三つの戦い −4−
「覚えてないって……どーゆーことっ!!」
バンッ! と机を叩きながら、シエルはアルベに向かって問い詰めていた。
アルベを調べ上げようと、七不思議研究会が使う教室へと連れ込んだわけだが、椅子に縛りあげていくら問い詰めても、アルベは呆けたような表情で、質問の要領を得ないと言った具合だった。
「アウローラをあんな目に合わせておいて、よくそんなこと言えるねっ! ネタは上がってるんだから大人しく白状しなさい!!」
先ほどの出来事がシエルの中で再生されたのか、感情がさらにヒートアップしてアルベの胸ぐらをつかみ上げる。
「シエルさん、落ち着いてください」
ぐわんぐわんと首から上を揺さぶられて、酔ったような状態になっているアルベを見かねたアウローラが止めに入った。
「本当に、わからないんだよ……。昨日の夕方あたりに変な黒い部屋に連れ込まれて、黒い宝石を目の前に出されたんだ。それで自分がなんでもできるような気分になったことまでは覚えてる……」
戸惑っているような、怯えているような、何とも言えない表情でアルベは自分の受けた体験を語っている。
さすがにアルマや
「もう、ラチあかないなぁ……」
その様子を横目に見ていたアウローラが、何かを確信した表情を浮かべていることに、まだシエルは気がついていなかった……。
* * *
時を同じくしてカルロは一人、ディロワールの力を得てカラスのような姿に成り果てたレノバと対峙していた。
『オラオラどうしたぁ!!』
レノバが鉄球を投げつければ、カルロはそれを右へ左へとかわして行き、地面がえぐられて大穴があく。
カルロが反撃で炎の矢を放っても、宙を飛び回るレノバは労せずにかわし、あるいは投げつけられた鉄球に弾き飛ばされる。
自分の絶対的優位を確信したレノバの攻撃は止まらない。
『まだまだこんなもんじゃねぇぜー!!』
バサリと広げた背中の黒い翼を羽ばたかせると、無数の羽毛が矢のようにカルロめがけて襲い掛かる。
炎の矢では撃ち落としきれない数の羽毛の嵐を、両手の剣で叩き落としにかかるが焼け石に水、カルロの赤い魔衣はズタズタに切り刻まれて、鮮血の緋色を上塗りされていく。
それだけでは終わらず、羽毛によって動きを鈍らされたところへ鉄球のさらなる追撃がカルロの胴体へとついに直撃した。
「がはっ!」
両手の剣を体の前で十字に交差して受けるも、一瞬呼吸が止まり、赤く染まった息を喉の奥から強制的に吐き出されながら、カルロの体は派手に後ろへと飛ばされて地面を転げ回る。
『ダーッハハハハハ!! 手も足も出ねぇなぁ!!』
覆されることのない形勢に勝ち誇るレノバの高笑いを耳に入れながらも、カルロは鞭を打つように倒れた体を起き上がらせる。
(折れちゃいないね。内臓もなんとか無事だ)
呼吸を整えてカルロは自分の状態を確かめる。
自分はディーノのように、相手の攻撃を真っ向から受け止めて突破する攻撃力も防御力もない。
攻撃を耐えて前に進むのではなく、あくまでもダメージを最小限に抑えることが必要なのだ。
カルロは直撃の瞬間に踏ん張るのではなく、自ら後ろに跳ぶことで着弾点をずらして衝撃をやわらげたものの、大きな質量を持った攻撃を連続していなし続けるのは難しいだろう。
「効かないねぇ……シエルちゃんの蹴りの方がよっぽど痛いよ?」
『瀕死のくせに強がってんじゃねぇ!!』
カルロは口の端から血を流しながらもニヤリと笑って挑発をくれてやれば、案の定レノバは逆上して攻撃を激化させてくる。
鉄球はより勢いを増しながら、羽毛をまとわせた状態で放たれる。
直撃すれば触れた相手をおろしがねのように削りとり、二重のダメージを与える仕掛けだとカルロは察した。
受け止めることも、受け流すこともできないその攻撃に対してカルロの選択肢は回避の一択に絞られた。
カルロは逃げ回りながらも炎の矢を鉄球に向けて撃っていたが、虚しく弾き飛ばされる現実は変化することはない。
このままカルロが鉄球の餌食となり、骨も内臓も下ごしらえを施すステーキ肉のように叩き潰される光景をレノバは夢想して振り回し続ける。
(もう少し……もう少し……)
カルロはただひたすらに駆け回りながら、炎の矢を撃ち込み続ける。
もしこの場に観客でもいれば、誰が見ようとも無駄なあがきとしか思えない攻撃の繰り返しだったが、鉄球をかわしながらも同時に飛んでくる羽毛を完全にかわしきることはできない。
じわじわと魔衣を裂かれながら、カルロの駆けずり回る周辺に血飛沫がばらまかれていく。
