インフェルノ −8−
「はっ、怪我ぁなかったか?」
その人は、今にも死にそうな傷を負っていると言うのに、見ず知らずの自分を見て、心底安心したような顔をしていた。
今日はイルミナーレ魔術学園の説明会の日、特待生試験を受ける申し込みをしにきた日だ。
初めてくる学園で、王都に建てられているだけに、自分の家が五件は入ってしまいそうな規模だった。
旧校舎だったらしい古い建物へ迷い込んでしまい、そこで見てしまった。
思えば、運命はこの時すでに動き出していたのかもしれない。
カルロ・スタンツァーニと言う、ちっぽけな人間の一生を
ポタポタと
雨かと思ったが、それにしては妙に暖かく、そして耳に聞こえてくるのは、くすんくすんとすするような声。
誰かが泣いている。
声の感じからして女性だったが、なんのために?
そもそも、なんでこんな真っ暗闇の世界にいるのかを思い返す。
目の前には白い怪物が自分に殴りかかってくる、その背後で黒い影が起き上がって炎の矢でそいつを狙ってくる光景。
とっさに、自分のアルマを具現化させて、ショートソードで斬り払った。
白い怪物が反射的にそれを避けて、障害がなくなり、炎の矢は一直線に自分の心臓めがけて飛んできた。
そこまで思い返して、カルロはその瞳を開けた。
目の前には、栗色の髪にスカイブルーの瞳をした少女が大粒の涙をこぼしていた。
「こりゃあ、珍しいもの見たねー」
いつもの調子で、悪ふざけ混じりな声をかけてやると、シエルは我に返ったような顔でカルロに目を合わせる。
「え……なんで?」
カルロは、学生服の内ポケットに入り込んだアルマのデッキケースを見せつける。
「あの時、防御魔術も一緒に展開しといたんだ。思ったよりギリギリのタイミングだったけどね」
上半身を起こして、シエルに事の詳細を説明する。
「いやー、一瞬遅かったら本当に死んでたかも、まぁシエルちゃんのそう言う顔と膝枕もそれはそれで……」
ここまで軽口を叩けば、いつものように拳が飛んでくるかと思ったが、シエルは状況を理解しきれておらずに固まっていた。
「もう……ほんとに、死んじゃったと……思ったのに」
「ははっ……ごめんごめん。でもそうだね。死んで楽になるのは、僕には早すぎる。ちょっくらもう一仕事、して来なくっちゃね」
カルロはそのまま立ち上がり、パンパンと学生服についたホコリを払うと、再びアルマをショートソードに変化させ、左手だけに握った。
紫の閃光が走った瞬間、バレフォルの左腕が宙を飛んだ。
ディーノの一撃は、その腕を刃のようにマナで強化と硬化をほどこすと同時に、振り下ろした速度によって刃となっていた。
誰もが動けなかった一瞬の間に、ディーノは足にマナを込めて勢いよく飛ぶ。
バレフォルとの距離が縮まったところへ、すかさずボディブローを叩き込んだ。
『ゴファッ!!』
牙だらけの口から漆黒の鮮血を吐き出したバレフォルの体は大きくのけぞる。
地面に落ちてしまったバスタードソードを拾いに行く余裕はなく、このまま徒手空拳でケリをつける。
稲妻をまとった高速の連続パンチが胴に叩き込まれ、ビシビシと音を立てながら装甲のような皮膚の破片が飛び散る。
体制が崩れたとことへ全力の蹴りを叩き込み、バレフォルの体は大きく吹き飛ばされ、グラウンドの地面に土煙が上がり、えぐられたような大穴が開いた。
ばさりと巨大な翼が地面を叩いて戻ってきたバレフォルは、炎の矢を打ちながらディーノに近づいてくる。
その矢をかわそうとした瞬間、ディーノの足が炎の鎖に絡め取られ、力一杯引き寄せられた。
矢はこのための囮に過ぎなかったのだ。
さらに、バレフォルの両腕がみるみるうちに再生して行き、ディーノの腹に、炎をまとった爪が突き刺さった。
まるでお返しと言わんばかりに攻守が逆転する。
急接近したバレフォルの口の中に炎のエネルギーが集められた次の瞬間、大火球が放たれて至近距離まで迫っていたディーノの顔面に直撃する。
高熱と衝撃が脳を揺さぶり、視界がゆがむ。
一瞬でもひるめば、トドメを刺され、全てが終わってしまう。
それだけはあってはならない。
ディーノは可能な限りあがくが、そうしている間にも、さらに大火球が吐き出され鎧の皮膚が削られて、意識がかすむ。
「ずいぶん辛そうじゃないの」
その時ディーノの耳に信じられない声が届いた瞬間、自分を絡め取っていた炎の鎖が断ち切られた。
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