期末試験 −4−
最下層となるとほとんど光の届かない世界、裸眼では互いの姿もぼんやりとしか眼に映ることはない。
マナの光球がなければ、歩くこともままならないだろう。
遺跡に反響する声からして、自分たち以外のクラスメイトは上の階層にいる。
過程はどうあれ、この最下層には自分たちが最初に到達したことになるが、一番に固執するイザベラにしても素直には喜べないことだろう。
人が立ち入ることもほとんどないのだろう、上の階層よりも植物の侵食がひどくなっており、ディーノはバスタードソードで黙々と邪魔な枝を切り払い、通り道を作りながら進んでいく。
イザベラもそれに黙ってついてきていた。
彼女のアルマや魔術もこういった作業には向いていないだろう、使ったとしても周りをめちゃくちゃに吹き飛ばし、かえって悪化する恐れもある。
「フリオがいれば、ちっとはマシだったかもな……」
どこまでできるかはわからないが、こうして延々と木を切り続けることはなかったかもしれないと思って、ポツリとディーノはぼやいたが、無い物ならぬ無い”者”ねだりをしても現状は変わらない。
「悪かったですわね。足手まといで」
「別に思ってねぇよ」
つっけんどんなイザベラの返しにも、だんだんと慣れてくるもので、作業の手を止めずに短く返す。
今は少しでも開けた場所に出て、助けを呼ぶなり現在地を調べるなりできるかもしれないと言う望みに賭けてひたすら先へ進む。
気の遠くなるような作業が続く中、何本目に差し掛かったかわからなくなってきた時のことだった。
ふと、ディーノは考える。
「どこまで伸びてるんだこの木は」
ディーノは視線を上に送るが、人が登れるほど大きく伸びた木の幹はなさそうだった。
「何かありましたの?」
「大したことじゃねぇよ。上の方まで伸びた木でもあれば、登れねぇかと思っただけだ。それかお前の鞭を伸ばして届かねぇかなって」
「残念ですけど、鞭の長さがだいたい二メートルですし、攻撃するときに魔術で一瞬射程を伸ばしているだけで、登るには時間がなさすぎますわ」
「無理か……」
それに運良く絡め取れる場所があったとしても、先ほど落ちかけた時のように自分たちの体重で崩れてこない保証はない。
かといって、ディーノが飛行魔術を使ってイザベラを抱えて脱出できたとしても、はぐれたフリオを置き去りにしてしまうし、仮に人を抱えた状態で魔獣に襲われれば、対応しきれずにまたここまで落とされる可能性が高い。
下手に近道を探しても、自分たちの危険度が増してしまうだけだった。
どれだけの時間が経過したかはわからないが、切り開いてはひたすら進み続けてを繰り返した結果、少しばかり開けた場所に出る事はできた。
目に入るのは円形に囲うように備え付けられた机のような部分と、隣にひときわ大きな板が見える。
「これがひょっとして壁画でしょうか?」
「かも知れねぇが、浮かねぇツラだな。一番が欲しいんじゃねぇのか?」
イザベラの表情は依然として複雑で深刻な気分を抱えたままだ。
「わたくしが原因で落ちてきただけですわ……。そんなの本当の一番ではありません」
一応、これを模写して持ち帰れば課題は達成できるだろうが、それにはフリオと合流して三人で無事に脱出することまでが含まれる。
過程や方法などどうでもいいと考えているわけではなかったらしい。
「なんで、そんなに一番にこだわる? あいつはそんなもの気にしてないぞ?」
「わたくしは……ヘヴェリウスの家名に恥じない貴族でありたいだけですわ。あなたと違って、いずれ人の上に立たねばなりませんの! そのためには相応の実力と品格を備えなくては下の者たちを引っ張っていけませんわ」
イザベラの口から出た言葉は、ただ権威や財力を振りかざす高飛車なだけのわがままな貴族から出たものではなかった。
ディーノの中で彼女に抱いていたイメージとはまるで違う、それは己の内に掲げる”誇り”と言う名の旗に恥じないための志からなるものだ。
「それぐらい堂々としてりゃいいだろ。猫が好きだから飼ってるって。お前気ぃ強ぇんだからフリオみたいにいじめられる心配もなさそうだ」
だが、同時に別の疑問も沸いてきて、ディーノはそれを口に出してしまう。
ボンッ! っと頭から湯気が飛び出すのではないかと思うくらい、イザベラは顔を真っ赤にしていた。
「そ、それとこれとは話が別ですわ! 初等部の頃からコツコツと作ってきたわたくしのイメージと言うものが……」
(イメージ作りとかしてたのかこいつ……)
「それに、本当なら一番を取るまで、そんなことにうつつを抜かしているべきではないのですわ!」
なぜここまで頑なに隠さなくてはならないのか、そして結びつけるようなことがあってはならないのか?
フリオの時も感じたが、自他共に否定する要素などどこにもありはしないと言うのに、それだけはディーノには理解できなかった。
しかし、そんな疑問をじっくりと考えさせる時間を今の状況は決して与えてくれなかった。
かしゃん……。
金属が触れ合うような音がどこからかディーノの耳に入り、察知した瞬間から行動に移るのは流れるように早かった。
「んむっ!?」
イザベラの口を塞いで、もう片方の手を腰に回して抱えると、円形の机を跳び越えてその内側に身を隠した。
「ん! んんーっ! んーっ!」
口を塞がれたまま声をあげようとするイザベラに構うことなく、そのまま周囲に視線を巡らせて、音の正体を探らんとする。
『気をつけろディーノ。おそらく魔獣ではない』
真剣な口調でヴォルゴーレが警告してくる。
今まで音を聞くまで気配もマナもまるで察知できなかったと言う事は、それらとは違う存在であると言う事だ。
かと言って、ディロワールの襲撃ならあの空間らしい歪んだマナも感じないから、黒い宝石が関与している可能性も除外される。
「ぷはっ! なんですのいきなむぅっ!」
呼吸もままならなくなっていたのか、イザベラが強引に手を外して叫ぼうとするのを強引に塞ぎ直す。
「声を立てんな。何かいる」
ディーノは改めて小声で短く説明し、意識と体を戦闘に備える。
口にかかった手を外されたイザベラも状況を理解したのか静かになり、マナの光球も消して暗闇が戻ってくると互いの姿も見えにくくなる。
「このままやり過ごしたい。俺から離れるな」
ディーノの顔がさらに近づいて耳打ちされると、イザベラはその体温と息遣いを間近に感じることになる。
(こ、これって……。わ、わたくしのこんな身近に、ちちちち血も繋がっていないととと殿方が!!)
ディーノはおそらく気づいていないが、腰に手は回されたままで密着している状態になる。
光届かず、さほど気温も上がらない地下であるにもかかわらず、体が汗ばみ始めて心臓の鼓動がどんどん早くなっている。
(お、お願い……。は、ははは早く過ぎ去って)
イザベラの胸中は、ディーノが思い描いている脅威とは別の意味で心臓が張り裂けんばかりの緊張が支配し始めていた。
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