仮面舞踏会を始めよう −1−

 闘技祭二年生の部は、優勝候補の一角が謎の編入生に敗れたと言う大番狂わせから始まった。

『もうなんて言うのか、ちょーっとだけ同情したくなるような負け方しちゃいましたねー』

 失神した状態で無様を晒しているマクシミリアンは、担架に乗せられて保健室へと運ばれていく。

『でも、見れば見るほどディーノの魔術って謎なんだよねー? アンジェラ先生はわからないの?』

 続く第二試合の準備が整うまでの間、実況のシエルが先程までの試合を振り返るようにアンジェラに話をふった。

『さすがに、今この場では教えられないかな。でも、授業を通じて必ず教えるから、その時まで待ってとしか今は言えません』

『んー、もやっと来るけど……、第二試合の準備できたみたいだから、行っちゃいましょーっ!!』


 控え室に戻ったディーノの耳には、第二試合の賑わいが聞こえてくるが、胸中には、モヤモヤとした苛立ちだけが残っていた。

『何がそんなに不満だ? 少しくらい勝利の余韻よいんにひたっても私は一向に構わんぞ?』

(魔獣の方がまだマシだ)

 今しがた敗ったマクシミリアンでも、同学年では高いレベルで、上の学年に挑戦できないことも加味すれば、この闘技祭で得られるものがあるとは到底思えない。

 そして、もう一つ気がかりなことがある。


(あの時に出た力は結局なんなんだ?)

『岩山の魔獣と戦った時か? 残念ながら私も答えられん。ただ、アレとは明確に違う』

(あんな姿をさらさなくてよくなるなら、願ったり叶ったりなんだけどな……)

 アウローラを落下からかばった時のことを思い返し、自嘲じちょう気味に心の中でつぶやく。

 テンポリーフォと戦った時、火山が噴火するかのように体の奥底からマナがみなぎり、見た事もないほどの強力な稲妻を放った。

 あれほどの力をどうして発揮することができたのか、修練を続けていても自在に出すどころか、原因さえもわからないまま。

 実技では学園の外に出る機会がなくなってしまい、緊迫した実戦の中でなら、何かつかめるかも知れないと思ったが、マクシミリアンでは到底足りない。

 このまま棄権しても問題ないかという考えが脳裏をよぎったその時だった。


「お互い、一回戦突破おっめでとーう♪」

 割り込んでくるように能天気な声をかけてきたのは、ある意味ではマクシミリアン以上に面倒な相手のものだった。

 どうやら、第二試合を終えて帰ってきたようだ。

 顔を見なかったと言うことは、反対側の入場口に呼ばれて、入れ違いになったと言うことだろう。

 しかし、服に汚れや傷はほとんどなく、一戦交えたとは思えない身なりだ。

「いやぁ、まさか勝っちゃうとはねー。ダークホースの出現だー」

 カルロは大げさに驚いているように見せているが、口調に抑揚がない白々しさを隠そうともしない。

 こうなることは分かっていたという心の内を如実に語っていた。

「で、勝った割には浮かない顔してるね?」

「負ける方が難しいだろ」

 それがディーノのマクシミリアンに対する率直そっちょくな感想だった。

 自分を高く見せるために、格下と見なした者を侮蔑するだけの相手など戦うだけ無駄というものだ。

 師匠の課題だから仕方なくと言うことで、心の均衡は保たれているが、このまま行けば魔術士としての成長が期待できないどころか、虚無感きょむかんさえも覚えてしまいそうだ。

 強い相手に巡り会えなければ、意志は鈍化どんか堕落だらく一途いっとをたどる。

 この状況はディーノにとって、プラスになる要素が感じられない。

 弱い者をしいたげて、下卑げび優越感ゆうえつかんを得るために、ここへ来たわけではないのだ。


「もっと強いやつはいないのか? いっそあの校長とでもやりあった方がマシだ」

「それ向上心ってゆーか自殺願望」

 カルロが身もふたもないたとえを返した。

「ま、上を見るってのはいいことだけどさ、ずっと見上げてても首が疲れちゃうんじゃない? たまには横を見てもいいと思うよ」

「そのヘラヘラしたうっとうしいツラのことか?」

 ディーノの苛立いらだちがさらに増して眉間にシワがよる。


「やっぱり当たってるわ」

 カルロは何かの確証を得たかのような口ぶりだった。

 記憶の糸を闘技祭の前まで辿っていくと、一つの音葉に行き当たる。

『強いけど、弱い』

 矛盾しているたとえが意味する何か、ディーノにはわからない真実にカルロは行き着いたと言うことか。

「答え聞きたいって顔してるね。ちょうどいい具合に、次の相手は僕だよ」

 カルロは不敵に笑う。

 その笑みが、普段とは違う感情を奥底に秘めているようにディーノは感じる。

 それは時折見せる、自分がまだ深く知らないカルロの顔、悪ふざけをしたあげく、シエルに蹴り飛ばされている姿に隠れてしまうその顔に、ディーノは少しばかり疑念ぎねんをいだく。

 否、今だけではない。

 編入してきた最初の日、実技の授業で見せられた言動と芸当の数々、仮面のような仕種で隠されたカルロの本当の顔。

「その目、やる気出たって感じ?」

 カルロは茶化すように問いを投げかけてくる。

「さぁな」

 二回戦の呼び出しが来たのは、それから五分としないうちだった。


『続きまして二年生の部、準決勝の第一試合! と言うか同じクラスで二連戦って組み合わせ偏ってたんじゃないかと思うけど、勝ち抜いて来たのはこの二人!』

 ディーノが再び姿を見せた二度目の会場は、一回戦を全て消化した後だからか、観客席からは先程以上の熱気を感じていた。

『鋼鉄の剣と雷でひたすら叩っ斬る! でも仏頂面ぶっちょうづらが玉にきず! まっ黒剣士のディーノ!』

(うぜぇな……)

 微妙にけなされている気がするシエルの実況で抜けかけた力を入れ直して、ディーノは入場して来る相手に注目する。


『対するカルロは、二本の剣で戦ってるってことくらいしかあたしにもわかりません! 一回戦目は運良く勝ちを拾った感じだけど、果たしてディーノに通用するのか!?』

 シエルの冗談混じりの実況で出迎えられながら、観客席に向かって手を降り、あるいは投げキッスをしながら定位置までカルロが歩いて来る。

「両者、定位置へ」

 互いに剣を抜いて構える。

 ディーノは、第一試合と同じく両手で持った愛剣を肩にかついだ構え。

 対するカルロは、切り裂くことに適した片刃のショートソードを両手に一振りずつ持って、力を抜いた状態でゆらゆらと体を揺すっている。

 戦う相手として相見えるのはこれが初めてだ。

 笑顔を崩さないこの男はどこまで悪ふざけで、どこまで本気なのか。

(女好きでいい加減でヘラヘラ笑ってる)

(険しい顔して周りのみんなを遠ざけてる)

 互いに視線は合図が出るよりも早く、戦いが始まっていると主張している。

((その仮面、はぎ取ってやる!!))

「始めっ!!」

 二人はほぼ同時に軸足を踏み切って前に出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る