それぞれの抱えるもの

 日が落ち始めた逢魔ヶ時に、忍び寄る影が三人の悪魔を呼び覚ました頃……。

 生徒の下校時刻を迎えた旧校舎の屋上、新しい花壇を前にディーノとフリオは花壇に水をやっていた。

 ディーノにとっての目的はそれだけではなく、あくまでもそれは一緒にくるための口実だった。

「いつそいつと契約した?」

 端的にそう問い質すディーノの言葉は、気難しげな表情と相待って自然と威圧的な雰囲気をまとってしまうが、アウローラたちのように器用な立ち回りなどできるはずもなかった。

 フリオも最初は怯えたような表情をしていたが、ディーノがただ不快さをぶつけているだけでないことを察したのか、すぐに表情は平静さを取り戻す。

「授業の前の日に花が咲いて、そこから宝石が出て来たんだ」

 つまり、知らず知らずのうちにフリオは幻獣を育てていたことになる。

『ふふっ、そう警戒しないでよ? ドラゴンを宿してるだけあってトゲトゲだね』

 どこか女性的な穏やかさを秘めた声が、宝石から聞こえてくる。

『改めまして、私はドリアルデ。あなたのドラゴンと同じ幻獣、もっとも種になったのは四ヶ月くらい前かな』

 その言葉が正しければ、ブフェの山でフリオが集めていた時と重なる。

 さらにその幻獣は母となった木から飛んできたという事だが、その増え方から考えて普通の植物と大差はないということか。

「守られるだけなのは嫌だったんだ。ディーノ君みたいに強くなりたかった」

 自分の無力を恥じた故に力を欲す。

 その気持ちは、ディーノもよく知っていたが、だからこそその道を歩んでほしくなどなかった。

「俺のような怪物になりたいのか?」

「違うよ。ディーノ君が怪物になりそうな僕を戻してくれたんだよ。だから、僕はディーノ君のように魔降術を使いたいんだ」

 フリオは恐れることもなく、堂々とした口調で、左手の甲に輝く緑の宝石をディーノに見せた。

『ここまで言われてどうする? まだ突き放すか?』

(黙ってろ)

 事態は自分が最も嫌な方向へと間違いなく向かっていた。

「フリオをどうする気だ?」

 これから先に起こるであろう不安を言葉にしてドリアルデに向ける。

 たとえ友好的に見せていたとしても、その言葉を鵜呑みにすることはできない。

 フリオの身に危険が及ぶかもしれないことを考えれば、今この場で宝石を砕いておくことが最善だろう。

『今の君に信じて、とは言えないかな。なら、今までみたいに近くで見ていて』

「僕からもお願いするよ。欲しいのは力じゃないんだ」

 フリオもまたディーノの目をまっすぐに見据えて言葉を付け加えた。

 このまま本意を無視して砕くと主張したところで、テコでも動かないことだろう。

「不審な動きを見せたら、即座に砕く。それまでは保留だ」

『ありがと。これからよろしくねヴォルゴーレさん』

 陽気な声で挨拶をしてくる幻獣に対して、面倒ごとが増えたと心の中でため息をつくディーノだった。

 引くに引けない状況をいうのはこういうことを言うのだろうと、身をもって教わった気分だ。

「基本くらいは教えてやるが、一つだけ条件がある」

 腹をくくったその言葉に、フリオはゴクリと唾を飲んで身構える。

 果たして何を要求されるのか?

 金銭か、労働か、それとも別の何かか、予想のつかない対価に目線を泳がせる。

「俺になろうとするな。俺とお前の目指す”本物”は違う」

 それが、嘘偽りないディーノの本音であり、そして願いでもあった。


   *   *   *


「はっ! やっ!」

 影に埋もれ、暗闇が支配し始めた寮の裏手で、二つの人影が動いていた。

 流麗な動作で三つ叉の槍を振るい、暗闇の中でも目立つ長い金髪を揺らす、白銀の甲冑をまとった女子と、二振りの剣で槍の攻撃をいなし、赤いコートをひるがえしながら、木から木へ足場を飛び移る長身の男子。

