期末試験 −1−

 イザベラの一件から週が明けて期末試験が始まった。

 ディーノ自身もクラスメイトたちも、その範囲の広さと科目の多さに悲鳴をあげながら、怒涛のような三日間がすぎて行った。

 そして、最終日の午後となる今、ディーノのクラスは最後の実技試験の舞台となる《マルモ遺跡》へと転移の門を通ってやって来た。

 白い直方体が横長に伸びた遺跡は屋根の上に小さな立方体が乗っており、横の面が全体的に大穴が開いている、その隙間から入れそうだ。

 いつからの物かはわからないほど荒れ放題で、その半分以上が生い茂る樹木に侵食され、周囲の森との一体化を果たしている。

 初夏の昼下がりの陽光を浴びた光景は、外から遠巻きに見ている分には神秘的な様相をかもし出しているが、これから構造さえもわからない内部に侵入するのだ。

 どんな危険があるのか分かったものではない。

「はーいみんな注目。今回の実技試験はこの遺跡に残っている壁画を模写して来てもらいます」

 アンジェラの口から発された試験の内容に、クラスの全員が怪訝な表情を隠せないでいた。

(なんで絵なんか描くんだよ)

『期待しているぞ、ディーノ画伯』

(黙れ)

 頭の中にいるヴォルゴーレは楽しげだが、まさか絵の良し悪しで優劣を決めるということはないだろうかと疑念が生じる。

「この遺跡には階層ごとに異なる壁画が描かれているの。つまり、みんながどこまで潜って帰って来れたかを測る基準になるわけ。それで三人か四人でグループを作ってもらうんだけど、今回はみんなで決めるんじゃなくて、これを使ってもらうからね」

 アンジェラはそう言って懐からカードの束を取り出し、その裏側を見せると一から五までの番号が振ってある。

「いずれはみんなも、慣れない人や初めての人と仕事をすることになるかもしれない。そんなことを考えた上でのテストよ。他のグループの妨害はもちろん、同じグループで足の引っ張り合いは減点対象だからね」

 気心の知れた相手と組むことができない。

 ただそれだけのことだが、ディーノにとってはなかなかに難関であった……。

 未だにクラスメイトの半分近く、名前と顔が一致していないような有様で、そんな相手とまともにコミュニケーションが取れるかどうか。

 気軽に声をかけてくるクラスメイトもいるにはいるが、挨拶程度で自分がどう思われているかを特に気にしたことはなく、そんな相手の人柄や魔術を理解して戦闘に活かせるかはそれこそ未知数だ。

『アウローラ嬢と一緒になれるといいな』

(うるせぇよ……)

