三人の悪魔
「クソがぁっ!!」
学園の中庭、坊主頭のモンテがやり場のない怒りを晴らすために、校舎の壁を蹴りつけていた。
勉強では下から数えたほうが早い、魔術の才能に秀でているわけでもない。
それでも初等部、中等部の頃は腕力さえあれば何もかもが思い通りだった。
家が近所だったレノバ、アルベと一緒に女々しい趣味のフリオを毎日いびって、楽しい学園生活を送っていたはずなのに、二年になってフリオが別のクラスになってからというものケチがつきっぱなしだ。
学級新聞で晒し者にされてユリウスから厳重に注意を受けただけでは終わらず、フリオまでもが得体の知れない力で自分たちに牙を向いて来た。
「あんの黒髪野郎に、すけこまし野郎! フリオもまとめてぜってぇぶっ潰してやる!!」
ディーノの存在こそが今のモンテにとって消し去るべき敵と認識され、一方的な逆恨みの叫びをあげるモンテを、取り巻き二人はただ見ていた。
「どうやってだよ? 魔術じゃ勝負になんねーじゃん」
レノバがもっともらしい反論を述べる。
まともにやり合ったとしても、その実力差は明白であるだけでなく、また新聞部に隠し撮りでもされれば、退学処分を下される可能性もある。
今まで狼藉を働いてきた報いなどと、彼らが考えるはずもなく、自分たちの理不尽は押し通しておきながら、しっぺ返しを食らうことは許さないという身勝手な理屈だけが彼らを動かしていた。
「頭を使えよ?」
モンテがニヤリと下卑た微笑みを浮かべる。
「そ、それってまさか」
アルベが若干引きながらも質問を返す。
予想が当たっていれば、モンテは手段などにはこだわらないはずだと。
モンテの元々細かった目がさらに細まり、獲物を見つけた獣じみた表情で言葉を続けた。
「一緒にいる女を捕まえて言う事聞かせんだよ。ぶちのめしたら二人ともオレらの公衆便所にしちまおうぜ」
正面から攻めても勝てないなら、相手に手を出させなければいい。
ディーノとアウローラは婚約していると言う噂だし、カルロとシエルが普段から仲のいい様子を見せている。
「いいんじゃねぇの? 痛い目見せてやろうぜ?」
レノバが軽いノリで同調する。
自分たちがうさを晴らせるだけでなく、うまくやれば学園でも指折りの容姿を持つ女子を好き放題にできると言うおまけ付きだ。
普通ならば届くはずのない高嶺の花を手にできると言う高揚感で、モンテとレノバが盛り上がっていたが……
「で、でもそんなのバレたら退学じゃ済まないだろ! マクシミリアンだって捕まってるじゃんか」
アルベだけは戸惑いが先に出て、二人をたしなめようと口を出す。
いくら受けた屈辱を晴らすためだからといって、犯罪に手を染めてしまってはなんの意味もない。
「だから、バレねぇための手を考えんだろうがよ! このまま終わりでいいわけねぇだろ! この先ずっとこんな目に遭わされ続けんだぞ!!」
モンテはアルベに顔を近づけて恫喝する。
このままでは、フリオに代わって自分が憂さ晴らしの殴られ役になってしまうと察して、アルベは渋々と首を縦に振った。
『ずいぶんと、お困りの様子だねぇ』
その時、三人のものでない声が、彼らの頭に直接響き渡る。
中庭にいたはずの彼らが、一瞬のうちに招き入れられたそこは、石造りの建物を思わせる冷たい空気が支配する空間だった。
周囲には青白い炎が燃える燭台が規則正しく立ち並ぶ円形の場所は、家具や調度品の類は一切ないただのだだっ広いスペースであり、なんの用途で使われるかも想像できない。
そして、入口も出口もなく、ここには他者が入って来ることも、自分たちが出ることもかなわない空間だと言うことだけは嫌でも理解してしまった。
『ようこそ、かわいそうな三人組の諸君』
彼らの目の前に姿を現した一人の影、それは人間なのかそうでないのかの区別をつけることも三人にとっては難しい。
漆黒の甲冑を全身にまとったようであるが、人間が防具をつけたにしては、そのシルエットは服を着た人間をほとんど大差がなく、むしろ異様だ。
首にはマフラーともマントとも取れる長い真紅の布がアクセントのように巻かれ、その顔は牙だらけの口と片方が途中で折れた二本の角がなければ人間の骸骨を模したようにも見える。
まるでそれは、絵本に登場する悪魔が現実に飛び出してきたかのような状況の異様さを物語るには十分すぎることだった。
「て、てめぇ一体なんだ!」
モンテは一歩後ずさりながらも、精一杯の虚勢を振り絞って、その悪魔らしき影に向かって吠えるように質問する。