 アウローラとカルロが人目につきにくい場所で、戦闘の稽古を行なっていた。

『光よ、射抜け! ”光矢アルコルーチェ”』

 アウローラの詠唱によって形成されたマナの矢が、カルロへ向かって一直線に空間を走っていく。

 カルロはそれを息一つ乱すことなく、林というフィールドを最大限に利用してアウローラとの距離を詰めた。

 開けていない場所では、アウローラの飛行魔術は意味をなさず、木から木へ俊敏に動きリーチの短い武器を用いるカルロに対して、槍という長い得物で捉えることは困難を極めた。

 近づいてくるカルロに対して、横薙ぎに払って距離をとろうとすれば、巧みに狭い場所へと誘導されて周囲の木々が攻撃の妨げとなる。

 地の利を活かしたカルロの戦法によって翻弄されたアウローラは、結局カルロを捉えること叶わず、数分と立たないうちにその喉元に剣先を突きつけられていた。

「これで〇勝十敗目だね」

 お互いアルマと魔衣を解除して元の学生服姿に戻ると、疲労の色を隠せないアウローラはその場にへたり込んだ。

 ディーノがフリオと修練を積む中で、アウローラもまた密かに腕を磨いていたのだが、成果が出ているようには感じられないでいた。

 無論、戦いとは単純な力量の差だけで決するものではない。

 闘技祭のように開けた場所で同じように戦えば、アウローラが飛行を合わせた高速のヒットアンドアウェイで、炎の矢以外の遠距離攻撃の手段を持たないカルロを完封し、逆の結果になることは十分にありえる。

