第28話 父さんの病室、満員


 母さんは病室でおろおろしていた。

 タイムリミットがいつかはわからないのに、風船から空気が抜けていくように父さんの寿命の残りだけがどんどん尽きていく。

 なにもわからなくても、その時が来るぞってことだけは母さんにも明らかにわかる。

 なのになにもできないんだから、おろおろするしかない。


 そこへ、僕の携帯にメールの着信音。

 瑠奈から。

 僕、打ち合わせどおり母さんに声を掛ける。

「母さん、いろいろと届いたみたいなんで、迎えに行ってよ。瑠奈の顔はわかるでしょ。

 僕はその間に、折りたたみ椅子を運んで、先生にもここに来てもらう。立ち会ってもらわなきゃだから」

 母さん、呆然と頷いて立ち上がった。


 実は、僕、「母さんが先生呼んでくるから、お前が彼女を迎えに行ってきなさい」って言われるのが一番めんどくさい事態だった。

 そうなったら、軽く催眠術が必要かもなんて思っていたけど……。

 母さん、もう、そんな余裕もないのかも。


 ばたばたと病室から出ていく。

 僕は折りたたみ椅子を2つ、病室に運び込む。

 同時に、瑠奈たちが姿を現した。

 母さんには、このまましばらく病院の待合室で待っていてもらおう。これから僕たちがすることは、医療じゃないし、きっと見られない方がいい。


 お姉さま、フリッツさん。

 日本に度々来てくれてありがとう。

 あのダマスカス紋様の短剣、貸してって言ったら、そのまま持ってきてくれたんだ。


 ロスト・バゲージの憂き目にあったり、通関で揉めたり、ま、事故が起きると取り返しがつかないからって。しかも、直接持ってくるのがどの輸送機関に預けるより早いからって。


 ただ、急遽そのために、飛行機はファーストクラスになっちゃったんだってさ。短剣は機長預かりの骨董品として飛行機に乗ったんだ。ま、ある意味一番安全なのかも。

 機長預かりってのもよくわからないど、ファーストクラスの客の持ち物をイイカゲンにはしないと思うからね。

 あ、どーぞどーぞ、必要経費は僕の貯金から切り崩してください。


 そしてお姉さま、横須賀海軍施設に身柄を確保されていた殺し屋さん、そう、僕が粉をかけた2人の身柄を預かってきてくれたんだ。

 って、これ、相手が男性でも使っていい表現なのかねぇ。


 看護師さんが一度顔をのぞかせたけど、思いっきりびっくりした顔になってナースステーションに戻っていった。

 とっても忙しい人達だけど、ペネ□ペ・クルスみたいのと、金髪碧眼の高身長が見舞いに来ればそりゃあびっくりして誰かに話したくなるよね。

 さらに、やたらと顔の濃いヒゲモジャ男が2人、呆然と立ってるんだもの。


 で、仕方なく、お姉さま、フリッツさん、ナースステーションにあいさつに行った。

 だって、処置中にかわりばんこに病室を覗きに来られちゃ敵わないからね。


 その間に僕、ヒゲモジャ男が2人をパイプ椅子に座らせて、大きく息を吸った。

 今日、家を出るときに1000本の赤い薔薇を、一瞬でしわしわの枯れ草に変えてきたんだよ。


 で、予定より数分遅れたけど、さあ、始めよう。

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