第10話 ヴァンパイアと悪魔


 荒川の部屋は、すぐに見つかった。

 ヤツの規則正しい寝息を聞きながら、ちょっと虚しくなった。


 男の寝室に忍び込んでも、全然楽しくない。

 腕の中に瑠奈るいながいなかったら、アホらしくて家探しもしないで帰ったかもしれない。


 で、霧の身体はとても便利。

 引き出しの中から本棚の裏まで、全部お見通しにできるからね。

 で……。

 僕だけでなく、瑠奈も一緒に探しているから、捜し物の効率自体はいいはずだ。


 そして……。

 あっけなく、瑠奈が見つけた。

 そもそも僕は、なにを探しているのかさえきちんと理解できていないのだから、瑠奈の方が探し出すの、当たり前なんだ。


 で、恐ろしいことに、それ、結果として隠されてすらいなかった。

 本棚、クローゼット、花瓶や文房具や教材、そういった物の配置が、紋章を描いている。

 知らなかったら、「ちょっと部屋の一画が乱雑だな」って以上の感想は持たないだろう。


 で、瑠奈が言うことには、「ちょっとは気が利くみたいだけど、まだまだ。

 使い古された手だよ」だって。

 おまけに、「おどろおどろしくしようが、あっさりまとめようが、趣味は悪いよね」って、さらに容赦がない。


 で、なんの紋章かって聞いたら、ベルゼブブだってさ。

 そう言われても、僕にはよくわからない。もちろん、世間一般の中学生よりは遥かによく知っているとは思うけど、だからといって即、対抗手段を思いつけるほどの知識はない。

 僕たちヴァンパイアもジェヴォーダンの獣も、数が少ないだけで実在するものだけど、悪魔ってのは完全に向こう側の存在だからね。

 存在自体が参考になりこそすれ、それ以上のものじゃないし、僕も悪魔にはなりたいわけじゃない。


 だから、僕の悪魔学は中途半端。

 ただ、瑠奈がさらに鼻で笑う感じになったのはわかった。

「どういうこと?」

 っていう僕の疑問、霧同士で混じり合っているから伝わるんだろうね。会話も、テレパシーみたいな感じでできてるから、音は立てていない。


「ベルゼブブって選択が、いかにも素人が最初に思いつく悪魔でしょう?

 つい、可笑しくて。

 努力は認めるけど、それだけだね」

 確かにね、それは言えてる。

「そもそもね、ベルゼブブは悪魔界の重鎮だから、駆け出しから熟練の魔術師に至るまで誰もが召喚したがるけど、売れっ子が営業に来ないのは、どこも同じよ」

 そういう瑠奈の口調が可笑しくて、僕、つい笑っちまいそうだよ。


 「一度私は、パルミラのベル神殿まで巡礼に行っているからね。

 神殿の信仰対象はベルからキリスト教会になって、そのあとモスクになってたから、ベルの面影はあまりなかったけど、それでもベルゼブブが神だったのはよくわかったよ。

 こんなとこに、来るわけない。

 あ、だから私を使うのかぁ」

 そか、そーいうことか。

 で、パルミラって、シリアだっけ?

 えっ、あのあたりって、ヤバくなかったっけ?


「ええ、この間、あの神殿、完全に破壊されちゃった。

 人間てのは恐ろしい。

 私たちの方が、そんなことしないよね」

 うん、そうだね。

 とはいえ、僕には話の規模が大きすぎて、よくわからない。さすがは260歳。


 で、それだけ齢を重ねたあとで、日本で中学生をやるって、瑠奈もどんな境遇なんだろうね。

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