三つの戦い −1−
なんら代わり映えのしない日常、それは予告なく突然終わりを告げるもの。
緩やかに時の流れる何気ない放課後の風景は、突如として入り込んだ異物によって全く違うものへと変貌する。
七不思議研究会の集まる日取りとして設定し、五人揃って旧校舎へ向かおうとしていた彼らの目の前に現れたのは、例の三人組であった。
下校する生徒が遠巻きに彼らへ視線を送りつつも、ほとんどは関心のないまま通り過ぎていく。
「まだ何か用か?」
ディーノはいつものように愛想のない態度で、しかしそれ以上に威圧するように力の込めた言葉で、リーダー格のモンテに問いただす。
だが、彼らの様子は以前とは違う。
どこか上の空のようでいて、瞳の焦点が微妙にあっていない。
『間違いない! 奴らだ!』
強い語気を込められたヴォルゴーレの言葉がディーノに警戒を促す。
その瞬間、三人の胸からどす黒い輝きが発せられ、その姿は人間とはかけ離れた異形へと変貌を遂げた。
「おい、なんだよアレ?」
「演劇部の仕込みか?」
現実感のない光景に茶々を入れる周囲とは対照的に、一度それを味わっているディーノ達だけは身構えて臨戦態勢を整える。
いずれは報復に来るだろうと踏んではいたが、まさかマクシミリアンと同様にディロワールの力を手に入れて、白昼堂々ここまで大っぴらな行動に出てくるとは予想していなかった。
『テメェらさえいなけりゃ、オレらは楽しくやってけたんだ! 一人残らずぶっ潰してやる!!』
中央のモンテが啖呵を切ると同時に、黒い宝石がさらなる輝きを放ち、昼下がりの学園の風景が赤黒く染まっていく。
空気がのしかかって体が鉛のように重くなる感覚は、これで二度目だったがあの時とは決定的に違う要素がいくつかある。
ディーノの目の前にいたのは、青緑の体に馬面となったモンテ一人、さらには今この場にいるのが自分とフリオの二人だけだと言うことだ。
案の定フリオは、禍々しいマナに耐えきれず、こみ上げる吐き気を抑えながらうずくまっている。
自分たちの背中には、五人で作り上げた見覚えのある植え込み、旧校舎の屋上にまで一瞬で飛ばされたと言うことか。
『全部だ……全部跡形もなく燃やしてやる!』
鈍い音とともに、肩から骨が隆起して巨大な砲が姿を現すのを目の当たりにして、ディーノはモンテたちの思惑に察しがついた。
* * *
「ずいぶんと手のこんだ仕返しだねぇ……」
カルロは異空間に一人分断されながらも、平静を保っているかのように軽薄な笑顔を崩さずに軽口を叩いた。
『こいつで叩き潰してやるよ、スケコマシ野郎が』
目の前にはカラスを混ぜたような姿となったレノバが、翼を羽ばたかせながら左腕の鉄球を振り回している。
障害物の見当たらない開けた空間、さらに飛行能力を持ち合わせた相手。
「大方みんなバラバラにして、各個撃破ってところかな?」
この場に飛行の魔術を使えるディーノやアウローラがいないことからしても、相性の良し悪しでそれぞれのフィールドに引きずり込んだとカルロも察した。
「いやぁ、僕の弱点突かれちゃったねぇ。女の子がいないと戦闘力三割減だよ」
飄々とした振る舞いを崩さずに、アルマと魔衣を展開し、赤いコート姿となったカルロめがけて鉄球が飛んで来る。
バックステップでかわすカルロだったが、その動きには普段のキレがなかった。
新たに手にした力で有利に立ち回れると確信したレノバは、振り回す速度を上げながら翼をたたんで急降下してくる。
炎の矢で迎撃するも、空間の影響で弱体化してしまったのか、体の前で振り回した鉄球の鎖にたやすく阻まれてしまう。
『ヒャヒャヒャヒャヒャ!! 踊れ踊れぇっ!!』
高笑いを上げながら突っ込んで来るレノバに対して、カルロはひたすらに逃げ惑うしかできなくなっていた……。
* * *
「あんたたち一体何やったのさ!!」
理解の範疇に及ばないことが起きているにもかかわらず、シエルは威勢良くアルベに向かって怒号に近い勢いで問いかける。
連れて来られたのは、アウローラとシエルの二人、目の前には大鎌を携えて両肩に盾を取り付けたエイをかぶったような姿になったアルベが佇んでいる。
