第5話 突き放しと優しさと


 ま、いいか。

 瑠奈のDNA情報を奪い返すって、なかなかいいミッションかも。

 しかも、その敵から仕事料がもらえるってのも悪くないよ。

 なんかさ、お姉さまの言う「あんた、普通の会社に就職して、まともな社会人として生きていける気になっているの?」って言葉が、僕の胸の中でずしんと重さを持っている。


 実際さ、パソコンに向かって書類を作ったり、営業して歩いたりと、そういう想像しても、なんかだめだなぁ。

 できる気がしないよ。

 そもそも夜しか出歩けないってのがだめだめだし、3年ならともかく5年働いたら一緒に働いている人から違和感を持たれる。

 僕、もうちょっとしたら成長が止まって、そのあとは基本的に歳を取らないからね。


 やっぱり、在宅勤務がいいけど、かつ高給取りがいいとなると、一気にハードルが上がるよ。

 たとえばだけど、よっぽどにクリエイティブなお仕事とか。

 でも、これも実はあんまりよくない。

 まずはそんな才能を自分の中に見つけられないのと、「1000年活動する売れっ子作家」みたいな設定にそもそも無理がある。


 となれば次善の選択肢として、単発の仕事を受けて、同じ人とはもう会わないって言う方が良いかな。

 そう考えると、お姉さまの案って最善に近い。

 あとは、DNA情報だけじゃなく、「瑠奈を剥製にする」って言葉も、ブラフなのはわかるけど、そう言い切っていいとも思えない。それも、内部に入れれば意図を観察したり、変えたりもできる。

 ま、僕以外の人なら無理だろうけど。ま、上層部の誰かを可逆的にかるーく洗脳してやれば、ね。


 そして、そうなると、単発の仕事なのに報酬が高いって、最高じゃん。

 あれっ?

 僕、お姉さまと同じこと考えちゃったよ。


「やりますっ。やらせてください」

 僕、お姉さまにそう答えていた。


「わかった。

 先方には伝えておく。

 ただね、ヨシフミ。

 いい?

 ヨシフミは1人じゃないから。

 それを忘れちゃダメよ」

 えっ。

 ちょっと僕、じーんとしちゃった。


 なにかと突き放してくるお姉さまから、そんな優しい言葉を投げかけられるなんて。

「はい。

 忘れません。絶対忘れません。

 ありがとうございます。

 みんな仲間っ!」

 僕、勇んで返事をしていたよ。


「……気持ち悪い」

「……は?」

「『ヨシフミ』を個人じゃなくて組織名ってことにしておけば、代替わりしたって言い訳でずーっと働ける。高校生だってこともバレない。

 向こうからアクセスしてきたら、そういう体制をちらっと見せておけばいい。

 そう言いたいだけだったのに、そんな誤解をするだなんて。

 きっしょ!」

 ……アンタ、普段ドイツにいるくせに、どっから覚えてくるんだ、そんな日本語。


 くたくたって、僕、座り込んじゃったよ。

 この人は、ホントにもう。

 って、この人も人じゃなかったけど。元は純狼だもんね。

 って、この場にいる人って、フリッツさんだけじゃん!



 不意に背中が暖かくなった。

「ヨシフミ。

 私は一緒にいるから」

 瑠奈が僕の背中に抱きついていた。

「えっ、嬉しいです」

「ヨシフミ、いつも大変だね。

 たまには優しくしてあげる」

 いや、瑠奈はいつも優しいよ。

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