インフェルノ −9−

「カルロ、お前生きて……」

 ディーノに並び立つように、カルロは左手に剣を持った状態で浮遊していた。

 しかし、魔衣ストゥーガにできるはずの学生服はそのままで、右手を上着のポケットに突っ込んでいる。

「んー、ガラにもなく心配してくれちゃったりしたのかい?」

「うるせぇ、殴りそこねたまま死なれたら後味 りぃんだよ」

 余裕綽々よゆうしゃくしゃくと言わんばかりに軽口を叩くカルロだが、どこまで戦えるかは本人にしかわからない。

『キシャァーーッ!!』

 炎の鎖を断ち切られて逆上したのか、バレフォルが奇声をあげ、再生させた両腕を鞭のようにしならせて攻撃してくる。


 ディーノとカルロは左右に分かれてかわすが、伸びた腕は空気を裂きながらせまってくる。

 カルロはショートソードでいなしたが、刀身から火花が飛び散り、ただ伸びてくるだけでなく、相手を切り裂く剣でもあることに気づいた。

 ディーノは先ほど切り裂いた時と同じように、マナを集中させて手刀ではじき返すが、鎧のような硬度であるはずの皮膚に亀裂が入った。

 どうやら追い詰められるほどに、攻撃の威力自体が上がって行ってるようだ。


「こいつは難儀だね。お互い死なないように気をつけないと、さすがにこれ以上悲しいのはごめんだろ?」

「だったら、シエルを悲しませるな」

 これまでカルロがしてきたことを、簡単に許す気にはならないが、ディーノ自身はともかく、シエルにだけはケジメをつけさせる。

「シエルちゃんだけじゃないさ。ディーノを悲しませるわけにもいかないしね」

「は? なに寝言言ってんだ?」

 突然カルロが口にした不可解な言葉に思わず聞き返してしまう。


「ディーノはさ、誰かが悲しむと自分も悲しいから戦うんだろ?」

「俺を買い被るな」

 ディーノはあえてそっけない答えを返した。

 人間は本質的に、自分が得をするためなら、平気で他人をだまし、裏切り、蹴落けおとす生き物に過ぎないと子供のころから嫌というほど思い知らされている。

 一部の例外はいると考えが変わってきているのは認めるが、それでも根底は今でも変わらないはずだ。

 だから、そんなことはないと自分に言い聞かせるように……。


 鞭の攻撃が通じないと学習したバレフォルが、再び炎で無数の矢を作り出し、ディーノたちに向かって一斉に放つ。

 流れ矢はアウローラたちがなんとかしてくれることを信じるしかない。

「本気で他人なんかどうでもいいと思ってるならみんなほっとけばいい。でも、いつだって真っ先に助けにいく。少なくとも、ディーノは僕みたいな悪党にはなれないよ」

 炎の矢をけながらも、カルロの軽口は止まらない。

 だが、ディーノがどれだけ跳ねのけようとしても、カルロはおかまいなしに続けてくる。

「いい加減気づけよ。自分だけ毎度毎度ボロボロになってるのを、一番悲しんでるのが誰かってことをさ」

「ずいぶん良くしゃべるようになったな」

遠慮えんりょすんのやめただけさ」

「そいつは驚きだな。最初から遠慮なんてしてなかったろうが」


 まるで子供のような口ゲンカに発展しながらも、ディーノもカルロも攻撃そのものは鮮やかにかわしている。

 先ほどまで満身創痍まんしんそういの体であったことが嘘のように動きが軽快さを増して行くのが、自分自身でも不思議に思えるほどだった。

「さぁ、そろそろこの戦いもカーテンコールと行こうじゃないか。こいつの顔もいいかげん見飽みあきたってもんだろ?」

「珍しく、意見が合うな」


 ディーノとカルロは、同時に宙を蹴ってバレフォルに突進する。

「お前、飛べたんだな」

「飛べないって直接言った覚えはないよ。もっとも、術式はアウローラちゃんと一緒だけどね」

 魔符術はカードと術式、そしてマナの相性を考えなければ、誰でも同じ効果を発揮することができる。

 バレフォルは炎の矢だけではなく、爆発する火球を同時に放ち、点と面での同時制圧攻撃を仕掛けてくる。

 この全ての攻撃を無傷でかわし切ることは、ディーノにとっては不可能に近い。

 なら、マナを体の前面に集中させて少しでも防御力をあげ、強引にでも突破する。


 マクシミリアンのような、黄金に輝く見た目だけのナマクラとはわけが違う。

 一発一発が体を粉々に砕き飛ばすかと思えるほどの高熱と衝撃に、意識を持っていかれそうになるが、この後ろには、何があろうと守りたい相手がいる。

 今のディーノには、退くことも、ひるむこともない強い感情を抱くだけの十分な理由が、魔降術に上乗せされ、まとう稲妻が鎧の体をより強固にする。


「やるねぇ、ディーノ……。だったら僕も見せようじゃないの……」

 ディーノとは逆に、カルロはどれだけ攻撃の手数が増えようと、一振りのショートソードでいなしながら、スイスイと距離を縮めて行く。

 その様な、闘技祭で見たときよりも流麗で風に舞う羽のようだ。

 だが、突如としてカルロの姿は消える。

 その事実をディーノが認識した瞬間、無数の幻影が炎をかわす光景と同時に、バレフォルが作り出していた火球が、打ち出されるより早く一斉に爆散し、自分自身の体が燃え上がった。


 それだけではない。

 バレフォルの胸が大きく切り裂かれ、爆炎とともに漆黒の鮮血が、周囲の空気を塗りつぶす。

「こいつが死別の舞踏アディオ・ダンツァ”だ」

 カルロがバレフォルの背後に回り込み、背中の翼を切り落とした攻撃は、ディーノの目には全く見えなかった。

 そして悟った。

 今の一撃までの一連の流れ全ては、幻影などではない。

 これまでの魔術を利用した相手を翻弄ほんろうするトリックプレイとは全く違う。

 むしろ、タネもしかけもない純粋な”速さ”による攻撃こそが、カルロの切り札だった……。

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