インフェルノ −7−

「……こんなのって、こんなのってないよ」

 立て続けに起きた出来事に対して、シエルはまだ立ち上がることができずにいた。

 ディーノはバレフォルと再び戦いに、アウローラたちは他の生徒を守るためにここを離れた。

 一番大事な真実を聞く前に、物言わぬ亡骸なきがらとなってしまったカルロの隣で、止まらない涙を抱えている。

「もぉーっ! バカ! バカ! バカルロッ!! 女の子との約束は守るんじゃなかったの!」

 あの時、カルロだけはバレフォルが息を吹き返したことに気づいていた。

 とっさにディーノを射線から外すには、ああするしかなかったのだろう。

 ディーノだけがバレフォルと拮抗きっこうしうると読んだからこそ、自分の命と引き換えにした。

 合理的な計算と推測はできても、感情的には納得できなかった……。


『フシュルフフフゥ……ハアアアア!!』

 バレフォルが両手を天に掲げると、巨大な火の玉がり上げられていく。

 赤々と輝く太陽のように見えるが、その本質は憎悪ぞうおによって作り出された破壊の結晶。

 それが学園の校舎に向けて投げつけられた。

 ディーノは全速力で飛行して間に割って入り、バスタードソードを振り抜く。

 稲妻を帯びた刃が押し切られそうなほどの圧力と、この鎧の体でなければ耐えられそうにないほどの超高熱がディーノに襲いかかる。

 だが、今まで精神の揺さぶりや裏をかいてくるさくろうしてこない分だけ、ディーノにとっては戦いやすい。

「うおおおおおーーーーーッ!!」

 感情の高ぶりをその腕と剣に、より強大な稲妻と剛力ごうりきをイメージしてバスタードソードに込める。

 次の瞬間、拮抗が崩れて、火の玉はディーノのバスタードソードによってバレフォルへと打ち返された。

 自らが生み出した破壊の一撃が、バレフォルの因果へとつながるように迫り、空さえも赤く染め上げるほどの炎が爆音とともに舞い上がる。


 だが、これで終わりだなどと、ディーノは思わない。

 空中を蹴って加速し、炎が消えて視界が戻る前に接近を試みる。

 炎の向こうに見える黒い影に狙いを定め、バスタードソードの剣先を向けて一直線に突進する。

 その一撃が硬質のものを突き通す手応えが伝わってきた。

 晴れた視界にディーノが納めたのは、バレフォルの右肩口をバスタードソードが貫いた光景だった。


 急所を突くには至らなかったが、腕の一本を使用不能にしたのなら、攻撃の戦果としてはまずまずだ。

『僕ニ……ヨクモ、傷ヲォォォッ!!』

 だが、それは同時にバレフォルの怒りを買ってしまった。

 残った左手はその刃に炎をまとい、ディーノの胸を斜め下から大きく斬り裂く。

 鎧の皮膚ひふに亀裂が入り、飛び散る鮮血がその熱で赤い煙となって舞い上がる。

『死ンジャエェェェッ!!』

 バレフォルは生まれた隙を逃さず、十数本に及ぶ炎の矢を作り出し、至近距離で撃ち込んできた。

 一発一発が高熱と刺突、そして時間差での爆発、それ自体は小規模ながら、ディーノの肉をじわじわと削り取っていく。

「ぐはぁっ!!」

 ディーノは重なる衝撃で溜まった血を吐き出し、白い体が見る影もない赤に染まる。


 だが、それでも退くわけにはいかない。

 ここで退いてしまえば、この学園そのものが炎に包まれ灰となってしまう。

 ディーノは吹き飛ばされながらも空中でふんばるようにバランスを保つ。

『僕、強クナッタヨ! ネェアンジェラ! モット僕ヲ見テヨ!』

 それはまだかすかに残っていたユリウスの意識だということは、ディーノはまだ気づいていない。

 ただ、ディロワールとなってしまえば、人間としての心がどんどん狂って行くことは、今までのことでわかっていた。

『ミンナガ僕ヲののしル! 踏ミにじル! ダカラ、今度ハ僕ノ番ダ!』

 バレフォルが再び無数の火の玉を作り出す。

 大きさからして先ほどと比べて五分の一ほどだが、それが狙っているのはディーノだけではない。

 奴の標的はこの学園そのものだ。


『消エロォォォォォッ!!』

 全速力で校舎まで飛び、手に届く範囲を可能な限り撃ち落として行くが、放たれた火の玉はディーノだけでさばき切れない。

「させませんっ!」

 アウローラが”煌めきの障壁グリッターオブストラクション”を展開して、光の壁が出現する。

 さらに、校舎の花壇にはフリオの姿があり、壁を張るように木々が急激な成長を遂げていく。

「にゃあああああーーーーーっ」

 その枝を駆け上がってきたイザベラが次々と火の玉を叩き落とし、校舎はかろうじて無事で済んでいた。


「みなさん、早く校舎から離れてください!」

 アウローラの一言で、校舎の中にいた生徒たちはその状況をようやく理解したようだが……。

「さぁ、ぐずぐずしてる暇はありませんわよ!!」

 イザベラがアウローラに続いた瞬間、予想だにしないパニックが起きた。

「ぎゃあああーーーーーっ! 化け猫ーーーーーっ!!」

 そこは奇しくもディーノたちのクラス、事情を何知らなかった女子ヒルダが、金切り声に近い悲鳴をあげていた。

「わたくし、わたくしですわ!!」

 イザベラは慌ててその変化を解いて、窓からヒルダを落ち着かせようとする。

「え、えぇーっ!! イザベラさん、猫が好きすぎて化け猫になったの!?」

「わ、わたくしだって好きでこんな姿になったわけじゃありませんわよ! とにかく教室から離れなさい!!」

 その時。対応に追われていた無防備なイザベラに向かって、バレフォルが左手の刃を急激に伸ばし、槍のように迫ってくる。


 イザベラの長い赤髪がさらなる赤に染まった先で見たのは、身を呈して攻撃を受けたディーノの姿だった。

「し、白い化け物!!」

 クラスメイトの一人が叫ぶ、テレーザが学園に張り出した学級新聞の記事が、こんな時になって影響し始めていた。

 突き刺されたディーノは腹部から血を流し、腕の力が抜けてバスタードソードを取り落としてしまう。

『勝ッタ! 僕ハ、勝ッタヨォォォ!!』

 勝ち誇るバレフォル、呆気にとられるアウローラとイザベラ。

 全てが終わったと思った瞬間、紫の稲妻が再びディーノに落ちた。

「おおおおおッ!」

 バスタードソードを失おうとも、闘志までは失わない。

 稲妻をまとった高速の手刀がバレフォルの左腕を切り落とした。

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