ディーノ達の休日 −2−

 昼まで続けた四人の釣果は、アウローラの後にそれぞれが一匹ずつ釣り上げた。

 その四匹で釣りを切り上げると、枝をかき集めてカルロの魔術で火を着け、昼食の準備に取り掛かっていた。

「ねぇ、本当に止めちゃうの?」

 シエルが物足りないと言いたげに、カルロと一緒に淡々とナイフで魚をさばいていたディーノに問いかける。

「昼が近づくと魚は腹が満たって食いつきが悪くなる。午後には午後の釣り方があるけど、早めに帰らねぇと明日に響くぞ?」

 それを聞いて三人は、ディーノが早朝に出発すると言った理由を察することができた。

 巻こうとして大げさな嘘をついたわけでもなく、最適な時間に始めるためには必然的と言うだけの話だったのだ。

 そんな話をしながらも、ディーノは手際よく皮を剥いで内臓と骨を取り去り、身をだいたい均等な一口サイズに切り分けた。

 残った部位はまとめて近くに立った木の下に置いて、その上に石を積み上げる。

 こうと決まったやり方ではないが、キツネやイタチと言った森に住む動物がいずれ臭いを嗅ぎつけて食べに来るだろう。

 食べない部位だからと言って、不用意に放り捨ててしまうのは、ゴミではないにしろ自然を汚してしまう。

「手慣れたもんだね」

「お前こそな」

 カルロがディーノの傍らで、意外なほどそつのない手つきで同じように下ごしらえを済ませていたことには、素直に感嘆していた。

「授業で調理実習もあるからね。学園は色々教えてくれるんだよ?」

 そして、カルロが小ぶりなフライパンを温め始め、調理用のオリーブ油、塩と胡椒がそれぞれ入った小瓶を出す。

 調理器具や食器をあらかじめ用意していたのは、釣りに行くと聞いた時点で、カルロは予想していたのだろう。

 ディーノが調理に関してあまり関心がないことを……。

 単純に焼くことしか考えていなかったため、ディーノは調味料の類をほとんど持たないし使わない。

 四人でなければ串刺しにして丸焼きにするだけで終わりだっただろう。

 ディーノにとって、食事とは最低限生きるための栄養が摂取できればそれでいいと言うスタンスに過ぎなかった。

「味にも気を使おうぜ。どうせなら美味しく食べたいってのは人間の心理だよ?」

 あくまでディーノは野営のためとしか見ていなかったが、人間が普通の生活を送る以上、料理は覚えて損のない技能であることには違いない。

 材料の調達を含めるのはあまり一般的とは言い難いが……。

「魚だけじゃダメだよね? はいっ♪」

 フライパンから香ばしい香りが漂い、焼きあがった淡白な白身を皿に乗せた頃合いで、シエルが切り分けられたリンゴが乗った皿を自信満々で出してきた。

 それだけでなく、人数分の白いロールパンまであり、あらかじめ学園の食堂あたりで貰ってきたのだろう。

 栄養的にもアウトドアの昼食としては悪くない。

 持ってこれる荷物の都合上、テーブルや椅子は無理だったが、焚き火を囲んで四人で座って食事というのも、いつもとは違う新鮮味のある体験だった。

 釣り上げた魚は塩と胡椒だけのシンプルな味付けだが、味気のないただの丸焼きよりは格段に食べやすい。

 言い出したのはカルロだったが、戦いの最中というわけでもない状況なら、こうやって少しばかりの手間をかけても悪くはないとディーノも思った。

 リンゴは量から察するに、一つずつそれぞれアウローラとシエルが作業に当たったのだろうが、その出来栄えには差がありすぎる……。

 片や綺麗に均等に切り分けられているのに対し、もう片方は芯の部分が少し残っていたり、皮向きの段階で失敗したのか外側がいびつになっている。

 そして、アウローラはどこかバツの悪そうな顔をしたまま、あさっての方向を向いていた。

「……こっちがシエルで、こっちがアウローラか」

 うまく切れている方がシエル、いびつな方がアウローラのものだろうと、ディーノは推測した。

「ま、まぁね~。で、でも得意不得意って誰でもあるし~」

