研究会は今日もゆく

「じゅーだいはっぴょー!!」

 放課後の旧校舎、シエルが取り仕切る《学園七不思議研究会》の部室にカルロ、アウローラ、そしてディーノを呼び出した彼女は、教壇に立って景気のいい声を張り上げた。

「いきなり呼び出してなんのつもりだ?」

 ディーノは、不機嫌さを隠さない眉間にシワの寄った顔で、シエルに問い質す。

 研究会の部員として正式に所属しているわけでもないのに、授業が終わるや否やアウローラとともに引っ張り込まれて今に至る。

 シエル以外では名義だけ貸しているカルロしかおらず、クラブ活動として認められるには部員の人数が足りない、そして顧問を引き受けてくれる教師もいないため、体裁としては正確には同好会が正しかった。

「この間のマクシミリアンが引き起こした事件で、あたし達はついに学園に伝わる七不思議に遭遇しました。そしてそれは学園七不思議の背後に存在する《怪人》を裏付ける動かぬ証拠という訳です」

 シエルは静かに、先日起きた事件の顛末を語り始める。

 実地訓練中に遭遇した魔獣に入っていた黒い宝石、それを手にしたマクシミリアンは《ディロワール》と呼ばれる存在によって、おぞましい怪物へと成り果てた。

「ディーノとアウローラのおかげで、事件は解決したけど、それで本当に終わったと言えるのでしょうか? むしろ、あたしは始まりだと考えます」

「つまり何が言いたい?」

 思わせぶりな前フリにもディーノは動じることもなく、むしろ呆れているような調子で口を出した。

「用は、あの事件の本当のことってあたし達しか知らないと思うんだよ。だ・か・ら、学園七不思議研究会は、今日から活動内容を大きく変更するの! 学園の平和を守るために七不思議を調べて、あいつみたいな怪物と戦うってこと!」

 恥ずかしげもなく真顔で告げるシエルだったが、三人ともがぽかんとしながら、部室に静けさが漂っていた……。

 沈黙が続く中、シエル以外は用意されていた紅茶を飲み干し、あるいはお茶請けの菓子を口に運ぶ。

「ちょっと、なんとか言ってよー!」

 何分経ったかもわからないが、沈黙に耐えきれずにシエルは叫んだ。

 しかし、あまりに突拍子な発想に対しては、ディーノ達三人ともがなんとも言えない表情を浮かべることしかできなかった。

「お前の仮説があっていたとして、どうして俺たちでやる必要がある?」

 ディーノが返すのはもっともな反論だった。

 あくまでも自分たちはただの生徒、あの時はアウローラが絡んでいたからこそ、居ても立っても居られずに自ら行動を起こした。

 しかし結局はアンジェラに軽率な行動を咎められ、停学処分となってしまったことをシエルはもう忘れたのだろうか?

 無事に帰ってこれたのは、偶然と幸運が積み重なった結果論でしかない。

 本来ならば、教師に任せておくべき問題で、自分たちが動いた結果、不必要に火種を増やすことになりかねないのだ。

「じゃあ、よく考えてみてよ。あたし達は黒い宝石をアンジェラ先生に預けたはずだよね? それをなんでマクシミリアンが持ってたの? あいつ一人で先生全員を出し抜いて盗んだっていくらなんでもできすぎじゃない?」

 起きた事件の規模の大きさに気を取られ、シエルに指摘されるまでディーノは忘れかけていた。

 あそこまで大掛かりな行動を起こすとなれば、何者かが手引きしていた可能性は十分考えられる。

 怪人という冗談めいた存在を鵜呑みにするわけではないが、今までに見てきた物と完全に無関係とは言い難い。

 だが、それよりもディーノが内心驚いているのは別のことだった。

「意外といろいろ考えてたんだな」

「それどういう意味ぃっ!!」

 あんまりと言えばあんまりなディーノの言葉に対して、シエルは声のトーンが裏返るほどの勢いで食ってかかる。

「馬鹿騒ぎすることしか考えてねぇと思ってたからな」

「天誅っ!!」

 シエルがカルロ以外に一撃を入れたのは、きっとこれが初めてなのだろう。

 飛び蹴りがディーノの顔面に直撃する光景にカルロは腹を抱えて爆笑し、アウローラもこらえようとしながら、身体中をプルプルと震わせ机に突っ伏していた。

「もうっ! そっちも笑わないでよ! あたしこれでも真剣なんだから!!」

「で、その真剣なシエルは、俺たちを呼びつけて何をして欲しいってんだ?」

 回復したディーノが、流れに流れた話題を引き戻してシエルに問いかける。

「決まってんじゃない。ディーノとアウローラに、学園七不思議研究会に入って欲しいの! もしかしたら、マクシミリアンとグルになってる先生がいるかも知れないし、ディーノはまたアウローラがあんな目にあってもいいの?」

 シエルにそう言われて、ディーノの表情が棒でも飲んだように変わった。

 アウローラがマクシミリアンの操り人形にされ、その槍で深々と腹を貫かれた記憶を掘り起こされ、思わず手を当てる。

 自分の行いが招いたことだったとは言え、あんな思いを味わうこと以上に、アウローラを無自覚に傷つけてしまったことも、ディーノは忘れたつもりはない。

「し、シエルさん……、わたしは別に気にしてませんから」

「あたしがあんなアウローラを見たくないの! それに……」

 シエルはアウローラの耳に顔を近づける。

(どうせなら、ディーノとちょっとでも長く一緒にいたくない? あたしは応援するよ?)

 そう耳打ちされたアウローラの顔は、誰が見ても明らかにわかるほど真っ赤になっていた。

「か、からかわないでくださいっ! そういう勧誘の仕方は卑怯ですっ!!」

 しかしそれも一瞬、シエルが部員獲得のための下心が混じっていると悟ったアウローラは、明確なルール違反を糾弾する。

「ディーノさん。クラブ活動は絶対にしなきゃいけないものではありませんから、入る必要がないと思われたのならお断りしても……」

「いいかも知れねぇな」

 アウローラが言い終わる前に、ディーノは短く答えた。

「ほ、ホント? ホントのホントに入ってくれるの?」

 シエル自身も、この返事は予想外だったようで、目を丸くしながら取り乱して聞き返してくる。

「怪談はともかく、あの化け物は少し気になる。調べて損はねぇと思っただけだ」

 あの事件の日から、ディーノの頭には一つの仮説が芽生えていた。

 まだ確証を得たわけではないが、師が自分をこの学園に寄越した理由が、あの怪物が関わっているかも知れないということだ。

 それに、ディーくんならば、アウローラを危機に貶めるようなことは絶対にしない、必ず力の限り戦って守り抜くだろう。

「それじゃあわたしも入ります。シエルさんが羽目を外しすぎないように見張らせてもらいますからね!」

 アウローラもいつもとは違う毅然とした態度をシエルに示す。

「はぁい」

 少し不満げな返事だったが、それも一瞬のことで教壇の引き出しから二枚の入部届用紙をディーノとアウローラに渡す。

「良かったじゃないのシエルちゃん♪ これで本格的に活動開始だね。そしてついでに、いろんな女の子達ともお近づきに」

「あんたは他にないんかいっ!!」

 カルロだけはいつもの調子を崩さずにシエルからの一撃を貰いながら、初夏の近づく放課後の旧校舎は黄昏に照らされていた。

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