第25話 撃退を現認するヴァンパイア


笙香しょうか、アンタ、覚えてないの?」

 冷え冷えと、瑠奈るいなの声。

「なにをよ?」

「あんたね、この部屋に飾っておいたブランデー、『高そうだよねー』とか言いながら、止めるのも聞かずに飲んだよね。せっかく、父がフランスから送ってもらったのに……。

 忘れちゃった?」

「……私、なに1つ覚えてない」

 そりゃそうだ。

 たぶん、そんな事実、これっぽっちもないよね。そもそも、父からして虚構だ。


「で、アンタ、酒癖悪いから、大人になっても飲まない方がいいよ。

 暴れだして私には抑えきれなくて、けど、両親は帰れないって言うから、親戚のおじさんとおばさんに来てもらったの。

 で、その後は、ヨシフミに言いたいことがあるから呼べって、大騒ぎしたんだよ」

「……マジ?」

「マジっ」

 瑠奈の返事に、笙香、頭を抱えた。


 ま、ただでさえ気が強い笙香のことだから、アルコールが入ったらますます無敵になるはずなので、ここで抑えておくのは悪くないかもだよね。


「『泣く子と地頭には勝てない』って歴史の授業で教わったけど、酒乱にも勝てないって、よくわかったよ」

 瑠奈、追い打ちを掛ける。

「うわ、私ってば、最低……」


「ヨシフミ、明け方に一生懸命自転車こいで来てくれたんだよ。で、そのヨシフミには、私との仲をどうするんだって、しつこく問い詰めたんだよ。

 で、その最中に、ぱたんって倒れてぐうぐう寝ちゃったから、せめてと思ってマットを敷いてその上に移動させたんだ。

 本当に覚えていないの?」

「全然覚えてない……」

 そりゃそうだ。

 覚えていたらオカシイ。

 でも、「本当に覚えていないの?」ってたたみ掛けられたら、そんな事実があるって思うよねー。



「まぁ、覚えていないもんは仕方ない。

 気持ち悪くない?

 身体のどこかが痛いとか、だるいとか、そういうのはない?」

 あ、なるほど、そうやって問診に移るのか。

 そか、上手いなぁ。


 そこで、お姉さまの声が響く。

 フリッツさんの言葉を通訳しているんだ。

「僕は、日本では開業していないけど、ドイツでは外科医だからね。

 身体のどこかに違和感があるようならば、僕に言いたまえ。

 簡単な応急措置ぐらいならできるだろう」


 ……ああ、笙香、フリッツさんを見る目がハート型だ。

 まぁ、ねぇ。

 金髪碧眼の高身長の外科医、そりゃあそうもなるかぁ。

 言葉の壁もあるのに、いきなりってすごいよ。

「あいたたた、お腹が痛いです」

 ……絶対嘘だろ、笙香。


「そうか、それは大変だ。

 では一応診てみよう」

 フリッツさん、そう言うと笙香の前に移動した。

 そして、おもむろに両手をにへにへしている笙香の顔に伸ばし、べぇって下瞼を下げた。

 でもって、そのまんま停止。

 いつまで変顔させとくんだろ?


「うん、血色は悪くない。

 次は口を開けて」

 笙香、学習したのかな?

 口を開けられずにもじもじしている。


「うん、どうしたのかな?」

 そう言いながら、今度は耳の後ろのリンパ節の腫れを確認して、そのまま笙香のほっぺたを掴んで、うにーって伸ばす。

 おお、予想外に伸びるなぁ。顔がお餅みたいだ。それとも、見た目以上にフリッツさんの腕に力がこもっているのかなー。

 でもって、またもやそのまま停止。


「すみません、お腹、痛くないです。

 もう治りましたっ!」

 掴まれたまま、もごもごと笙香が言う。

「本当に大丈夫?」

「どこも痛かったり、だるかったりもありませんからっ!

 顔が伸びちゃいますぅー」

 ああ、フリッツさん、笙香の乙女心を粉々に粉砕して、仮病を撃退したんだね。

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