から100まですべて徒労だと知ったら、絶望で死んじゃいかねないよね。


 あっ、ああ、壁に穴を穿って、外を見ようってのかな。

 やめといたほうがいいと思うけどなぁ。

 一心不乱に頑張っているね。


 でも、ナイフでレンガの目地を削って掘り出すって、それは無理じゃないかなぁ。

 あ、手が血まみれになってる。

 無理してるなぁ。


 可哀想に。

 って、仕組んだのは僕だけど。

 なんか、高みの見物って、思っていたより気分よくないのを発見したよ。

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