 単に、このような場所ではカルロの方が有利に立ち回れるというだけの話だ。

「ディーノじゃなくてよかったの?」

 カルロはもっともな疑問をアウローラに投げかけた。

 訓練を口実にすれば一緒にいられる時間は増えるというのに、なぜ自分に訓練の相手を持ちかけたのか。

「わたしは、魔降術士じゃありませんから」

 元を正せば同じだったとしても、魔降術と魔符術では戦い方が異なる。

 発動には、カルロのような例外を除いて詠唱が不可欠であることに始まり、自分のスタイルとアルマに覚えこませた魔術の相性をその都度試行錯誤していく。

 闘技祭では、あえて違う属性である水の魔術を覚えこませたのも、その一つだ。

 魔降術はそう言った切り替えの手段を持たず、覚えた魔術をひたすらに磨き上げて一芸に特化したものだと、アウローラはディーノを見て推測した。

「それに、今のわたしじゃ足手纏いなんです」

 極限まで鍛え上げられたスタイルが、あのディロワールと言う怪物と渡り合えるだけの戦闘力に至るのならば、アウローラはその領域に至っていない。

 もし一人の時に襲われでもしたら自分を守れない、そんなことではディーノの助けになるなど夢のまた夢だろう。

 だからこそ、魔符術でディーノに拮抗する実力を持ち得るカルロに、不定期でありながらもこうして付き合ってもらっていた。

「まぁ、僕としても役得っちゃ役得なんだけどねぇ。今日はもう切り上げよう」

 カルロのいい出した言葉に、アウローラはわかりやすく顔色を変えた。

「だって、今日はまだ一回しかやってません!」

「目標があって走ってくのはいいけどさ、もう少し自分のこと考えた方がいいよ。五回目あたりから、どんどん悪くなってる」

 カルロから見て、アウローラは明らかに焦っている。

 原因は本人から聞くまでもなくディーノにあることは明白だった。

 先日の事件でなすすべもなくマクシミリアンに捉えられ、あまつさえ意のままの操り人形にされてディーノを殺しかけた。

 その事実が、アウローラの心を強く駆り立てている。

 フリオといい、彼女といい、ディーノの行動は良くも悪くも他人の心に強い影響を及ぼす。

「しばらくは考えないのも手だよ? 頭がいっぱいになりすぎても、いい考えは浮かばないからさ」

「で、でも……」

 アウローラはなおも食い下がったが、カルロもそれで甘い顔をするわけには行かなかった。

 このまま行けば、オーバーワークで体調を崩すことも考えられる。

「がんばりすぎて倒れたら、シエルちゃんもディーノもいい顔はしないよ?」

 遠回しに言って最悪の事態になる前に、カルロは念入りに釘を刺した。

 やはり、ディーノとアウローラはよく似ている。

 真面目で高い意識と向上心を原動力に、目指す頂を見つければ一直線に駆け上がる意志の強さを持つが、そうなると視野が極端に狭くなってしまう。

 自分がどうなろうとお構いなしだ。

 しかし、遭難してでも山頂を目指す登山家など三流どころか、ただの愚か者でしかない。

「僕もシエルちゃんから大目玉食らいたくないしね♪」

 冗談交じりにシエルの名を出してみれば、アウローラの表情は少しばかり落ち着きを取り戻していた。

 一番仲のいい同性の友人、やはり自分が遠く及ばないくらいに彼女の心を抑えてくれると、カルロは内心密かに安堵していた。


   *   *   *


 今日は研究会の活動は特に設けていない。

 シエルは珍しく寮の自室へ早々に戻って、談話用に置いた低めのテーブルに古びた学級新聞やもう使わない紙類を広げて、その上に古びた一冊の本と小さな工具をいくつか広げて置いていた。

 目の前には写真を入れたスタンドを立てかけてあり、そこには小さい頃の自分ともう一人、青い学生服を着た年上の男性の姿が写っていた。

 手元には、銀色に輝く筒状の物体が鎮座している。

 まっすぐな筒から、レンコンのように穴の空いた円柱状の部品と下の部分に突き出した爪とそれを囲う輪っか、曲線を描く木製の握り。

 Jの文字を思わせるそれは、いつもシエルが使っているアルマではない。

 アルマというよりは古の魔導機械に近しいその武器は、今現在にゼロから作ることは難しい代物。

 円柱状の部分に最大六発の《弾丸》を装填し、使い手のマナを込めて引き金を引くことで、攻撃魔術に近いマナの塊を撃ち出す。

 その武器の名は《竜火銃ドレイガ》。

 攻撃力を維持するために弾丸という使い捨ての消耗品を必要とし、攻撃という一点にしか使用できない多様性のなさから、現在で使っている人口は魔降術士よりはマシでも珍しい部類に入ると聞く。

 もっとも、弾丸には純度の低い屑石レベルの宝石でも使うことができるため、比較的楽に作ることができることが救いだろう。

 海を越えた西の大陸では開拓民たちが、富と名声を求めて日々この竜火銃を撃ち合っているという話だが、シエルにとってそこは大した話ではなかった。

 ディロワールが作り出したあの妙な空間では、アウローラやカルロでさえも思うように戦うことができないでいた。

 四人の中で決定的に実力の劣るシエルが、まともに戦うためにはそれ以外の手段が必要になってくる。

 まともに動いてくれるかはわからないが、書物を頼りに最低限動かせるだけの手入れをしておくべきだろう。

 問題は、これをどうやって忍ばせておくかだ。

 弾丸だけならば制服のポケットにでもいれておけばいいが、アルマと違ってカードにしておけないことを考えれば、学生服の下に仕込むことは難しいだろう。

『大昔にあった技術らしいぜ? こいつに宝石のカケラが入った”タマ”を入れて、バーン! って呪文もなしにマナがぶっ放されるって仕組みだ』

 写真の中で笑う男性が目に入り、楽しそうに語る声を思い出す。

 あの人は、魔術学園に通いながらも、そんな一風変わったものをかき集めては、土産に持ってきていた。

「やっと見つけたんだ……。だから力貸してよ?」

 シエルは意味深に呟いた。

 明るく振舞って、七不思議研究会なんて冗談めいた名前の活動を始めたのも、全ては目的のためだった。

 シエルは他の誰にも見せたことのない顔で、黙々と竜火銃の手入れを終えて、工具と本を一緒に机の引き出しにしまい込む。

 そして、広げた紙くずも全て片付けると、机の上には巷で流行っている喫茶店や劇場での催しが記された告知の類を無造作に並べ、物騒な代物の手入れをしていた痕跡を隠すように自室を取り繕ってベッドに寝そべった。

「あたしのこと、見ててよね」

 部屋の明かりは次第に落ちていき、浮かべた悲しげな表情を誰にも見せることなく、やがて寝息を立てていた。

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