三つの戦い −2−
シエルの銃撃を脅威と見てアルベは警戒を強めたのか、宙に浮いて一定の距離を保ったままで動きがない。
そのダメージの大小までは見て取れないが、アウローラとシエルも一気に飛び込むまではいかなかった。
マクシミリアンとは勝手が違うが、魔獣以上にこちらの常識が通用しない相手、攻め時を見誤ればただでは済まない。
これは訓練でもなければ、祭典でもない、本物の戦いなのだから。
モンテたちの思惑から見て、即座に殺されることはなさそうだが、その先のことは想像したくもないし、許す気など一切ない。
「エッチな小説みたいなことできると思ったら大間違いなんだからね!! あんたらみたいなゲスには一〇〇万年はやーい!!」
意気揚々と叫びながら、シエルが
どうやら、考えることは同じだったらしいアウローラがシエルの顔を一瞥し、再び前に出た。
アルベを倒せる可能性があるとすれば、ディーノがマクシミリアンにしたように、胸で禍々しく輝いている黒い宝石に命中させて砕くくらいだろう。
そして、今の段階で自分たちの持つ手札の中で、それができそうなのはシエルの銃で間違いない。
『光よ、射貫け』
アウローラの詠唱に合わせて、再び光の矢が飛んだ。
それに合わせて相手の懐へ接近して引きつけ、シエルの銃撃で仕留めてもらう。
多少勝手は違ってきているものの、ディーノが編入してくるよりも前から実技の授業でやり慣れた連携だった。
『光の翼を、我が背中に!』
残った右肩の盾を目の前に向けるアルベに向かって、魔術を展開して飛翔するアウローラだったが、標的へ一直線に向かっていた魔術の矢がアルベの目の前で急激に方向を変えて曲がってしまう。
撃ち落とすでも、受け止めるでもないその防御の方法は、彼女の知る魔符術の中には思い当たらない。
『これが”アンドラス”の力だ!!』
勢いをつけてつむじ風のごとく振り回された大鎌を、アウローラは直前で方向転換をしつつかわし、再び攻撃に移ろうとした瞬間、アルベの大鎌は回転をかけて空を割きながらアウローラを追尾してきていた、
先ほどの大振りは、投擲のモーションをごまかすためのフェイク、攻撃を振り切らんとアウローラは飛行の速度を上げた。
『光よ、我を守る盾となれ!!』
万全でないながらも、防壁の魔術を展開させることで、完璧とは行かないまでも大鎌の動きを鈍らせる程度はできると踏んでのことだ。
飛んでくる大鎌と激突した光の盾が砕け散り、まばゆい光がほとばしる。
目算通り、今ならアルベは武器を持っていない無防備な状態で、速度を上げて一気に接近するために方向転換した時、アウローラは初めてその違和感に気づいた。
「いない!?」
攻撃を振り切ることに意識が行きすぎたアウローラは、アルベの姿を完全に見失っていた。
ディーノのようにマナを探知する方法があるわけでもなく、敵を探すためには二人ともが視覚に頼る以外にない。
戸惑って辺りを見回すアウローラの背中に、痺れるような鋭い痛みが入ったのはほぼ同時のことだった。
アルベが頭に被ったエイのような器官から伸びた尻尾が、鞭のように伸びてアウローラの背中に直撃していたのだ。
さらなる追撃が前後左右、縦横無尽にアウローラへと襲いかかり、体を切り刻んでいく。
その攻撃のいずれも、アウローラは見えず、敵の姿さえも補足することができないでいた。
『まだまだまだまだァッ!!』
曲線的な尻尾の鞭だけでなく、正面から無数の棘がアウローラ目がけて発射され、かろうじて効果が持続している光の翼を羽ばたかせて、アルベから大きく距離をとりながらも何発かは手足をかすめ、白銀の甲冑を赤く染める。
陽動を用いたとしても完全に姿を見失ったと言うことは、仕掛けこそわからないが姿を消す、あるいは認識を阻害する魔術も使えると言うことだろう。