幾度目かもわからない鉄球の追撃が振り下ろされた時、カルロは初めて行動を変えた。
地面にめり込んだその一瞬、伸びきった鎖の上にカルロは飛び移り、その先にいるレノバへと一直線に駆け上がった。
カルロの思惑に気づいたレノバは、鉄球を引き戻そうとして腕に力を込めるが、どれだけ力を入れても戻ってくることはない。
「無駄だよ。繋ぎ止めたから」
両手に剣を構えてカルロが迫ってくる。
たわむ鎖に目を凝らしてよく見れば、鉄球の本体と鎖に赤く輝く細い糸となった炎のマナによって絡め取られていた。
カルロは無意味に炎の矢を放っているわけではなかった。
逃げ回っていたのも、弾かれるとわかって矢を放っていたのも、全ては炎の糸で鉄球を封じるという本命の仕掛けを悟らせないためのフェイク。
調子に乗ってブンブンと力任せに振り回していたレノバは、カルロの術中にハマっていることに気づかないでいたのだ。
レノバが再び羽毛を飛ばそうと翼を羽ばたかせるよりも速く、十本近い炎の矢が放たれた。
凝縮された炎がレノバの体に突き刺さり、鋭い痛みと火傷を同時に味わわせる。
『このぉっ!!』
突き放すのを諦めたレノバはクチバシを大きく開くと、マナがそこへと集束して青白い光の塊となっていく。
次の瞬間、高熱を帯びたマナの光弾が駆け上がるカルロへと向けて、自分の体を砲身にした大砲のようにまっすぐ放たれた。
ギリギリまで接近させた上で撃った一撃が、カルロの胴体に風穴を空ける様を夢想したレノバだったが、光が治まって目にしたのは、影も形も消え去り、絡め取られた鉄球だけが伸びている光景だった。
「残念でした♪」
その声がしたのは上からだった。
確かに真正面から光弾を浴びせてやったのが見えていたはずなのに、なぜカルロにかわされているのか、レノバは全く理解できなかった。
「《
その言葉と同時に振り下ろされた斬撃が両方の翼を同時に斬り落とし、バランスを失ったレノバは地面へと真っ逆さまに落ちていく。
背中から叩きつけられたレノバは立ち上がり、カルロの姿を捉えようと周囲を見回すが、そんな余裕が与えられるはずもなく、炎の矢が雨のように降り注いだ。
『ぎゃあああっ!!』
体を点で焼く高熱の攻撃に、レノバは醜い悲鳴をあげる。
この場から逃げようにも、頼りにしていた鉄球が自分の動きを封じる錘でしか無くなってしまう。
「動きにくそうだね? もっと軽くしてあげようか?」
軽く手伝うような声とともにカルロが姿を表した瞬間、鉄球が繋がれていた左腕が目にも留まらぬ速さの剣撃によって斬り落とされる。
どす黒い血液が滝のように流れ落ち、自分の体の自由と引き換えに、炎の矢と比較にならない激痛が体に襲いかかる。
「しかし、レノバ君には感謝しないとねぇ……一人にしてくれたことをさ」
声のトーンが低くなったカルロは、無言で再び炎の矢を放つ。
『あぐぁぁぁっ!!』
形成が逆転し、余裕を失ったレノバの心に今まで抱いていなかた感情が芽生え始める。
「正直、今の僕ってさぁ。女の子に見せられる顔してないと思うんだよねぇ……」
そう述べる本人の顔は、レノバの方からは影となってはっきりとは見えない。
だが、見えてしまえばきっとここから動くことすらもできなかったことだろう。
ガクガクと震え始めた体を無理やり動かして、カルロに背を向けて地面を這いずり始める。
「やっぱり、モテなくなっちゃうのは痛いよねぇ……今の君よりもさ」
再び放たれた炎の矢が両足を撃ち抜き、レノバに高熱の痛みを思い出させる。
目の前にいる男は何者なのか、レノバにはわからなくなっていく。
ただのスケコマシ、ディロワールとなった自分の敵ではないはずだった。
『た、助けてくれぇっ! 頼む! この通りだ!!』
今まで築いてきた小さなプライドもかなぐり捨てて、レノバは命乞いをする。
助かるのならば、こんなことなど些細なものでしかなかった。
「心配しなくてもいいよ。ちゃぁんと解放してあげるさ……生きてる苦しみからね!!」
振り下ろされたカルロの一撃が、胸に埋め込まれた黒い宝石を砕き飛ばした。
レノバの体はみるみるうちに戻っていき、作り出された空間がいつもの学園へと戻っていく。
「なーんてね……殺しはしないよ。ディロワール化してた時の傷も、宝石を砕けば元に戻る」
そして、恐怖によって歪みきって泡を吹いたまま気絶したレノバを見下ろして、カルロは一人つぶやいた。
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