期末試験 −2−

 ディーノは四角い縦穴を七〜八メートルほど降りていくと、金属のような床を見つけて着地する。

 周囲の壁を見ると、入口と同じ方向に扉らしいものが見えた。

 指を入れるほどの隙間なく閉じており、カード化させていたバスタードソードの刃を中央の境目に差し込んで強引にこじ開ける。

 隙間さえできれば、あとは入口と同じ要領で力任せでも開くことはできた。

 ディーノは警戒しつつ扉を抜けて下の階層へと足を踏み入れる。

 開いた先はおそらく真っ暗な空間が広がっていると思っていたのだが、上を見上げると、あちこちが吹き抜けの構造になっているようで、光源の確保に苦心することはなさそうだった。

 周囲に存在しているマナを探ろうと意識を集中していく。

 いくつか感じるのは人間の気配、おそらく他のグループも別の入り口を見つけてこの下に来ているのだろう。

「降りて来ても大丈夫だ!」

 戦闘が始まっている様子もなさそうだと判断して、縦穴の上にいる二人に呼びかける。

 剣を抜いて入り口からの襲撃を警戒しつつ待つことおよそ二十分、イザベラとフリオは順々に降りて来た。

「どこまで下があるんだろうな……」

 ディーノは崩れかかった柵から、そこが吹き抜けと推察して下を覗き込んで見るが、はっきりとしたものは見えない。

「ここからさっきみたいにすれば、一気に下まで降りてしまえるのではないですこと?」

 イザベラが一見合理的に見える提案をしながらディーノに近づいて来たその時だった。

「きゃっ!!」

 朽ちかけて脆くなっていた部分に運悪く踏み込んでしまったイザベラの体が宙に投げ出されそうになるところを、ディーノは咄嗟に手をつかんだ。

 さらにフリオも、壁際に侵食していた木から蔦を伸ばして、ディーノの片腕に絡めていた。

「おっ、落ちる! 落ちる!」

「死にたくなかったら暴れるな!」

 ディーノが焦るイザベラを一喝しつつ、全力で引っ張り上げて事なきを得た。

「は、はぁっ……。とんだ災難ですわ……」

「こっから下まで行くのは無理だ」

 今のように足場が崩れる危険もあるし、下まで無事に降りられたとして、同じ要領で戻って来れる保証もない。

 遠回りになるが、降りる道を探して行ったほうが確実だろう。

「ねぇこれ見てよ」

 フリオが何かを見つけたようで、二人もそれに追従する。

 一見するとテーブルのように思えたが、斜めに傾いていて物を載せるためにある用途ではなさそうだ。

 ただ無意味に置かれている飾りと言うのも考えにくく、上に積もっていた土を払って見ると、そこには大きな図形と文字が描かれていた。

「これって、遺跡の地図じゃないかな?」

 文字は読めないが、どこに何があるかを記したものだとすれば辻褄が会う。

「壁画じゃないけど、一応これも模写しておこうか」

 フリオは鞄から紙とペンを取り出して、慣れたような手つきで地図を書き写していく中、イザベラが地図を注視してブツブツと呟いている。

「何かあったのか?」

「な、何でもありませんわ! それよりも、この赤い点が今わたくしたちのいるところではなくて?」

 慌てふためきながら返すイザベラが指をさした部分にディーノも目をやると、確かに何かあるわけでもないのに、色違いの目印、この遺跡が何かの施設だと仮定すれば自分たちのいる場所を記すためのものである可能性は高い。

「この四角形が俺たちの入って来た場所か」

 すぐ近くにあった人を囲った四角形の意味までは分からないが、場所としてはあっている。

「いくつか階段があるな。そいつをしらみつぶしに当たって見るか」

 先ほどの惨事からなるべく壁際を歩きながらフリオの模写した地図を探していくと、さらに下へと降りる階段が見つかった。

 崩れかけてはいたものの、土砂が堆積している様子もなくさらに下の階層へ降りていくことができた。

 やはり、同じような吹き抜けの構造、だがここまでくると光源が頼りなくなってくる。

 ディーノはマナの光球の数を三つに増やしてそれぞれの側に浮かせる。

「触るなよ。小さくても雷を固めた代物だ」

「やっぱり魔降術ってすごいね。カードなしでもいろんなことができて」

 アルマとカードで使用する魔符術は逆に言えばそれ以上のことはできない。

「物珍しい魔術が使えるのはそんなに偉い事で?」

 イメージで何気なく放ったフリオの一言に、イザベラの表情が険しくなる。

「魔降術は万能じゃねぇよ。ヴォルゴーレと相性の悪い魔術は覚えられねぇし、俺の場合は《雷》のマナしか使えねぇんだ。カード次第で幅広い戦略を練られるのは長所だよ、相手が想像できない手を打てるからな」

 険悪になりそうな二人に、ディーノは自分を引き合いに出して端的に説明する。

 ディーノの戦闘スタイルは、地に足をつけた一対一の接近戦ならば無類の強さを発揮するだろう。

 だが逆に言えば、遠距離から攻めてくる相手や搦め手で弱らせてくる相手に対しては苦戦を強いられても、そのスタイルを貫かなくてはならない。

「アンジェラも言ってたろ、どっちが優れてるってわけじゃねぇ。一番強いなんてのは時と場合でいくらでも変わってくるんだよ」

 この時ディーノは、あくまでも事実を客観的に述べたうえで他者を貶めるような意図を込めて言ったつもりではなかったのだが……。

「知った風な口を聞かないでくださいますこと!? 一番になりたくてもなれない悔しさがあなたにわかって!!」

 イザベラが突然怒りをあらわにして、二人に構うことなくさらに先へと足を踏み出していく。

「待てよ。先に行くんじゃねぇ」

「あなたがたもペースを上げればいいでしょう!!」

 ディーノの忠告もお構い無しに、ずんずんと歩くスピードを上げて行くイザベラ。

 平静さを失った彼女も、それを追いかけるディーノも周りの状況に気を配ることが頭の中から抜け落ちてしまっていた。

「二人とも危ない!」

 フリオの声が耳に入った時には、もう遅かった。

 足場があると思っていたそこは、ただ単に枝と木の葉が密集しているだけの場所だったのが、光の加減で見えにくくなっていたのだ。

 後ろをついていたフリオだけがそれに気づいていた。

 ディーノとイザベラは気付くことなく足を踏み出してしまい、多くの枝を自重でへし折る音とともに、下の階層へと消えるように落ちていった。

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