 シエルが目を泳がせながら、アウローラに気を使うように言葉を選んでいた。

 貴族という生まれの問題も確かにあり、自分で家事をするという機会に恵まれた環境とは確かに言えない。

 その差は、実際の授業における学期末の成績表からも、如実に表れているのが現実だった……。

「気を使わなくていいですよ?」

 そう言ったアウローラは、口調こそ穏やかでいつものような笑顔を浮かべているが、その目には光が通っていない。

 むしろ、静かに相手を威圧するかのようなオーラが体からにじみ出ていた。

「別に食えりゃいいだろ」

 身も蓋もない感想とともに、ディーノはいびつなリンゴの一欠片を無造作にとって口に運び、表情を変えずにシャリシャリと咀嚼する。

「そりゃあそうだけど、いろんな意味で味気なさすぎ」

 無関心を貫くディーノに向けて、カルロがツッコミを入れる。

 アウローラに気を使ったつもりでも、当の本人はうまくやりたかったことに対してなんのフォローにもなっていないと言う、ディーノが気づいていない真実を案に告げていた。

「貴族だったら、使用人任せでもおかしくないだろ。なに気にしてる?」

「だーもう! ドンカン! トーヘンボク!」

 業を煮やしたのか、今度はシエルが声を張り上げる。

 ここまでくると、感情に任せて全部暴露してやりたい衝動に駆られてしまうシエルだったが、悪く言えばアウローラを晒して羞恥を味わわせるようなことになってしまうかもしれないと思い直し、ぐっと堪えた。

「今度二人でアップルパイでも作ろっか? 料理部に実習室のスペース貸してもらって」

「シエルさん……」

「と言うわけで、ディーノは責任持って食べること!」

 ガシッとアウローラ達は手を組んで、ディーノとカルロを一瞥する。

 二人の瞳の奥から炎が燃え上がり、今に見ておれと主張しているように見えた。

「……わかったよ」

 今の二人が出している剣幕に逆らうことなどできる空気ではなく、ディーノはつぶやくように頷いた。

「ところで、僕にはないの?」

「あーそっか、じゃあバカルロが実験台ね♪」

 シエルはあしらうように答え、カルロは芝居掛かって大げさな風にうなだれた。

(それってわたしが暗に料理が下手だって認めてますよね、シエルさん……)

 アウローラは言葉には出さなかったが、シエルの《実験台》という単語に対して、疑いではなく確信を持ってしまっていた。

 そんな一幕を交えながらの食事を済ませると、荷物をまとめて帰路につく。

 魔獣に出くわすこともなく、街道から帰りも馬車を使って学園に戻ったころには日が傾き始めていた。

「なんか、すっごい疲れたぁ〜」

 戻ってきたシエルが感想を漏らす。

 ディーノの知られざる休日を調べようとした結果、早朝から夕方にかけてのデイキャンプに発展していたのだから、無理もない話だった。

「でも、とても楽しかった」

 アウローラは普段やらないようなことに挑戦できたからなのか、あるいは自分の知らないディーノの顔を知ったからなのか、とても満足げな様子でディーノに話しかける。

「また、一緒に行きませんか?」

 いつもの教室では見ることのない、学園の外で誰にも気を使うことのない、ごく普通の子供のように無邪気な笑顔。

(……アーちゃん?)

 在りし日の彼女がディーノの頭を過ぎった。

 お互い身分の違いなどなにも知らず、ただ同い年の子供同士で遊んでいたあの頃の姿が重なって見える。

 ディーノはふと考える。

 少しばかり思い違いをしていたのではないかと。

 今のアウローラに対してまだまだ知らないことは多いが、それは八年前と別人になっているわけではない。

 自分たちは、あの時の延長線上で確かに生きているのだ。

 完全にあの頃に戻ることは確かにできないが、一緒に過ごしたあの日々を消すことだって誰にもできはしない。

 なぜかそんな気分にさせられるディーノだった。

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