研究会は今日もゆく −2−
「ディーノさん、イザベラさんと何かあったんですか? あ、この二枚を入れ替えで」
カードの手札を広げたアウローラが、興味深さと心配さが入り混じったような声で聞いてくる。
緑の竜巻、青の雫が描かれた二と五のカードをそれぞれ捨てて、新たに山札から引いた。
このカードはそれぞれ《土》《水》《火》《風》が十三枚、《光》と《闇》が一枚ずつと言う六つのマナと数で構成されており、様々なゲームを行える。
一と十一から十三、《光》と《闇》は特別で、一は有名な幻獣 《ドラゴン》、十一は複数の獣を掛け合わせた魔獣 《キメラ》、十二は下半身が魚の美しい女性 《人魚》、十三は一本の角を生やした馬の幻獣 《ユニコーン》が、《光》には人間の背中に翼をつけた《天使》、《闇》は人を模した禍々しい《悪魔》が描かれており、これは安物だが、高級品になるとその絵柄や裏面のデザインも豪奢なものになる。
古くから伝わる遊び道具の一つだった。
イザベラの一件から数日経った放課後、シエルから直々に、七不思議研究会の部室に呼び出されたディーノは、五人集まってのカードに興じながら、質問攻めにあっていた。
「俺にもよくわからん。ただ知られたくない事知ったらしい。こいつを変える」
ディーノは、土の四、火の七、九のカードを捨てて、山札から引きつつ答える。
誰にも言うつもりはなかったが、あの剣幕で迫られれば並の人間なら十分な効果だろう。
「ひょっとして、この間の買い物のことかなぁ? でもだったらあたしたち全員に言ってくるよね」
シエルはカードを四枚入れ替えながら、その原因を推理しようとしている。
あの大量の缶詰が猫の餌だと言うことだけは、あの時の状況からして間違いないだろう。
経緯はしれないが、イザベラがどこかで拾って誰にも相談できずに隠れて飼っていると言うことになる。
四角四面に校則違反と否定することは簡単だが、本人のあの態度の違いからして、素行の問題が成績に響くなどと言った類のものではなさそうだ。
「フリオ君も言いふらすつもりはないだろうね。僕としてはイザベラちゃんの高くそびえる山々の神秘を解き明かすほうが楽しそうだけどね〜♪」
カルロがおどけながら、手札の五枚ともカードを入れ替える。
ゲームのプレイ中と言うこともあって即座に行動には移していなかったが、シエルの表情を見る限り、いつもの調子で股間に一撃をくれてやりたいと考えているのは一目瞭然だった……。
しかし、よく見るとアウローラまでもが、自分の胸元に視線を送りながら複雑な表情をしているようだが……。
「何か気になるのか?」
「なんでもありませんよ?」
そう問いただしたディーノにアウローラは笑顔で答えるのだが、何か違和感を覚えた。
カルロにシエルが浴びせているようなわかりやすいものではない、のぞき込んではならない深淵の中にうごめく何かが迫ってくるような感覚。
それ以上踏み込めば、無事では済まないと思わされる、あの時のイザベラを彷彿とさせるものを感じて、ディーノはその先を口に出すことをやめた。
「秘密にしたい気持ちは、僕もわかるから……」
フリオが控えめに火の六を一枚だけ捨てて手札を交換する。
自分が好きなものを好きだと素直に言えない、周りから笑い者にされたくない、傷つけられたくない。
そんな気持ちを一番理解できるのはフリオなのかもしれないと、ディーノはふと思った。
「でも、先生たちに怒られる前になんとかしてあげられないのかな……あ、役できた。ストレート」
フリオが手札を公開する。図柄はバラバラだが八から十二までのカードが順々に並んでいた。
確かに、如何に自分たちが秘密を守り通そうとも、別の誰かにバレない保証などどこにもない。
「あの新聞部の女とか、率先してばらすかもしれねぇな……同じ数が三枚これが役でいいのか?」
ディーノの手札には、《火》《風》《水》の五が三枚揃っていた。
学級新聞でフリオのいじめを暴いたきっかけとなった、三年生の女子がディーノの口から出てくる。
その件に関してだけは恩があると言えばあるが、あの手の商売は人の秘密を暴き公に晒すことで糧を得る。
絶対にバレてはならない危険人物という側面も併せ持っていると言うのがディーノのイメージだった。
「テレーザちゃんも、一応相手に許可はとってから記事にしてるよ。あの三人が特別例外ってだけさ。あー、だめだブタ。あとディーノはスリーカードだね」
カルロの手札は、図柄も数も完全にバラバラ、おそらく役に引っかからなかったから思い切った判断を下し、見事裏目に出てしまったようだ。
「イザベラってあんまり話したことないから、あたし的にはきっつい感じしかしないし、絶対性格で損してるよ。《水》のフラッシュ《闇》込み♪」