 くじ運次第では一人くらい親しい仲の相手がいてくれればと考える自分に対して、ディーノは心の内で笑えてくる。

 ついこの間まで、他人と関わりたくないなんて思っていたのに、誰かを頼りにしたくなる時が来るなどと考えたこともなかったからだ。

 そんなことを考えているうちに、クラスの面々がアンジェラがシャッフルした山札から名前の順で次々とカードを引いて行き、編入生のディーノは一番最後だ。

 引いたカードの番号は五、同じメンバーを探してみる。

 集まり始めたメンバーを見る限り、アウローラもシエルも、そしてカルロも一人ずつバラバラに割り当てられたようだ。

「ディーノ君は何番?」

 フリオに声をかけられ、無言で番号を見せる。

「僕も五番。じゃあよろしくね」

 一応、気心に知れた相手ではあった。

 戦闘力ではあまり頼りにはならないものの、植物の知識は役立つかも知れない。

 しかしながら、同時に懸念もある。

 フリオが契約して間もない魔降術に対してどう捉えているか、習得の度合いで例えるなら言葉を覚えたばかりの幼い子供のようなものだ。

「他に五番を引いたのは誰だ?」

 ディーノは声をあげて周囲に呼びかけると、ぷるぷると体を震わせた後に、無言でゆっくりと重い足取りで近づく女子が一人。

 こちらも確かに見知った相手ではある。

 だが、同時に最も関わり合いになりたくないと、互いに考えているであろうことは言うまでもないことだった。

「……よりにもよってお前か」

「それはこちらのセリフですわ! まぁ試験ですから仕方ありません。わたくしの足を引っ張らないでくださいな」

「まぁまぁ……ディーノ君もイザベラさんも一緒にがんばろうよ」

 グループが決まって一分も経たないうちから、早速険悪な雰囲気が三人を包み始めていた。

 他のグループが全て四人で組まれていることから、自分たちはこの三人で決定ということになる。

 各グループが五分ごとに時間差をつけて遺跡へと突入して行き、やがてディーノ達の番がやってきた。

 それぞれが、制服を魔衣ストゥーガに変化させて戦闘準備を整える。

 フリオの魔衣は緑と黄土色を基調にしたローブを纏い、その丈は動きを阻害しない程度切り詰められていた。

 イザベラは独特で、黒と白を基調にしたゴシック調で露出は少ないものの胸や腰回りが強調されている。

 レース状のスカートも丈は短いが足は黒のストッキングとブーツで素膚を晒すことはない。

 なんとなくだが、仮装パーティーの衣装にも通じるものを感じたが、あまり深くは考えないことにした。

 ひとまず、ディーノを先頭にフリオとイザベラが三角形の陣形で進んで行く。

 性格はともかくとして、イザベラの戦闘スタイルが鞭のアルマと《風》の魔術を用いた中距離主体だと言うことは闘技祭の時に記憶している。

 魔降術士となって間もないフリオも前に出すには向かないとなれば、ディーノが最前線を固めることは自然な結果だった。

 遺跡の中はところどころの壁や天井が崩れているからか、隙間から太陽の光が差し込んで来る分さほど暗さを感じないが、今自分たちがいるのは最上層だからだ。

 ここから下へ行けば行くほど、おそらく光源を確保することが難しくなっていくだろう。

 しばらく行くと、四角い入り口が二つある横に登りの階段が備え付けられている区画に差し掛かり、階段からは外からの光が差し込んでいる。

 おそらく、登った先は屋根にあった立方体の当たり、そこが本来の入り口なのではないだろうかと、ディーノは推測する。

 階段を降りられるかと考えたが、下りの途中は地面に埋まってしまっていた。

「こっからは無理だな」

 試しに乗ってみたが、足が埋まることなく地面に着いたと言うことは、長い年月をかけて土砂が堆積したことになる。

「こっちの扉はどうですの?」

 イザベラが四角い入り口の方を指差した。

 金属製と思われる扉だが、片方は手が入るぐらいの隙間ができていた。

 ノブらしきものはどこにもなく、扉の間には素材のわからない四角い板がはまり込んでいた。

「フリオ、そっち持ってくれ」

「う、うん……」

 合図と共に力いっぱい二人が引っ張ると、連動するかのように開いた先には真っ暗な四角く縦長の空間が広がっていた……。

 それは深淵に潜む怪物が口を開いているようにも感じられる。

「下が見えねぇな」

 ディーノは精神を集中させると、バチバチと音を立てながら拳大の球が一つマナによる光を放ちながら現れた。

 紫色の光が周囲を照らすと、空間の上には紐らしきものが見えない滑車が一つ、下の方はここからでは全てを見通すことはできない。

 壁の方はとっかかりがなくはないが、飛行魔術を使える自分はともかくフリオとイザベラが一度降りたら登って来ることは難しそうだ。

「ディーノ君、ちょっと上を照らして」

 後ろからフリオが声をかけて、ディーノの背中越しに空間を見ている。

「何か妙案でもあるんですの?」

 イザベラが気だるげに問うと、フリオの表情が変わり、左手を虚空に伸ばして精神を集中し出した。

「ドリアルデさん……お願い」

 新緑の光がフリオの体を包み込むと、それに呼応するかのように天井から蔦が伸び始め、見る見るうちに下の方へと向かっての道となった。

「上に枝が見えた気がしたから、それを引き込めないかって」

 何気なく語るフリオだが、ディーノは内心驚いていた。

 ごく小さな効果の術にしても、発動させるには相応の修練が絶対的に必要であり、自分がヴォルゴーレの力を安定させるには、ヴィオレの下に行ってから半年以上かかった。

 もし、フリオが幼少の頃からドリアルデに触れていれば、高いレベルの魔降術士に成長したかもしれない。

「俺が先に行って様子を見て来る。それまで待ってろ」

 しかし、下手に褒めすぎて力を軽んじるようになっても困る。

 ディーノはあえて口には出さず、淡白に返してフリオが伸ばした蔦の強度を確かめがてら握って、壁伝いに下へと降りて行った。

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