イザベラの秘密
「あ……あぁぁ……っ……」
猫じゃらしとエサの缶詰を持ったままの姿勢で固まったまま、経過することおよそ一分、我に返ったイザベラは途端に顔を真っ青にして後ろ手に隠す。
(み、見られてしまいましたわ……。それもよりによってこの下民に!!)
無愛想で言葉遣いも粗野、野良犬のように近寄りがたく、できることならば関わり合いになりたくない相手。
経緯こそ知れないが、アウローラと正式な婚約者であるという噂は絶えないし、直接的な嫌がらせを行っていたわけでもないが、あのマクシミリアンと一時つるんでいたこともある。
向こうにしてみれば、当然いい感情など持ち合わせていないことだろう。
『イザベラさんにそんな趣味があったなんて、驚きですね♪』
『お部屋には子供みたいにぬいぐるみがいっぱいあったりするんでしょ♪』
『マクシミリアンがいなくなって、新しい方向性をアピールしたいのよ♪』
好き勝手なイメージでレッテルを貼られて、クラス中の笑い者にされる光景が頭に浮かび上がる。
(き、きっとこの事は瞬く間に広まってしまうに決まってますわ!)
彼女の心の内など露知らず、ディーノは仏頂面で猫を抱えたまま近寄ってくる。
悪いイメージばかりが頭の中を支配していき、動けなくなっているイザベラを前にして、ディーノは猫を無言で差し出した。
「お前の猫か?」
ただ単刀直入に渇いた声で問い質す。
「わ、わわわわたくしにそんな趣味などあると思いまして!! た、ただの戯れに決まってますわ! でなければここここんな不細工な猫など!!」
しどろもどろになりながら必死に否定するイザベラだったが、猫はぴょんと抱えられたディーノの手から飛び降りてイザベラの足元にすり寄った。
それを見て納得したのか、ディーノは言葉を発さずにイザベラから離れ、傷を負ったままのフリオを連れてその場から去って行く。
「お、お待ちなさい! なにも言う事はありませんの!!」
「何があるんだよ? フリオをさっさと連れて行きたいんだよこっちは」
思わず叫ぶイザベラだったが、ディーノはため息を一つつきながら面倒臭そうに言葉を返す。
まるで自分のことなどに関心の一つもないと言わんばかりの態度に、イザベラは今度こそ言葉を失っていた。
「何もねぇなら行くぞ」
晴れた黄昏時の中で、ぽつんと一人残されたイザベラの頭にはもやもやとした霧がかかり始めていた。
* * *
「明日からどんな顔をして学園に行けばいいんですの? 教えてケトちゃん」
その夜自室に戻ったイザベラは、ベッドの脇においてある大きな猫のぬいぐるみに抱きついていた。
剣を携え、帽子と服そして長靴をあしらった傭兵のような、可愛らしさの中に格好良さも加えたようなお気に入りの一つに顔をうずめる。
普段ならば、日頃のストレスを癒してくれる大切なひとときだが……。
イザベラの心中は決して穏やかではなかった。
領内の部屋は壁や床、天井に大きな汚損を残さなければ特に制限はない。
ピンクをベースにしたベッドメイク、白いレースをあしらったカーテン、そして大量の猫のぬいぐるみたちに囲まれた、少女趣味あるいは子供じみた童話の世界のような空間。
親しいクラスメイトにだって明かした事はなく、招待したこともない。
こんな趣味を持っているなど、周りの誰にも知られるわけにはいかないのだと言うのに。
拾ったブチ猫が見つかって、部屋で飼っているのかも知れないと言う話になれば、連鎖反応のようにバレてしまうかも知れない。
そんな不安がイザベラの心を黒く染め上げていく。
「最悪ですわ! 悪夢ですわ!」
頭を抱えながらベッドの上を転げ回ろうとも、事態を解決する糸口など見つかるはずもなく、夜は更けて行き、寝付けないまま朝を迎えるハメとなったのは言うまでもなかった……。
* * *
「イザベラさん、どうなさいましたの?」
翌日、誰よりも早く来てディーノとフリオに釘だけでも刺しておこうと思っていたのだが、結局目の下にクマを作った状態で登校し、クラスメイトに心配される有様となっていた。
目当ての相手はすでに席に座っており、誰と話すこともなく席に座って教科書と今日の科目を照らし合わせているようだった。
こうなれば、多少のリスクは覚悟の上と考えて、イザベラはずんずんとディーノに近づいて行く。
「ちょっといいですこと?」
見るからに不機嫌なオーラを隠さない剣幕でディーノに声をかけた。
その様子をクラスの面々はさも意外そうな視線を送り、次第にざわざわとした空気がクラス中に伝染して行く。
「なんだ?」
端的に返すディーノだけは、ほとんど動じないようなそぶりだった。
「あの事、言ったらどうなるかわかっておりますわね?」
「……大した事じゃねぇだろ」
言動から察したのか、ディーノはその理由まではわからないと言わんばかりに、ただ気だるげな答えをイザベラに返すだけだった。
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