シエルは勝利を確信したように、水が四枚、悪魔が一枚入った手札を公開する。
《光》と《闇》は入っていれば役が成立し、他のゲームでも強力な切り札として扱われていた。
唯一 《闇抜き》と言うゲームでは、一枚だけ入った《闇》のカードを最後まで手札に残していたプレイヤーが負けとなるくらいだろうか。
クラスで遠巻きに見ているシエルとしては、イザベラという人間は、闇抜きで手札に来た闇のカードのような厄介な人間に映っているのかも知れない。
あるいは、カードはマナを模しているように、相容れないか相性の悪いマナのように……。
「でも、真面目な人ではあると思うんです。わたしは好かれてるかわかりませんけど、嫌がらせをするような人ではありませんでした」
初等部の頃に初めて会ってから、やたらと突っかかってくる記憶しかない。
だからと言って陰湿ないじめを自分が受けたこともない、他の人間にもそう言った行為に出ていたこともアウローラの記憶にはなかった。
「身分に縛られすぎている人だとは思いますけどね。フルハウス来ました」
ディーノが出したスリーカードに同じ数のペアが一組、役の強さでは彼女が一番だった。
「アウローラちゃんの一人勝ちかぁ。やっぱ色々”持ってる”ねぇ」
カルロの口から出たそれは、果たして何に対する例えなのか、それは本人にしかわかることはないだろう。
「じゃあ、アウローラにクッキー一枚追加ね」
ポーカーは賭博場でも行われるゲームだが、流石に金銭を賭けてやるのは憚られ、ここでは単に勝ったプレイヤーのお茶菓子が増えるくらいだった。
「うーん、わたしはそんなにはいらないんですけど」
「じゃあ、ディーノに『あーん♪』みたいな事を」
「しませんっ!!」
茶化すシエルに対して、アウローラは顔を真っ赤にしながら全力で否定する。
「初等部のガキでもやらねぇぞ多分」
「ディーノ君、意味合いが違うよそれ」
冷ややかなツッコミを入れるディーノに対して、フリオも呆れ気味だった。
おそらく、ディーノは親や教師がわがままな子供をあやすためにやる事だと解釈したのだろう。
そんな和やかな空気が部室を包んでいたのもつかの間の出来事だった。
バンっ! と大きな音を立ててドアが開かれたその先には、ちょうど噂話の渦中にあった女子が不機嫌な顔を丸出しで立っていたからだ。
「何の用だ?」
ディーノだけは動じずにイザベラに問いただす。
彼女はただ静かに囲っている机に歩み寄ってくる。
「なぜ、言いふらしませんの?」
ただ単刀直入に、それだけをディーノたちに向けて言い放った。
「そっちこそ、どうしてそんな話になる? 何の得にもならねぇだろ」
ディーノにとっては、その答えが全てだった。
大してよく知りもしないし、恨みがあるわけでもないイザベラの秘密など、バラして回ったところでメリットなどありはしない。
「貴族は嫌いではありませんの? ましてやわたくしが誰と一緒いたか覚えてませんの? あなたにしてみれば、敵のようなものではなくて?」
「ひょっとして、マクシミリアン?」
カルロの指摘によって、編入した初日の実地訓練をディーノは思い返す。
あの時、一方的な勝負を持ちかけて来た時、マクシミリアンの隣に彼女は確かにいた。
そして、その時ディーノの中では鼻持ちならない貴族でしかなかったことに違いはなかった。
イザベラの中で、ディーノは身分の高い者を敵視している存在なのだ。
「お前に恨みはねぇよ……。だから言いふらす理由もねぇ。それとも言いふらして回った方が良かったのか?」
特に親しい相手以外には、相変わらずの眉間にシワの寄った顔。
ディーノにしてみれば、必要以上に邪険に扱っていないだけまだマシになったと思えていたのかもしれないが、今のイザベラには売り言葉に買い言葉だ。
「くっ……どこまでもバカにして! もういいですわっ!」
イザベラはラチがあかないと思ったのか、一方的な怒りが素通りしたことでその吐け口を失ってしまったからか、会話そのものを打ち切った。
「それとアウローラさん。期末試験ではわたくしが一番を取りますわ! 首を洗って待っていなさい!」
ビシッとアウローラの顔を指差して宣戦布告とも取れる一言を残して、イザベラは部室から去って行った。
「あ、嵐が去ったね……」
静かになった空間で、フリオがポツリと言葉を漏らす。
見た目に関してはアウローラに引けを取らないが、険しい顔つき、きつい物言い、先ほどのシエルの感想は的を射ているとディーノは感じずにはいられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます