三つの戦い −3−

 アルベがシエルを片手で捕らえた状態で、アウローラと同じ高さに浮かび上がり、手元に戻ってきた大鎌の刃をその首元に近づけていた。

『動いたらこいつの首を落とすぞ!』

 首元に巻きつけた手には、シエルが持っていた竜火銃が握られている。

 奪い取られてしまえば、その引き金が容易く自分たちに向かって引かれてしまうと言うデメリットもまた、使い手が少ない原因の一つだった……。

 有効打が望める武器がなくなってしまった以上、自分がなんとかするしかない。

『まずは地上に降りろ』

 アルベがどこまで本気かはわからないが、無傷で手に入れるのが困難ならば、片方だけでも手に入ればいいと言う考えでもおかしくはない。

 ゆっくりと高度を落としていく間に、打開策を考えなくてはと思考を巡らせる。

 武器も奪われ身動きも取れない、シエルの腕力では力づくで拘束を解いて脱出するのは難しいだろう。

 静かに着地したアウローラに合わせて、アルベも目の前に降り立った。

『アルマを捨てて、魔衣も解け』

 このまま人質で優位に立ってから、逆らえない状態で一方的に嬲ろうと言うのは素人でも簡単に想像がついた。

「アウローラ! 捨てちゃダメ!! こんな奴の言いなりになんないで!!」

 シエルの叫びが嘘偽りなく、自分自身ではなくアウローラを本当に案じていることがわかる。

 だからこそ、アウローラはためらう事なくアルマをカードに戻して、元の学生服の姿に戻った。

『あとは服も全部脱ぐんだ』

 人間のままだったら、その表情は醜く歪んだ笑みを浮かべた事だろうと想像がつくような、アルベの下卑た要求にも心を必死に押し殺して、制服のボタンを一つずつ外していく。

(シエルさんだけは、絶対に守らなきゃ……)

 胸の奥からざわざわと渦巻く羞恥と戦いながら袖から腕を抜き、上着と胸のリボンが音を立てず地面に落ちる。

「ダメ! ダメだよ! そんなの絶対にダメ!」

『黙れよっ!!』

 叫ぶシエルに苛立つアルベは、シエルの首に尻尾を巻きつけで締め上げ始める。

「う……あがぁっ!」

 死に至らない程度にじわじわと苦悶に歪むシエルの表情を見せつけるように、アルベは締め付ける力を加減していた。

『さぁ、脱げ!』

「だ……だめ……ぇっ」

 かすれていくシエルの声に耐えきれず、ブラウスのボタンもゆっくりと外して行き、衣擦れの音と共に落ちると果敢に槍を振るう姿とは裏腹に華奢で細い肩と白いブラジャーに覆われた控えめの胸があらわとなっていく。

 アウローラの頰は次第に紅潮していくと同時に、アルベのシエルへの注意が油断によって自分に向かっていくのがわかる……。

『ひひひひひ……次はわかるよなぁ』

 そのまま無言で、黄緑色のチェック柄が目立つプリーツスカートに手を掛けると焦らすようにゆっくりと下ろしていくと、ブラジャーと同じ純白のショーツが顔を見せていくと同時に、アルベは本人が気づかぬうちに、首に巻きつけた尻尾が次第に緩んでいく。

(もう少し……もう少し)

 アウローラは膝を曲げてしゃがみ込み、足をスカートから抜いていく。

 身を守る服を全て脱ぎ捨てさせられ下着姿を晒すさまを、さも屈辱的だと言わんばかりの仕草でアルベの視線を誘っていた。

(こんなのどうってことない! シエルさんだけは絶対にわたしが守るんだ!)

 これは賭けだ。

 奴が気を抜いた瞬間を狙って、再起動したアルマを尻尾に向けて投擲して切り落とし、シエルを解放させる。

「もう! アウローラの分からず屋! 戦ってよ! あたしの事なんか考えないで! いっそのこと声も聞かなきゃいいんだよ!」

 その様を見せつけられるしかないシエルは、涙声を張り上げてアウローラに訴えかける。

「奥手! 料理下手! 音痴! こっちが耳塞ぎたくなるぐらいなの知らないくせに!」

(えっ……)

 ふと、そこまで聞いてアウローラに違和感が生じた。

 さっきからシエルはただ自分のことを責めているのだろうか?

 こんな状況になって、いきなり身勝手な物言いを繰り返すような振る舞いをしたことなどあっただろうか?

