期末試験 −3−

 一方その頃……。


「イザベラさんは相変わらずのようですわね」

 彼女の叫び声は、同じ階層の別の場所にいたアウローラ達のグループの耳にも届くほどだった。

「そう仰って差し上げないでくださいな。今は肩身の狭い思いをしているのですから」

 アウローラと組んだ女子が、何やら聞き覚えのないことを口走っている。

「どうしてですか?」

「あら、アウローラさんはご存知なかったのでしたわね。マクシミリアンが捕まってから、イザベラさんやベルナルド君とお話しする方はほとんどいませんのよ?」

 言われてみれば、彼女たちも貴族家の人間だが、以前は普通に話していたはずだとアウローラは気付く。

 マクシミリアンの人格は今でも決して褒められたものではなかったが、公爵家という家柄だけは本物だった。

 だからこそ誰も迂闊なことを言えなかったのが、彼をのさばらせていた一つの要因だった。

「でも、ディーノ君とアウローラさんの一件で、皆さん目が覚めたんですの。あんなのと付き合っている方がおかしかったと」

 そして、マクシミリアンと付き合いの深かったイザベラ達にも彼女達は手のひらを返したと言うことだ。

 今まで知らなかった事実に、アウローラの胸中に鈍色の渦が巻き起こり始める。

 ディーノに対する物言いに関しても、彼女達から聞いた話を統合すれば辻褄があってしまう。

 単に身分や態度に対する怒りではない、図らずもイザベラの人間関係を悪化させてしまった原因となったからだ。

「アウローラさんも気にすることじゃないですよ。おかげで今のクラスは平和なんですから」

 それは誰にとっての平和なのだろう?

 ならイザベラは誰かを傷つけたのか?

 確かに物言いはきついが、彼女達のように陰湿な陰口を叩いていたか?

「……マクシミリアンと今のあなた達、どこが違うんですか?」

 アウローラは静かに言い放った。

 激しく燃え盛るようなわかりやすいものではない、だが確かな怒りがそこにあった。

「自分だけの理屈で人を傷つけるようなら、一緒じゃないですか」

 その言葉に、今まで言いたい放題だった三人ともが絶句していた。

 マクシミリアンに対しての怒りから、きっとイザベラ達にも同じように思っているに違いないと言う、勝手なイメージに基づいた同調意識。

 それが間違いであったことに対する戸惑いを、表情が雄弁に語っていた。

「ごめんなさい……言い過ぎました。戻りましょう。それか私のことは置いて行ってください」

 これでは、チームとして機能しないだろう。

 感情に任せてしまったのはアウローラもまた同罪であった……。

 探索を続けるのは危険だと判断して、戻ることを提案する。

「いえ、私たちの方こそ……アウローラさんのことを誤解してて」

「でしたら、わたしよりイザベラさんへの態度を改めてください」

 アウローラのまっすぐな物言いに、三人ともが黙って頷いていた。


   *   *   *


 ディーノとイザベラはさらに下の階層へと落とされ、木の葉と枝が重なった場所で意識を取り戻した。

 運よく落下の衝撃を和らげてくれる場所へ落ちたのと、身にまとっている魔衣ストゥーガの防御力で二人とも大きな傷はなさそうだった。

「生きてるか?」

「どうにか」

 端的に問うディーノに対して、イザベラも一言で返す。

 服についた枯れ葉や小枝を払い落としてから、マナの光球を作り直し、周囲の状況を確認する。

 吹き抜けはこれ以上なさそうで、どうやら最下層まで落ちてしまったようだ。

「アウローラの次はお前か……」

 ふと、ブフェの山で起きたいつぞやの一件を思い返した。

 あの時も高所から二人で落ちて分断されてしまったのだった。

 おかしなジンクスでもあるのだろうかと冗談めいた考えが頭をよぎるものの、今は探索より脱出を優先しなくてはならないことから、頭の片隅に追いやった。

「婚約者の方と二人きりの方が嬉しいですわよね」

 彼女の名前が出たからか、イザベラの返しには歯に絹を着せることのない丸出しの棘があった。

「どいつもこいつも、それは決まった話じゃねぇよ。俺には資格がねぇ。そっちこそあの野郎との仲が壊されて俺を恨んでるんだろ?」

 ディーノは今までの態度の原因と推測した事柄を口に出した。

 やんわりと遠回しに聞ける器用さなど持ち合わせてはいないため、互いの言葉は刃のように喉元に突きつけ合うかのようだった。

「大したことじゃありません。将来的に公爵家との繋がりが欲しかっただけですわ。でなければ誰が好き好んであんな男と共にいるものですか」

 あけっぴろげに話すイザベラの回答は、ディーノにとっては少し意外であった。

 てっきり、性格的に合う相手だから一緒にいるものだとばかり思っていたからだ。

「わたくしに限らず、貴族ってそう言うものですわ。単に好き嫌いだけで人付き合いを選べない。アウローラさんだってその縛りからは逃れられずにいたのですから」

 イザベラは複雑な表情で続けた。

 彼女はディーノの知らないアウローラのこともよく知っている。

 仲が悪いように思っていたが、心底嫌っているからつっかかっているわけではなく、むしろその逆ではないのか。

「って、無駄話をしてる暇があるなら、早い所こんな場所出ませんこと?」

 イザベラは慌てて取り繕うように、話題を切り替える。

「言われるまでもねぇよ。話したのはそっちだろ」

 ディーノもまたぶっきらぼうに返して、脱出のための行動を開始した。

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