インフェルノ −10−

『イタイ……イタイジャナイカァァァッ!!』

 また鈍い音を立ててバレフォルの形状が変化していく。

 両腕には竜を思わす巨大な爪を生やし、今まで両腕を変化させていた鞭状むちじょうの触手が背中から無数に生えてくる。

『ミンナ、ミンナ死ンジャエェェェェッ!!』

 まるで矢のようなスピードで触手が襲いかかってくるが、数が増えても対処の方法は変わらない。

 さらにそれだけでは終わらず、火球と矢が後に続くように放たれる。


 ディーノは稲妻をまとわせた手刀で弾き飛ばしながら距離きょりちぢめていくが、カルロへの攻撃は逆にまるで当たらない。

 今までのカルロとは一つ一つの動作のキレが明らかに違う。

 バレフォルが火球を作り出せば、それを放つよりも早く炎の矢をぶつけて爆散ばくさんさせ、伸びる触手が斬り裂こうとすれば、斬り裂いたそれは残像にすぎず、一瞬で間合いが潰され、ショートソードで斬り落とす。

 これがカルロが今まで隠してきていた本当の姿かと、内心でディーノは驚かされる。


 カルロが右から、ディーノが左からバレフォルへ追撃ついげきにかかるが、バレフォルの翼がくうを叩き、後ろへと飛ぶ。

 かわされるのを読んでいたかのように、カルロは炎の矢を瞬間的に練り上げてバレフォルへとはなった。

 だが、バレフォルは両手両足から炎を吐き出して、強引に軌道きどうを変えながらジグザグに飛び回り、一直線に飛ぶ矢では命中しない。


 それだけでなく、バレフォルと同じ火のマナである以上、カルロはこの戦闘における決定打を持っていない。

 どれだけ速さで翻弄ほんろうし、攻撃を防いでもそこまでだ。

 おそらくそれはカルロも理解している。

 なら、倒せるはずのない攻撃を続ける理由はたった一つ、その一つを実現させるための時間かせぎこそが、カルロの真の目的だった。


 そして、それを遠巻きに見ているのは、二年生の教室に残ったディーノのクラスメイトたちだ。

「白い化け物と、カルロが一緒になって戦ってる?」

 誰かがそう口にした。

 客観的きゃっかんてきに見れば、なんの前ぶれもなく突如とつじょ現れた、得体えたいの知れない怪物が戦っているだけの話だ。

 その正体が何者か、なんのために戦っているのか、その真実を知っているのはごく一部にすぎない。

「よーくお聞きなさい! あれの正体は『イザベラさん待って!』むぐっ!!」

 感情に任せて全てをぶちまけてしまいかねないイザベラの口を、アウローラは慌ててふさいだ。

(ディーノさんの気持ちを無視して、わたしたちが言っていいことじゃありません)

 他のクラスメイトに聞こえないよう、小声でイザベラに釘を刺す。

「みなさん! あの白い方は敵ではありません。それはわたしたちが保証します! わたしたちは彼と、この学園に暗躍する怪物の存在を知って、戦ってきました!」

 アウローラは堂々と宣言する。

 自分に後ろ暗いことが全くないと言えば嘘になるが、少なくともディーノは違う。

「すぐには信じられなくても、仕方ありません。それでも、彼らが今、怪物と戦っている姿を覚えておいてください」


 それだけを言い残すと、アウローラは”疾風の翼ゲイルウィング”の応用で地上へと降り立ち、グラウンドの周囲を見回す。

 遠巻きに見ていても、アルマで本来の戦い方をできているカルロと違って、ディーノは若干じゃっかんだが攻めあぐんでいるように見えた。

 炎の波状攻撃は一撃一撃に必殺の威力が込められ、それを徒手空拳だけで弾きとばしながら進んでいる。

 カルロのように華麗に攻撃をかわして攻める器用な芸当はディーノが持たないものだ。


 幸い、二人が食い止められている分、校舎にまだ攻撃は届いていない。

 アレを探し出す好機チャンスは、今を逃しては永遠に失われてしまうだろう。

 ディーノが攻撃を受けてそのまま取り落としたのだから、そう遠くではいないはずだ。

 ふと、にぶく光を反射させるなにかが目に入り、その場所へかけ寄ると、ようやくアウローラは目当てのものを見つけることができた。


 それは、跳ね馬の紋章が刀身の根元に刻印された 一振りのバスタードソード。

 ディーノと常に戦いを共にしていた唯一無二の相棒だ。

 だが、それを見つけ出したことに、アウローラは安堵していた。

 バレフォルはディーノとカルロとの戦闘が続いていて、共謀していたテレーザはもういない。

 ならば、今この場に自分たちを狙う敵はいないと、心に油断が生まれていた。

 その背後から、実物とも魔術とも区別のつかない漆黒の矢が一直線に迫ってくる。


「アウローラさん、危ない!!」

 フリオは叫んだが、アウローラが攻撃をかわすにはタイミングが遅すぎる。

 一瞬が永遠に引き伸ばされるかのような、死が迫ってくるのをアウローラは感じていた。

(わたし……また、足手まといなの?)

 フリオが急速に樹木の壁を作り出そうとしている、その様子を上から見ていたのか、イザベラが再び獣人の姿に変貌へんぼうげてかべる。

 それでも、間に合わない……。

(嫌だ……。もう、ディーノさんの足手まといになりたくない! 今度は、今度こそ、本当に現実で、ディーノさんを助ける!!)

 強く、強くそう念じた瞬間、アウローラの体から、世界そのものを白く染め上げるかのような光が放たれた……。

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