魔降剣士と夢見る少年
緑の指の少年
突然現れたその人は、とても衝撃的に映った。
今まで見たこともない黒い髪、頰に大きな傷の入った精悍な顔つきに、獣のような鋭い紫の眼。
怯えることも、媚びることも無縁と思える佇まいは、学園の誰にも真似などできないと直感で悟った。
そして、チャレの森の実地訓練、自分が何もできずにただ逃げ惑うしかできなった巨大な魔獣にも、臆せずに立ち向かい逆に倒してしまったのは、始まりに過ぎなかった。
春の闘技祭では、同学年では指折りだったマクシミリアンを難なく下し、同じクラスのカルロと名勝負を繰り広げた。
さらにはそのマクシミリアンが引き起こした、クラスの委員長であるアウローラの誘拐事件を見事解決したという話だった。
学園に来てから二ヶ月もしないうちに、噂の中心となった彼を、自分はずっと遠くから見ていた。
戯曲に出てくる英雄のようなその姿は、自分なんかには到底なれないとは分かり切っている。
それでも、彼を見ているだけで今までの学園生活が嘘のように楽しくなっていくのが、自分でもわかっていたはずだった……。
午前中の授業も終わり、午後の実技授業がない日は、決まってここに来ていた。
旧校舎の裏手にこっそりと作った花壇、人通りもほとんどないここで、大事に花を育てている。
「よぉ~、フリオちゃ~ん」
人を見下し切った笑顔と共に声をかけて来たのは、中等部からの顔見知りであるモンテ。
坊主頭に細長いつり上がった目、ニヤけた口は自分より劣っていると見なした顔がここへ来た目的を如実に語っていた。
両隣には、いつも連れている取り巻きのレノバと、アルベもいる。
「オレらクラス替わって寂しいんだぜぇ♪ なかなか遊べなくなっちまってよぉ」
「相変わらず、女みたいに花いじりしてダッセェ~♪」
三人がこの花壇に向かって一斉に足を振り上げる。
次の行動に感づいたフリオは、無残にも踏み荒されようとしている花との間に割って入り、その体を三人組が御構い無しに踏みつけた。
下卑た笑いを浮かべながら、踏みつけ足蹴にし、唾を吐き散らし、ゲラゲラと高笑いをあげる。
自分ではどうあがいても勝てない、こうして体を貼って、大事な草花を守ることしかフリオはできないでいた。
こいつらが飽きるまで、ただただ痛みに耐えてその時を待つことだけが、自分にできることだった。
そう、この時までは……。
「楽しそうなことしてるな」
その声を発したのは、フリオでもなければ、三人組でもない。
この場に普段いるはずのない人間が、三人組がフリオを踏みつけている背後に立っていた。
それは、フリオが普段から目に焼き付けていた、黒髪のクラスメイトの姿だった。
「こっちは取り込み中なんだよ。さっさと消えろ。センコーにチクったらどうなるかわかってんだろ?」
リーダー格のモンテが、そのクラスメイトをギロリと睨みつけ、制服のポケットに手を突っ込み、背中を曲げたガニ股で近づく。
「モンテ君、こいつあの闘技祭のやつだろ?」
「ビビんなっての! 決勝に出てねぇんだ、どうせ大したことねぇに」
そのセリフを言い終わる前に、不用心に開かれた股間を蹴り上げられたモンテは、奇声を上げながら悶絶し、その場にうずくまった。
「……シエルみたいにはいかねぇな」
黒髪は淡々とした口調でぼやき、さらに足を高くあげる。
その足は立ち上がれずにいるモンテの延髄に向けて、一瞬の躊躇なく踏み下ろされ、地面へと熱烈な接吻をさせた。
「思ったより楽しくねぇな。自分より弱いやつを踏みつけるのは……」
「な、何しやがる! いきなりしゃしゃり出てきやがって!」
「そ、そうだ。関係ないだろ!」
先導している人間がやられれば、取り巻きは途端に威勢をなくすのは、どんな場所にいる人間でも同じだった。
黒髪ははぁ、とため息をつくと、言葉を続ける。
「目障りなんだよ」
「はぁ? てめぇにんなこと言われる筋合いなんかねぇんだ……っ!」
レノバがしびれを切らして殴りかかろうとするよりも早く、彼の拳はその腹にえぐり込まれていた。
その一発だけで、口の端からダラダラとよだれを垂らし、白目をむいて千鳥足で倒れこむ。
「な、なんでこんなことされなきゃなんないんだよ!」
残ったアルベが、怯えきった声を張り上げながら問いただす。
次は自分にこの人災が降りかかることを悟った彼は、なんとか逃れようと頭の中でその手段を考えていることだろう。
「お前らが楽しそうだったからな。真似をして見たんだが……、楽しくもなんともねぇ」
「た、楽しくないんなら、モンテ君とレノバ君でもう満足だろ? だから俺は」
近づいてくる黒髪の脅威から、先にやられた二人を差し出すことで見逃してもらおうとしたのだろうが……。
「連帯責任ってやつだ」
その鼻面に向けて、渾身の肘打ちが振り下ろされ、アルベも鼻血を垂れ流しながらその場に倒れこんだ。
まさに、荒天から降り注ぐ稲妻のような光景に、フリオはただ見とれていた。
「あ……ディ、ディーノ君!」
フリオは黒髪のクラスメイトの名をどもりながら口にした。
「……なんで俺の名前知ってるんだ?」
彼の言葉は、決してからかっているというわけでなく、素で顔と名前が一致しないことは理解できた。
自分自身、クラスで目立つ人間というわけでもないし、特別な相手以外に関心を示すイメージが全く湧かない相手であることも事実だった。
「同じクラスだから……助けてくれて、その……ありがとう」
「礼なんかいらねーよ。走り込みの途中で、こいつらが目障りだっただけだ」
距離を伸ばして違うコースを走ってみればこれだ、と付け加えられたぶっきらぼうな言葉が返ってくる。
毎朝登校前に、ディーノが校内の敷地で走りこんでいるのは、フリオも良く知っていた。
「あ、あのっ……!」
自分には縁がないと思っていたのに、まさかこんな形で、こんなに近くで、こんな劇的な出会いがあるとは思わなかった。
これこそまさに千載一遇のチャンス。
憧れを憧れで終わらせないために、今こそ意を決して行動に出るべきだとフリオは直感した。
「ぼ、僕を弟子にして下さいっ!!」
フリオの発した言葉に、今度はディーノの表情と体が凍りつく番だった。
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