インフェルノ −6−

「コロコロと変わりやがって……ぇっ!!」

 ディーノはバスタードソードを手放し、稲妻をまとった拳をバレフォルの顔面に叩き込む。

 だが、人間ならば頭蓋骨ずがいこつを簡単に砕いてしまえる一撃をまともに受けても、バレフォルはピクリとも動かない。

『フッ……ハハ……ガァァァァッ!!』

 獣のようなうなり声をあげて、バレフォルの右拳がディーノの腹を貫く。

 ミシミシとよろい皮膚ひふがひび割れ、しびれるような衝撃が体に走るだけでは終わらなかった。

 一拍置いて爆炎が上がり、轟音とともにディーノの体を吹き飛ばし、熱と衝撃しょうげきがひび割れた体の中へと入り込んで来る。


 今までのバレフォルとはまるで違う。

 少なくとも、相手をあざけり、余裕を見せるその様に、人らしい感情のようなものはまだ残っていた。

『フゥー……ふしゅゥゥゥ……おオオオオッ!』

 だが、今のバレフォルは全くの逆、ただ炎をまとい荒れ狂う様は、まるで本能に従うだけの野獣に等しい。

 バレフォルはディーノの剣を投げ捨てる。

 そして両腕そのものが刃に変化し、炎が燃え上がり始めた。

『サァ……殺シ合オウ!! モット、モット……』


 一直線に突っ込んで来るバレフォルに対して、ディーノはさらに姿勢を低くして同時に飛び込む。

 両手そのものが剣になるなら、攻撃は振るか突くかのどちらか。

 つかみかかって来ることはなく、リーチの内側にもぐり込んでしまえば腕をたたんで防御することは難しくなる。

 目の前に来た肝臓かんぞうを狙って左拳を突き出そうとした瞬間、そこから巨大なとげが反応するように飛び出し、紫の拳を串刺しにし鮮血で赤く染まった。

 その動きが一瞬止まったところへ、バレフォルは口から炎の球をディーノの顔面に向かって吐き出した。

 至近距離で無防備になっていたところへ、よける事も防ぐ事もままならず、ディーノはそのまま吹き飛ばれ、両者の距離があいた。


『モウ……終わりかい? アグァァッ!!』

 押しているはずのバレフォルがうめき声をあげた。

 その様子はとてもではないが、優位に立っている側とは思えない。

『やはり……代償は、大きい……ねぇ。僕が……僕で、なくなって、いくよ……うだよ』

 さっきと様子が違っているのは、単に都合よく強化されているわけではないということか。

『だが、敗ける……よりは、マシ……だねぇ。ククク、少しでも、僕で……いるうちに、学園を……灰にして、やろ……う』

 バレフォルが飛び立ち天井に空間を越える巨大な穴を開ける。

 その先に見えるのは学園だった。

「行くぞ!」

 即座に追おうとしたディーノの声に対して、アウローラたちの反応が鈍い。

 目の前で親しい人間の死を見てしまったことが、ここまで影響しているということか。

 しかし、ここにいては他に危険がないと言い切れない。

 ディーノはバスタードソードを拾い上げると、カルロの死体をかつぎ上げる。


「ディーノ、なにすんの!」

「そっちこそ、このままここにいる気か!! こいつが何のために命捨てたと思ってる!! お前のためだろ!」

 叫ぶシエルに対して一喝いっかつする。

 その一言に、全員が我に返ったように動き出した。

「行きましょう! 今行かないと、カルロさん以外にもたくさんの人が殺されます!」

 アウローラが飛行の魔術を展開させる。

 ディーノはバスタードソードを一旦カードに戻してフリオも担ぎ、アウローラがシエルを手引きし、イザベラは自分の魔術で空間の穴を作ってそれぞれバレフォルを追う。


 空間の穴を通り抜けたディーノたちは学園にたどり着く。

 校庭の上空に浮いているバレフォルを、学園に残った生徒たちが窓越しに見ているのがわかった。

 どうやら、誰にも見られずに戦うことはできないようだ。

 担いでいたカルロとフリオを下ろして、再びバスタードソードをカードから具現化させる。

「ねぇディーノくん……その、いいかな?」

 フリオが恐る恐るといった調子でディーノに問いかけて来る。

「どうした? 手短に済ませろよ」

「あのさ、今の姿って一分間しか持たないんだよね?」

 フリオに言われるまで失念していたが、さっきから変化が解けていない。

 少なく見積もっても、あれから一〇分近く経過していた。

「俺にもわからん。ただ、今までは自分ってやつが一番嫌いだったからかもしれねーな」

 推測でしかないし、魔降術はもともと理論だけで推しはかれるものでもなかった。


「あいつは俺がやる。手を出すな」

「ディーノさん。あなたまたそんな無茶を! わたしなら飛べます!」

 アウローラが食ってかかる。

 またいつものように意固地いこじになって、自分の身をかえりみずに戦おうとしていると思ったのだろうし、無理もなかった。

「違う。俺一人で学園の連中全員守りきれないんだよ。だからそっちを頼む」

「あらあら、あなたの口からそんな言葉が出てくるなんて、明日はマクシミリアンが降らせた時のような大雪ですわね」

「言ってろ。三人じゃきついだろうけどな」

 アウローラがその一言にきょとんとする。

「今のシエルを戦わすほど、俺は人でなしじゃねぇよ……。カルロのそばにいてやれ、その方がいろいろと都合がいいだろうからな」

『都合がいい?』

 その物言いが引っかかったのか、三人同時に聞き返した。

「とにかく行くぞ! もう時間がねぇ」

 ディーノがバレフォルに向かって飛び立つのを合図に、アウローラたちもそれぞれ三方に別れた。

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