 その瞬間、シエルのベストにある胸ポケットから光が走って短杖ワンドが姿を現したのと同時に、アウローラは条件反射のように耳を塞いでいた。


『このドスケベ野郎おぉぉぉぉーーーーっ!!』


 竜火銃など比較にならないほどの大音量の声と衝撃波が、シエルの中心で爆発のごとく響き渡った。

 小型の魔獣程度なら一掃できるほどの、声を利用した攻撃魔術。

 美しい歌や心に響く声だけではない、音波による破壊の側面もあるシエルの魔術"人魚の歌声シレーヌカンターテ"だ。

『ぐぁぁぁっ!!』

 アルベは思わず両手を離して耳を押さえつけていた。

 たとえ弱体化させられていたとしても、密着するほどの距離で耳に入ればただでは済まなかった。

「あんたなんかバカルロ以下だっての!!」

 生じた隙を見逃さずシエルは拘束から脱出し、悶え苦しむアルベが取り落とした竜火銃を奪い返すと同時に渾身の蹴りを股間に叩き込んだ。

「アウローラ! 決めちゃおう!」

「任せてください! シエルさん」

 アウローラもアルマを拾い上げて再起動させると、脱ぎ捨てた制服がマナによって再び戦女神の甲冑に戻る。

「違うよ! 二人であいつを成敗するのっ!!」

 当のシエルが首を横にふって出てきた言葉に、アウローラはハッとする。

 自分はシエルをどう見ていたのだろう? 前に出て守らなきゃいけない相手? 魔術が接近戦向けではないから? 自分より小柄で弱いから?

 違う。

 それは自分の思い込みを一方的に押し付けただけだ。

 無意識のうちに、自分がどうにかしなければならないと言う考えばかりが肥大してしまっていたが、シエルは自分の力で活路を見出すだけの強さを持っている。

 ディーノのように勇ましく圧倒的な力でなくても構わない。

 自分がただ一方的に守るのではなく、友達と力を合わせて目の前の敵を打ち破れるだけの力が欲しいと思ったその瞬間、アウローラの中で何かが弾けた。

 心の奥からほとばしったのは、この空間さえも白く染めるまばゆい光。

 さっきまで感じていたのしかかってくる空気の重さも、マナを食われるような不快さもなくなっていく。

『な、なんだその光は!!』

 アルベの問いに進んで答える者は誰もいない。

 しかし、アウローラとシエルは一度それに近しいものを見ている。

『光よ! 魔を打ち払う刃となれ!!』

 詠唱とともに掲げた三叉の槍が、天からの光を浴びて白銀に輝き出した。

「こっちも行くよっ!」

 シエルは両手で竜火銃を構えて、全力のマナを込める。

 アウローラは天へと向かって飛び上がり、眼下へと向けて輝きの槍を投げると同時に、引き金を引いたシエルの竜火銃から炎の弾丸が放たれる。

『くっ! なめるなぁ!!』

 アルベは大きく振りかぶって大鎌を投げ、残された盾で軌道を変える二重の防御でしのぎにかかる。

「「いっけぇぇぇぇっ!!」」

 だが、アウローラとシエルが放ったとどめの一撃は、回転をかけて飛んでくる大鎌も、軌道を変える盾も一直線に打ち砕き、胸の黒い宝石に突き刺さった。

 閃光がディロワールの作り出した空間も、アウローラとシエルの視界も、一瞬のうちに白く埋め尽くしていく。

 次に二人が気が付いて目にしたのは、黄昏時の新校舎近くで気を失っているアルベと魔衣を展開したままの自分たちが、野次馬を作っている下校途中の生徒たちの注目を集めている光景だった。

「あの、ディーノさんたちを見ませんでしたか?」

 元の場所へと戻ったアウローラとシエルは、一部の学生に聞いてみるが、返ってきたのはいずれも『知らない』と言う答えだった。

「じゃあやっぱり、ディーノたちも!」

 アウローラとシエルは互いにうなずき合い、倒れたままのアルベを問いただすべく、彼の両足をつかんで体をうつ伏せに反らせた顔面が、石畳でこすれるように引きずりながら旧校舎の部室へと急ぐ。

「あぎゃあぁぁーーーーっ!!」

 痛みで即座に目が覚めたのか、絹を裂くような悲鳴を上げるアルベがお構いなしに引っぱられていく光景を、他の生徒たちはあっけにとられて見送っていた……。

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