第29話 父さんの病室に聖人出現


 まずは、フリッツさんの出番。

 父さんの身体をあちこちいじり、観察し、大きなため息を吐いた。

 外科医の目でまずは父さんを診察して、やはり近代医学の範疇でないことを確認してくれたんだ。


 改めてもう1回、大きなため息をつくと僕の肩を叩いた。

 代わってくれってことだ。

 これで外科医としてのフリッツさんは退場になって、薔薇十字団のフリッツさんが登場ってことになる。



 さあ、僕の出番だ。

 殺し屋さん2人、ともにまだ僕の影響が抜けきっていない。


 僕がこんなふうに人格を変えちゃうってことは、実はこれ、人権問題……。

 あー、やめやめ。

 刑務所行ったって、善人に変えようとするわけだから、僕が悪いなんてことはないっ。

 行くぞっ。



 病室の窓のカーテンをしっかり閉めて、間違っても日光が射さないようにする。ヴァンパイアの能力を最大に発揮するときに、日光は激しく邪魔。

 下手すりゃ、僕の方が死んじゃいかねないからね。


 よし。

 じーーっ。

 僕は、赤い目で、殺し屋さんの2人の目を再度見つめる。


 すでに1回、僕の目を見ている相手だからね、簡単だ。

 そして、2人の人格を僕は変える。

 でもってさ、具体的に究極の善人の性格ってのがわからないので、参考文献に頼ることにした。

 立川に住んでいる、聖人男性2人だ。

 いや、もちろん、きちんと原典にも遡ったからね。いや、漫画じゃなくて、本当の、だよ。


「恋人の生命を自分の命で救った人間」より、「鷹に追われた鳩を救うため、鳩と同じ分量の自分の肉を切り取って鷹に与えた人間」の方が、話として強くない?

「自分を他の人の罪の贖いのために殺させた存在」の方が話として強くない?


 殺し屋さん2人は、そんな存在とは違う。

 でも、そう生きようとする奇特な人にはなれると思うんだよ。

 さらに1つ、どうしても外せないのは……。

 それを1回でいいから、行動に移せるだけの信念を持たせること。

 だって、父さんは実行したんだ。だからこそ、その魂に価値が生じた。その凄みは持たせないと。


 たっぷりと1分ずつ。

 文字どおりの最悪の咎人の心を、僕は覗き、改造した。

 心の底まで見とおして、徹底して再構築した。

 血を吸えばさらに一瞬で済むことだけど、ヴァンパイアのウイルスを移すみたいな基質に関わるようなことはできない。それじゃ、ヴァンパイアの魂になっちゃうからね。


 僕がすべてを終えて立ち上がったとき、2人の殺し屋さんは聖なるオーラをまとった善人の見本みたいな雰囲気になっていた。

 自律自発を許しているから、呆然と立ち尽くしていることもない。


 ただ……。

 僕は、彼らの記憶は奪わなかった。

 そこまでしてしまったら、彼らにとって、これからの彼らの運命が過酷すぎると思ったからだ。

「人を殺し続けたからこそ、真理に至ってしまった」みたいな記憶にした。まぁ、昔の剣豪とかだってそうなんだろうから、不自然じゃないだろうさ。

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