Dragoere

 放たれた漆黒しっこくの矢がアウローラの心臓しんぞうに向かってせまる。

 だが、アウローラから放たれた閃光は、魔符術を構築する術式すらも無視して、その矢を跡形あとかたもなく消滅させてしまった。

 体の内からき上がる暖かくも力強い”光”のマナ、以前ディロワール化したアルベ、そしてバレフォルと亜空間で戦った時から、これで三度目だ。

 未だそのきっかけはわからずにいるが、偶然やまぐれではありえない。

 それでも、これがアウローラの望みをつかめると言うのなら、利用しない手はなかった。


『アウローラすっごーい!』

 明らかに場違いなドリアルデの声で、アウローラは夢心地だった気分が現実へと引き戻される。

「一体なんですの、そのマナは?」

 土煙を上げながら降りて来たが、状況に追いつけないイザベラのもっともな疑問にはまだ答えることはできないだろう。

「わたしにもわからないんです。ここぞと言う時になると出てくるってことくらいしか」

「なるほど、少なくとも今はその時ってわけですわね」

 イザベラが、アウローラの手の中にあるディーノのバスタードソードを目にして、切り替える。

「わたくしたちはさっきの矢をったのを探して見ますわ」

「え、”たち”って」

「行きますわよフリオ!」

「わあぁっ!!」

 イザベラは有無を言わさず、フリオの襟首えりくびをつかんで、校舎の守るように伸びた樹木の壁をけ上がった。

 そして、アウローラもバスタードソードを抱えて、ディーノの元へと飛び立つ。


「このカードをここに配置して……よし」

 アンジェラはソフィアとレオーネを連れて来たのは、七不思議研究会が部室に使っている旧校舎の教室だった。

 今、職員室に連れて行っても、他の教師たちは自分の受け持ちの生徒を守ることで手一杯だろう。

 オルキデーア学園長は出入りを遮断しゃだんしている結界を破る方法を探しつつも、生徒が残っている新校舎に怪物の侵入を防止する結界を展開しているはずだ。

「ここに結界を張ったから、大丈夫なはずよ」

 ソフィアとレオーネを不安にさせてしまわないために、アンジェラはできる限り明るい笑顔と口調をやさない。

 そして、この教室からも窓の外でディーノとカルロがバレフォルと戦っているのが見えていた。

「アンジェラ先生……、お兄さんは、勝てますか?」

 ソフィアがそう尋ねてくる。

 実際、アンジェラもディーノがあんな切り札を持っていることは知らずにいた。

 魔降術は魔符術のように体系化たいけいかされていないぶん、常識では考えられないような形で発現することが間々ままあるとは、アンジェラも知識では知っている。

 だが、目の前で繰り広げられている怪物同士の戦いは、その知識と常識をたやすく消しとばしてしまうほど鮮烈であった。

「ソフィアちゃんがそう信じれば、ディーノ君はきっと答えてくれるよ」

 そのやりとりを聞いていたレオーネは、教室の窓を開けた。


「あれは!?」

 共に屋上まで駆け上がったフリオとイザベラが見たものは、空中に穿うがたれた大穴だった。

 それは、深淵しんえんのごとくのぞきこむことをためらうほど、先の見えない黒一色の世界が繋がっていた。

『ヴォオオオオオオオオッ!!』

 向こう側から聞こえてくる叫び声一つで、体中を怖気おぞけが駆けめぐる。

 少なくとも、アレをここへ降ろしてはならないと、二人ともが肌で感じていた。

「考えてる余裕はありませんわね!」

 未知の敵に対して、あれこれ考えるよりも何が効くかを試す。

 そう言わんばかりに、イザベラは屋上に足をついて高く跳躍ちょうやくする。

「にゃあああああーーーーーっ!!

 その穴の端っこを狙って、体を回転させた蹴りを食らわせる。

 ビシリとひび割れのような閃光が走る。

 やったかと思いきや、空に浮いた穴の中から、イザベラに向かって巨大な槍が降ってくる。

 フリオは屋上にある植え込みに向かってとっさにドリアルデのマナを送り込み、巨大な樹木へと成長させて壁を作り、イザベラへの攻撃を防いだ。


『フリオ、あの穴はたぶん、あいつがこじ開けてる』

 ドリアルデの言葉通りだとすれば、やはりバレフォルだろう。

 おそらくは合成ディロワールで、自分の安全を守りながら行おうとしていたことを自らの手で行っていると考えれば合点がてんがいった。

「だったら、僕たちがやることは決まりだね。イザベラさん! あの穴をできる限り塞ごう! ディーノくん達がバレフォルを倒してくれるまで、中にいるあいつが出てこなければ、僕たちの勝ちだ!」

「でもどうやって!?」

「シュレントさんならできるんじゃない?」

 空間を操る猫の幻獣ならば、可能性はゼロじゃない。

 少なくとも闇雲に叩くよりはよっぽど建設的と言うものだった。


『オイラとしてはもっと楽したかったんだけどなぁ。ちょっくら本気、出しますかっ!』

 イザベラの両腕の周囲がぐにゃりとゆがんでいく、それはバレフォルに一撃を入れた時のように、空間に干渉する前触れのようだった。

 フリオが作り出した樹木を足場にして、イザベラが再び跳ぶ。

 そしてそれに合わせてマナを強め、さらに枝葉を伸ばした樹木は空をおおうように成長していく。

 穴の中から巨大な手が姿を現したのに、狙いを定めて枝の一部を拳のように束ねて真っ向から押し返した。

「うにゃあぁーーーーーっ!!」

 イザベラが先ほど蹴りを入れたのと同じ要領で拳を叩き込むと、シュレントの作り出した歪みが干渉しあったのか、一瞬だけ穴そのものが大きく揺らいだ。

 空間をふさぐと同時に、出てくる敵を物理的に防ぐ二段作戦だった。

 いつまで持ちこたえられるかは、わからなかったが、フリオとイザベラができることはディーノたちを信じて全力を出すことだけだった。

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