目指すべきもの

 季節は五月の半ばに差し掛かろうとしていた。

 マクシミリアンが起こした誘拐事件、そして停学処分も終わり、ようやくディーノの周辺は落ち着いてきたと思っていた。

 そして、この学園生活の中で、新たな目標ができつつあったのだが……。

「何か、お悩み事ですか? ディーノさん?」

 教室で隣の席に座っている女子生徒、アウローラが声をかけてくる。

 腰まで届く長い金髪が目立つ美少女であり、自分を含む誰にでも気配りを忘れないクラスの委員長だった。

 そして、ディーノにとってはそれ以上の相手でもある。

 幼い頃、ふとした偶然から出会ってお互いが子供心ながらに恋をして、この学園で再会した。

 しかし、想いを伝えたはいいものの、それは戦いの中で追い詰められた末に吐き出したものだ。

 ディーノにしてみれば、本当の意味で恋仲になれたとは思っていない。

 それを成就させるためには、まだまだやらねばならないことは山積みで、だからこそ幼い頃に貰った指輪はアウローラに返した。

 過去にすがるのは弱さ、それを前に進む糧とするべきだと言い聞かせるために。

「……あまり軽々しく言いふらす話じゃねぇ」

 相手の了解を取らずに名前を明かすことも、詳しい背景を説明するのも、ディーノは気が引けた。

 見るからに気が弱そうで、ふとした事でも大きなショックを受けそうな印象だったからだ。

「でも、お話ししてくれたら、力になれるかも知れません」

 アウローラは優しげな口調でも、こちらをまっすぐに見据えてはっきりと意思を示す。

 一見、淑やかで押しが弱そうに見えながらも、こうと決めたところでは譲らない部分もあることを、ディーノはある一件からよく知っていた。

「なになに? どーしたの二人とも?」

 二人に割って入るような明るい声とともに現れたのは、アウローラより小柄なポニーテールのクラスメイト。

「もしかして……ディーノが他の女の子に告白されたとか?」

「違う」

 一人で盛り上がり始めた彼女が暴走するよりも早く否定する。

「残念だったねシエルちゃん♪ と言うか僕が聞いてみようと思ったのに、先をこされちゃって悔しいなぁ」

 シエルの後ろから茶化すのは、彼女と良く一緒に行動しており、ディーノにもよくちょっかいを出してくる唯一の男子カルロだった。

『いつもの四人が揃ったな』

(言うな)

 頭の中に響く相棒の声に辟易しながらも、この数分で一気に精神的な疲労が覆いかぶさってきた気がした。

 編入してきた初日から、アウローラを慕うシエル、シエルによく絡むカルロと芋づる式に繋がってきた結果、いつしか自分を含むこの四人で行動することが多くなっているのだった。

 曰くそれを友達と呼ぶようだが、それを素直に受け入れることもまたディーノにとっては難しい問題の一つだ。

「……誰かの弟子になりたいって思ったことあるか?」

 ディーノの問いかけに、三人ともが首をかしげる。

「弟子ねぇ……ディーノは違うのかい?」

 カルロが聞き返してくるのに対して、ディーノは黙って首を横にふった。

「俺は自分から弟子になったわけじゃない。拾われてなし崩しにってところだ」

 その返答に、アウローラは目をぱちくりとさせている。

 無理もなかった。

 ディーノは必要以上に自分のことを話すことは避けていたのだから。

 このイルミナーレ魔術学園にディーノが編入した理由、それは師匠である魔降術士、《焔星の魔女》ヴィオレから言い渡された課題が、この学園を卒業することだった。

 最初の頃は、ただただ面倒な厄介ごとばかりが増えていくとしか思えないでいたが、この三人と一緒にいるうちにまんざらでもないと思い始める自分もいて、それが馴染んでいるということになるのかと自問する。

「もしかして、ディーノさん……」

 拾われたという一言から想像を広げてしまったのか、アウローラの表情は沈んで行く。

「本題に戻ってくれ」

 バッサリと切って落とすように、話を強引に修正する。

「そだねー。僕だったら女の子を楽しませる天才に会えたら、喜んでって感じだね♪」

 カルロが自分の趣味嗜好を隠しもせず、堂々と生き恥を晒すかのようなおどけた調子で答えた。

 そして、シエルが無言で股間に蹴りを入れたことは言うまでもない。

 クラス中の誰もが認識している、恒例のやり取りだった。

「つれないなぁ~? シエルちゃんは」

「死んでこいっ!」

 さらにもう一撃、顔面に肘打ちを入れられて、カルロは完全に沈黙した。

「わたしはきっと無理ですね……。元々実在してないですから」

 アウローラの言葉に三人ともが首をかしげる。

「お婆様がよく聞かせてくれた、北国の寝物語に出てくるんです。神々に仕えて戦場に勝利をもたらす女神が」

 それが、アウローラの魔術と戦闘スタイルにおける異名戦女神ヴァルキュリアの由来だという。

 ディーノは、彼女が戦うときに纏う戦闘用とは思えない甲冑のデザインを思い返すが、そもそもがお伽話に出てくると言われれば確かに納得がいった。

「でも、なんでそんなこと聞くの?」

 シエルが核心をつく疑問をディーノに投げかけてくる。

「名前は言えない。ただ俺にそう言ってくるやつに会った」

 しかし、まだ明確な返事はしていないが、断るつもりではいた。

 ディーノ自身が、師匠の元から完全に巣立ったわけではない、そんな未熟者が弟子などとれる筈もないのだから。

「でも、その人はディーノさんのことを尊敬しているんじゃないですか? そうでなければ、そんなこととても言えませんもの」

「尊敬されるような人間でもねぇよ……俺は」

 アウローラは素直な気持ちで言ったつもりだったが、ディーノはそう受け取ってはくれない。

 その度に見せる表情はいつだって疑ってかかる種類のものだというのは見てわかった。

 もっと自分のことを誇っていいと思えるような事はいくつもあるし、それはアウローラをあの悪辣な婚約者であったマクシミリアンから救ってくれたことも含まれている。

 だが、ディーノにはまだまだ自分の知らないことが沢山あるし、その氷壁のように頑なな心を溶かせるほどの関係にはまだ至っていないと、突きつけられるようでもあった。

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