見えない姿、見えない攻撃によって速度の鈍ったアウローラに、再び大鎌をその手に取り戻したアルベが迫ってくる。
「アウローラから、離れろーっ!!」
下から爆音と共に、赤く輝くマナの銃撃が乱射され、接近するアルベを阻むように横切っていく。
命中させることよりも、攻撃を防ぐために放たれた攻撃に対して、アルベはいかにも面倒臭そうな仕草と共に、再び姿を消す。
それだけで、アウローラは標的が自分からシエルに移ったことを察した。
「シエルさん! そこから離れて!!」
敵の位置を捕捉できなくても攻撃を防ぐことはできると踏んだアウローラは、シエルのいる元へと急降下していく。
中遠距離からの攻撃及び支援を重視した彼女を守るのは、自分でなければならないと言う思考に支配され始めていることにアウローラはまだ気づかなかった……。
真正面から再びアルベの棘が彼女を狙い撃ちにしてくる。
加速のついてしまった体は回避もままならずに、さらなる鮮血で魔衣をより濃い赤に染め上げていく。
(わたしが……わたしがしっかりしなきゃいけないのに……!!)
そもそも、シエルを狙う姿勢を見せたこと自体が、アウローラに対する罠でありその術中に易々とはまってしまっていた。
それはひとえに、アウローラが持つ責任感の強さに他ならない。
いつも一緒の友達だから、シエルは自分が守るのだと、思考が凝り固まっていき視野を極端に狭めていく。
『光よ、我に癒しを』
マナを絞り出すように唱えた治癒の魔術も効果が薄く、それでも体に鞭を打って姿の見えないアルベの姿を探ろうと意識を集中していく。
眼下のシエルもまた、見えない攻撃を警戒して動き回り、敵の姿を補足しようと周囲に注意を払っている。
その時、背後から風を切る音がアウローラの耳に飛び込んできた。
振り向けば再び大鎌が投擲されてきていたが、アウローラはその場から動かないでいた。
今までの攻撃から敵の行動パターンを予測する。
大仰な攻撃はその全てが本命を当てるための囮だ、この大鎌をかわそうとすれば、尻尾や棘の追撃がアウローラに襲いかかってくる。
ならば……。
「アウローラっ!? 無茶だよっ!!」
シエルの制止はあえて聞き入れずに大鎌へと突っ込んで行き、そのまま勢いを殺さずに両手に持った槍を渾身の力で振り下ろした。
「やあぁっ!!」
回転をかけた大鎌と三叉の槍が激突して火花と閃光がほとばしると、その影から乱射された棘がアウローラに迫ってくるのが今度ははっきりと見えた。
『光よ、我を守る盾となれ!』
あくまで不意をつくための隠密性は高い攻撃だが、軌道そのものは直線的、見えてしまえば光の盾で防ぐのは簡単なことだった。
だが、攻撃を防いだことによって生まれた安堵は、次の瞬間、いとも簡単にかき消されてしまうことになる。
「ちょっとどこ触ってんのよ!!」
その怒りの声がアウローラの耳に入ったときには既に遅かった。
シエルに標的を切り替えたと見せかけてアウローラの隙をつき、再び狙ってきたと意識させておきながら、時間差でシエルを捕らえる。
二重三重に張られたアルベの罠に、アウローラはいいように遊ばれ、翻弄されていた。
正面からの戦いには攻防にそつがないことに加えて飛行魔術の素質もあって決して弱くはないが、策による騙し討ちに対して極めて脆い……。
同学年の中でも上位に入るとは言え、魔獣を倒すことはできても人間相手の実践経験に乏しく、そして戦闘に対する思考がアウローラは純粋すぎた。
仮に戦っているのがディーノやカルロならば、この程度の策は予想した上で軽々と凌駕して見せたことだろう。
目の前に叩きつけられた現実に、アウローラは表情に出さずとも無力感を覚えずにはいられなかった……。
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