『モンテ君とレノバ君があいつらをぶっ潰してくれる。そしたらお前らもモンテ君たちのものになるんだ』
その一言で、この三人組が二人をどんな風に扱う気でいるのか、察しがついてしまった。
「うっわ最悪! あんたらもマクシミリアンと変わんないじゃん!」
『なんとでも言えよ! そうしないとオレがフリオと同じになるんだよ!!』
アルベがやけになったような叫び声をあげながら、シエルに向かって突進する。
だが、それに割って入るように、魔衣をまとい白銀の甲冑姿となったアウローラが間合いの内側へと入り込んだ。
大鎌と言う武器の性質上、獲物を切り裂くためには手前に武器を引くと言う動作でなければならない。
大振りになりやすく、隙も生じやすいのだから、それ以上のスピードで本体に肉薄して攻撃を加える。
懐を取ってしまえば、相手は横の動きだけでは対処できなくなっていく。
未知の敵の眼前に飛び込んでいくのはリスクを伴うが、それでもシエルを敵の前に晒してしまうよりはいいと割り切った。
アウローラの槍もリーチという面で言えば、体がくっつくほどの距離で戦うには向いていないが、あくまでも自分たちは騎士ではなく魔符術士、戦うための手札は武器だけではないのだ。
『光よ! 射抜け!』
アウローラの詠唱とともに、無数の光の矢がアルベの体を直撃し、その異形の体を大きく後退させる。
これだけ相手に肉薄すれば狙いをつける必要もなく、発動さえすれば体のどこかに当たる。
大ざっぱな戦い方になるが、時には洗練された技術だけでなく相手の虚をつく大胆さが功を奏す場合もある。
教科書通りに事をなぞるだけの優等生でいるだけでは勝てない事を、アウローラは二人の友人を見てきて思い知っていた。
『へっ! こんなもん!』
攻撃を食らったはずのアルベが上げる余裕の声から、この空間ではやはり魔符術の威力は落ちてしまうのは、マクシミリアンの時と同じだった。
ぬるめに加熱された下水の中にでもいるかのような不快感が消えることはない。
逆にディロワールにとっては力を振るうのに最適な環境、まさに水を得た魚と言ったところだろう。
やはり、付け焼き刃の特訓程度では、ディーノのように規格外の強さに届くことはないことは明白だったが、だからと言って諦める気など毛頭ない。
「アウローラ、下がって!」
気を入れ直して、再び攻撃に入ろうとしたアウローラの後ろからシエルが指示を飛ばしてきた。
どうしてと考える前に、アウローラはバックステップを踏み、飛行魔術の浮遊も相まってさらに大きく距離を開けると、その真横を爆音とともに高熱をまとった真紅の光が一直線の軌跡を描いてアルベに直撃した。
『ぐあぁっ!!』
爆炎がほとばしり、左側の盾が黒い煙をあげながら無残にもえぐり取られている光景がアウローラの目に入った。
同時になぜ? という疑問が頭をよぎる。
彼女と彼女のアルマのマナは《水》の属性、相性の悪い《火》の魔術は覚えさせることができないか、出来たとしても相当威力が落ちる。
であるにもかかわらず、魔符術の阻害される空間であれだけの威力を持った魔術を放てることに説明がつかなかった。
シエルの方へ向き直ると、彼女は両手にアルマではない金属の筒を構えていた。
「どうやら、こっちは有効みたいだね!」
「シエルさん? それは一体?」
初めて見る彼女の武器に、アウローラの疑問は加速する。
今までの彼女の戦い方には一行たりとも刻まれていないし、今まで学園で聞き知った知識を総動員しても引っかかることはない。
「細かい話はあとあと♪ とりあえず、あたしの秘密兵器だと思っててよ」
隠し持った手札が明かされたものの、ディーノほど別格の威力を秘めているものではなく、不快な空間は健在のままで状況が好転したとは言い難かった。
だが、明るく語るシエルを見ていると不思議と絶望的な気分にはならない。
アウローラは再び槍を構え直すと、友人の笑顔に応えようと言う意思が宿った瞳が輝きを増していった。
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