七不思議研究会、始動……?
「で、やる事はこれか……」
入部届けを書いた直後にディーノとアウローラが任された事は、二人一組で旧校舎を見回る事だった。
あの部室から、地下に作られた礼拝堂へ飛ばされたのが、教師も知らない転移の門のようなものだとすれば、くまなく調べる価値があるというシエルの弁はわからなくもないのだが、この人選には作為を感じる……。
いざ二人きりになると、言葉が何も出てこないのは、編入してきてからと言うものほとんど変わっていなかった。
廊下を歩く二人の足音と、時折それに合わせて床板がきしむ音だけが静かな旧校舎に反響する。
「……こいつに書いてる場所にでも行ってみるか?」
ディーノは、シエルから渡されたノートを頼りに話を切り出した。
以前にも見せてもらった、七不思議をまとめたものだ。
二人がいるのは一階、一番近いのは《開かずの教室》と呼ばれる場所だった。
今は用途がなく使われていない、さらには鍵も紛失されているらしく、そのまま放置されている。
そして、人がいないにもかかわらず、声が聞こえてくるのだと言うが……。
ドアのガラス越しに中を覗いてみても、机も椅子もなく綺麗に片付けられていて、そこかしこにホコリが溜まって、人が入った形跡もなく変わった様子は見られなかった。
「鍵は普通のものか……針金でも入れれば開くかもな」
「泥棒じゃないんですから、やめてください」
アウローラは、少しばかりムッとした口調で答える。
生真面目な彼女からすれば、そう言ったことを許容することは、天地がひっくり返ってもあり得ないことだろう。
「嫌なら答えなくてもいいんだが、あいつにさらわれた時、どうやってあそこに行ったんだ?」
ディーノの質問に、アウローラは少し考え込むと言いづらそうな表情だったが、やがて口を開いた。
「眠らされたみたいで、わたしもわからないんです。気がついたら縛られてました。どうして、そんなことをお聞きになられるのです?」
「いや、そもそもあれは一体なんのために作られたのかって。わざわざ地下に作ったうえに、普通の方法じゃ入れないなんておかしいだろ」
あの礼拝堂は、ディーノが落とした稲妻で地面に大穴をこじ開けられたことで、その存在が明らかになった。
穴の周囲は現在封鎖され、一部の教師と王都の研究期間から専門家が派遣されて調査を行っていると言う話だった。
もしも、七不思議が全てああ言った感じの施設に関わっていると考えれば、残り六つの怪談を放置しておけば、何か良からぬことが起きそうな予感がする。
しかしながら、結果というものはすぐには付いてこないものだ。
「ここはとりあえず、成果なし……」
ぼやきながらディーノは窓の外を見ると、覚えのある顔が目に入った。
「悪い、野暮用ができた。シエルにもそう伝えてくれ」
「待ってくださいディーノさん!」
戸惑っていたアウローラも後を追う形で、出入り口から外へ出て回り込む。
そこは昨日起きた一件の舞台となった小さな花壇、そして記憶には全く残っていなかったクラスメイトが水をやっていた。
どうやら、あの三人組は来ていないようで、荒らされたような形跡もない。
「あ、ディーノ君に、アウローラさんも……?」
こちらに気づいたのか、声をかけて来た。
ディーノよりも小柄な背丈に、黄土色の髪は目線が前髪に若干隠れるくらい長く、シンプルな眼鏡以外には目立つ特徴のない少年だ。
「そこで見かけたからな」
親指で旧校舎の中を指して、淡々とディーノは返すものの、一つ大事なことを見落としていることに今気づいてしまう……。
(こいつの名前、なんだっけ?)
そもそも、昨日の段階でも頼み込まれたことで聞きそびれていた。
「フリオさんはここで何を?」
その先の言葉を発せられずにいたディーノは、横にいたアウローラが名前を言ってくれたことに、内心でホッと胸をなでおろしていた。
「見ての通りです。先々月にブフェの山で珍しい種を拾ったから」
その山と言えば、ディーノとアウローラにとっては、いろいろな意味で記憶に残ることが起きた場所だった。
「ディーノ君たちは、これからデートに行くとか?」
フリオの問いかけに対して、アウローラの頬が真っ赤に染まっているが、ディーノは訳がわからないと言った顔だ。
「"でーと"ってなんだ?」
聞くものが聞けば、あまりにも無神経に見えるその質問に、二人ともがあっけに取られていた。
「え、えっとさ。仲のいい男の人と女の人が、遊びに行ったり、食事したりすることだよ」
流石に予想外だったのか、フリオが戸惑いがちに説明するが、ディーノの実感がわかないと言った顔は変わらなかった。
「ディーノ君と、アウローラさん、婚約してるんじゃないの?」
続けざまに放たれた質問に、今度はディーノの顔色が変わった。
「そ、それは決まったことじゃねぇ! 指輪も今は返してある!」
どもりながらも必死で取り
しばらく前まで、他人との関係をひたすら拒絶していたディーノからは考えられないそのうろたえ方が妙に可愛く見えていた。
「と、とにかくだ。ちょうどいいから昨日の答えを話しとこうと思って来た」
フリオの表情が変わった。
期待と不安が入り混じった、小動物がすがってくるような目だ。
「俺は、弟子を取れるほど自分の道を極めたつもりはない。だから偉そうに教えられることもない」
しゅんと下を向いたフリオだったが、ディーノはお構い無しに言葉を続けた。
「学園で教わることじゃ、お前は強くなれないのか?」
教師を頼ることなく、わざわざ自分に頼み込むということは、フリオが何を求めているのかおおよその察しは付いていた。
そしてそれは、軽々しく触れていい領域の話ではなくなる。
「やっぱり、わかってたんだ……。僕は、魔降術を使えるようになりたい! 闘技祭の時から、ディーノ君を見ててずっと思ってた」
その答えに対しては、黙って首を横にふる。
「お前は、アンジェラの話聞いてなかったのか? 魔降術は制御できなくなれば人間ですらなくなるんだぞ? 俺だって、いつ化け物に成り果てるかわかったもんじゃねぇんだ。だから……止めておけ」
ディーノは単刀直入に、一切の遊びなしにフリオへと事実を突きつけた。
魔降術の契約が幼い頃に行われるのは、魔獣や幻獣のマナと一体化した状態を成熟しない内から慣らしていき、心身にかかる負担を軽減するためだ。
年齢が全てではないが、ディーノは少なくとも例外は知らない。
「ただ……毎朝と放課後の修練ならついて来てもいい。ただし手取り足取りってガラじゃねぇ。話はそれだけだ」
それが、人にものを教えられるほど立派とは言えない自分ができると考えた最大の譲歩だった。
フリオは押し黙ってしまっていたが、変に安請け合いして取り返しのつかないことになるよりは、無理だと諦めてもらうか自分ごと嫌ってもらうかの方がずっとマシだろうと考えた上でのことだ。
「あとは、お前が決めろ」
それだけを言い残してディーノは
「フリオさん……。ディーノさんは無意味に人を悪く言ったりはしませんから」
アウローラはフォローするようにフリオに伝えると、ディーノの後を追いかけた。
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