二人の魔降術士 −3−
授業が終わった後も、ディーノにとっての勉強はまだまだ続いている。
寮の裏手、静かでほとんど人が通らないこの場所は、一人で日課のトレーニングをこなすのに最適の場所だった。
ついこの間までは……。
「こ、こんな感じ?」
フリオは戸惑いながら地面に胡座をかいて座り、その向かいにディーノも同じような姿勢をとっている。
「これといって決まったことはねぇよ、集中できるならなんでもいい」
そう言ってディーノはカード化させていたバスタードソードを手に取った。
ディーノの場合は、愛用の剣を握ることが最も集中を高めやすく、魔降術を使うのは戦う時がほとんどであり、意識を繋げやすいからだった。
「魔降術の基本は精神の集中と、契約した宝石との同調。アルマと違って感情がもろに効果に出るからな、普段から意識するんだ」
ディーノは師の言葉の受け売りながらも、フリオに魔降術の基礎を教えることにした。
未熟者の自分が弟子を取るなどあり得ないが、このままフリオを野放しにしておくわけにもいかない。
それに、自身も基本に立ち返るにはちょうどいいのかもしれないと考え現在に至る。
『僕は魔降術を使えるようになりたい!』
最初にフリオに出会ったときのことを思い出す。
あの時は首を縦に振らなかったものの、結果的にフリオが求める展開になってしまったのも皮肉な話だ。
お互いに何を口にするわけでもない。
今自分がいる場所。例えば周囲に生えている木々、吹き抜ける風、夕暮れの光と言った周りにあるもの、それらのマナを感じ取り、同時に自分自身と契約を交わしているヴォルゴーレやドリアルデ。
それらは世界を構築するマナであり、自分たちもその一部となっていく。
目を開いてフリオの様子を見てみると、緑の光を放ちながら風に乗った木の葉が周囲を巡る輪を作り出していた。
もともと気の優しい性格だからだろうか、今のフリオは静かな清流のように穏やかなマナの流れが完成している。
この修練を教えておよそ一週間ほどだが、筋がいいとディーノに感じさせるには十分だった。
(俺の時は……)
『だから、余計なことは考えてんじゃねぇ!!』
『いいか? あたしらの術は一歩間違えばてめぇ自身がバケモノになる! 集中を片時も乱すんじゃねぇ』
師匠の荒い言葉遣いと叱責の数々、今にして思えば相当なスパルタだった……と昔の記憶が思い起こされた次の瞬間。
バチィッ!!
ディーノの周囲で制御を失った小さな稲妻が炸裂し、出来かかっていたマナの巡りを破壊しながら、ディーノ自身に牙をむいて襲いかかった。
暴発した魔術だけに防ぐ手立てもなく、モロに受けたディーノはその場に横たわる。
「ディ、ディーノ君大丈夫!?」
稲妻の音に驚いて目を見開いたフリオはその光景に気を取られると、心の乱れをマナは敏感に察知する。
「うわぁぁっ!!」
無数の木の葉と荒れ狂う風が、駆け抜ける獣の爪のごとく、フリオの肌を切り裂いていた。
「いたたたた……」
「自分の心配をしろ」
起き上がったディーノはフリオを助け起こすと、腕を肩にまわして体を支える。
「ご、ごめん……」
「お前が謝ることじゃない。保健室行くぞ」
思わず謝罪の言葉が出るフリオをディーノは止めて歩き出すが、フリオは大丈夫だと言って腕をほどいた。
「けど、これでわかるだろ。どんだけ制御が難しいか……」
少し乱された程度でこれだけの傷を負わされてしまうのだから、術者の力が強くなればなるほど、その危険度の高さは比例して行くということだ。
「でも……なんだろう。ドリアルデさんと契約してから、前より花や木の気持ちが分かる気がするんだ」
フリオにとっては、そっちの嬉しさの方が上回るようで、もともと植物の世話が好きだったことと、植物の幻獣と契約した結果、心の波長が合っているからこそ上達が早いのかもしれないと、ディーノは推察する。
「どうした?」
フリオがあらぬ方向に視線を向けており、ディーノも目線を動かした先にはなんの変哲もない茂み。
がさがさと動いた先から、小さな影が飛び出してきて、ディーノの元へと駆け寄ってくる。
その正体は、毛色が白と茶の仔猫だった。
「迷い込んできたのかな?」
「さぁな。けどさすがに飼えねぇよ。いちいちうるさい竜がいるからな」
『ほう、言うようになったではないか』
どっちにしろ、寮生のディーノでは動物を飼うことは禁止されている。
「僕も無理だと思う。母さんが……」
自宅から通っているようだが、フリオも無理という結論に至った。
「先生に引き渡そうか?」
「そうなるよな」
二人して保健室だけでなく職員室にまで行かなければならないのかと思ったその時、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「ブチちゃーん。どこへ行ってしまいましたの〜? 美味しい缶詰を買ってきましたのよ〜。にゃぁにゃぁ♪」
片手に缶詰、片手に猫じゃらしを持ったクラスメイトの少女が、ディーノたちの目の前に現れた。
普段のきつい言葉遣いからは想像できない、文字通りの猫なで声を楽しげにあげながら満面の笑顔を浮かべている。
「い…イザベラさん?」
フリオが弱々しく彼女の名前を呼ぶと、自分たちの存在に気づいたのか、笑顔が次第に引きつって凍りつき、まるでこの世の終わりであるかのような表情に変化して行った……。
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