『心外だなぁ、私は君たちの力になりたくてここへ招待したのに』
影は大仰な仕草を混ぜながら、おどけるような調子で左手を差し出した。
パチンと指を鳴らした瞬間、手の中には黒く輝く宝石が彼らの人数分、すなわち三つ姿を現す。
『今まで楽しかった学園生活が脅かされている。君たちを踏みにじる悪魔のような編入生に正義の裁きを下すのは君たちであるべきだ』
この異様な空間も、目の前にいる相手が何者かと言うのも、その一言で全てがどうでも良くなってしまう。
影の言葉には、心の底からそう信じたくなる力をモンテたちは感じていた。
そう、全てはディーノのせいだ。
あいつさえいなければ、フリオを好き放題に踏みにじって、楽しい学園生活が続いていたはずなのだ。
『君たちに力を授けよう。君たちに意を唱える者などいなくなる特別な力だよ。彼らだけじゃない、注意する教師も、成績だけで怒鳴り散らす親たちも屈服させて思い通りにできるんだ』
モンテも、レノバも、アルベも、その言葉に抗うことなどできるはずもない。
自分たちが正しいと言ってくれる、そのために力を貸してくれる、この世界のどんな人間よりも、この影の方こそが信頼に足る相手なのだと心が叫んでいた。
気がつけば、三人ともが手を伸ばしていた。
導かれるかのように三つの黒い宝石は、それぞれの胸にはまり込んで行くと、体が真紅の光に包まれて行き火柱のように燃え上がる。
「あっ、熱い! た、たすけてくれぇぇぇ」
「嫌だ! 死にたくない! 死にたくないぃぃ!!」
「な、なんだお前!? く、食われるぅぅぅ!!」
禍々しい光に飲まれながら三人が叫び声を上げる。
平静を保つことができず、口からよだれを垂らしながら、石畳の上を打ち上げられた魚のようにのたうちまわっていた。
手が、足が、次第に人間のものでなくなっていることに、本人たちは苦痛でまだ気づいていない。
『痛みの熱さも、一瞬の出来事さ。そう! いわば通過儀礼! 未来に待つ無限の快楽を貪り尽くすためのね♪』
影は終始明るい調子で、三人を見下しながらも芝居がかった仕草で踊りだす。
やがて火柱が治ってくるのと同時に、モンテたちの肉体が劇的な変化を遂げて行くのが、本人たちにも理解できた。
モンテの体は隆起した筋肉でより大きくそして屈強に、青緑の肌と硬質な輝きが堅牢な城塞の守護者であるかと錯覚させる。
その顔は禍々しい二本のツノが生えた馬と、燃え立つ炎のようなたてがみを持つライオンが前後についた姿をしていた。
「ははははは! こいつはすげぇ! どんなもんでも吹っ飛ばしてやる!!」
モンテの両肩からゴキゴキと音がなって一対の大砲が姿を表し、爆音と共に強大な火球が放たれ、影の真後ろにあった壁が粉々に消し飛ばされていた。
『モンテ君、君は同志"サブナック"の力を受け継いだ』
「次は俺だぁ」
声を張り上げるレノバの体は、頭部がカラスのものとなり、漆黒の羽毛が体全体を覆う、鳥と人間を組み合わせたような姿をしていた。
「最高の気分だぜ! 空も地上も俺のものだ!」
さらに片腕が巨大な鉄球となっており、背中に生えた翼をばさりと広げながら、空中から力任せに振り回した鉄球が深々と床にめり込んだ。
『レノバ君は、同志"ブエル"の力に目覚めたか』
そして、その後ろで死神のごとき大鎌を携え、両肩に巨大な盾が取り付けられ、エイを頭にかぶったようなシルエットに変貌したアルベがいた。
濃淡の入り混じった緑色の皮膚が、森の中にでも溶け込むことに適していそうで実際変貌が終わった直後、二人に目を奪われていたことを差し引いても、一目ではその存在を認識できなくなるほどの隠密性は、特有の能力故のものだろう。
『アルベ君には、同志"アンドラス"の力が宿った』
「どんな首でもはね飛ばしてやる!」
威勢良くアルベは大鎌を振るう。
三人ともが与えられた力に狂喜していた。
思い通りにならない全てに、この力を使って逆襲し、そして欲望のままに快楽を求めて動き出すことだろう。
(フリオ君の代替としては、まぁ悪くない出来だ。せいぜい実力を測る当て馬として好きに暴れてもらうとしよう)
力を与えた影が後ろでほくそ笑んでいることなど、有頂天の気分に浸った三人が気づけるはずもない。
見えない糸で吊られた操り人形たちによる狂宴が始まろうとしていた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます