期末試験 −5−

 時を少し戻して……。

 それは、イザベラとディーノが最下層へ落ちるよりも少し前のことだ。

「さぁ、みんなでがんばろー♪」

 シエルが景気のいい声を上げながら階段を軽い足取りで降りていく。

 グループの雰囲気は、彼女の人柄ゆえか変にギスギスすることもなく良好であり、探索は順調に進んでいた。

「ねぇここ何かな?」

 グループの一人が見つけた狭い通路をたどって、壁の奥から奥へと入り込んで行くとそこには、シエルたちには理解できない大量の動かぬ箱が並べられた部屋に到達していた。

「魔動機械だよ多分。ここってロンドゴミア帝国時代の遺跡らしいから、あっても不思議じゃないけど」

「でも、すっごいね。なんのための部屋なんだろう?」

 興味深げにシエルはさらに奥へと続く扉を見つけて、錆で脆くなっていた金属のドアは彼女の力でも簡単に開いてしまう。

 開いたには一際大きな機械部品の塊を発見するも、それがどんな用途で使われているか想像がつく人間は、グループ内の誰一人としていなかった。

「こればっかりは調べてもわからないよ。それより壁画を探さない?」

「そだねー。じゃあ退散ってわぁぁっ!!」

 シエルは侵食していた木の根っこに見事足を引っ掛けて盛大に転び、持っていた短杖ワンドのアルマが放り出される。

 それが中央の機械に触れた瞬間、部屋の中は光に照らされ、ごぅん……と言う音ともに動き始めたのだ。

『セキュリティシステム再起動』

 どこからともなく、シエルたちにはわからない言語が飛び交う。

「な……何が起こってるんだ?」

「あたしに聞かないでよ! とにかく退散!」

 慌ててアルマを拾った彼女は気づかない、宝石に宿っていたマナが著しく減っていることに……。


   *   *   *


 静寂と暗闇が空間を支配し始めると、かしゃん……かしゃん……と言う金属音が次第にディーノたちへと近づいてくるのがわかる。

 まだその全貌のわからない敵に対して、息をひそめながらもディーノはわかっている事柄を頭の中で拾い集める。

 おそらくこの敵は自分たちの会話、言葉や音を感知して動き出したということ。

 こっちが敵の姿を視認するためには、この机から頭を出して直接肉眼で捉えるしかない。

 鏡でもあれば話は別だが、生憎そんなうまい話が転がっているはずもない。

 ディーノはイザベラに目をやると、小さく震えている。

(こんな状況で二人だけじゃ無理もねぇか……)

 明るい材料としては、以前、アウローラと遭難した時に比べ、これまで戦闘に遭遇してない分だけ余力が残っていることと、二人とも戦える状態にあることか。

 イザベラもパニックを起こしていない分だけ、プライドに見合った実力を有していることには違いないだろう。

 そう考えていたディーノだったが……。

(い、いつまでこの状態でいればいいんですの!?)

 一方のイザベラは、敵のことを考えている心の余裕など、かけらもありはしていなかった……。

 加速し続ける心臓の鼓動、近くに感じる異性の体温を意識してしまうがゆえに止まることのない汗。

 暗がりの中、相手をはっきりと目で捉えることのできない状況ゆえに、耳と鼻と肌の感覚がより鮮明なものとなっていく。

 自分がこんな浮ついた気持ちに揺さぶられている有り様だというのに、ディーノの方は全く動じていない。

 未知なる敵の脅威に全神経を研ぎ澄ませている様は、同じ年の学生とは思えないほど洗練された戦士であることを痛感させる。

(そ、そうですわ……。変に意識せずにあくまでもこれは危機を回避するための……わひゃぁっ!!)

 冷静になろうとするイザベラの腰に回されたディーノの手が、さらに力を強めて距離が一層近づく。

 金属のこすれる音がさらに距離を縮めて、こちらへと近づいてきていた。

 やり過ごすことに失敗してしまったのか?

 真上に視線を送ると、三メートルはあろう大岩のような巨体の一部がちらりと視界に納まった。

 ゆっくりと机の前を左右に往復していることから、まだこちらの所在がわかっていないらしい。

 動きを止めると赤く光る単眼のようなものが、規則正しく動いては、金属音とともに再び往復する。

 このまま何も起こらなければ、去ってくれるかも知れないと淡い希望を持ち始めたその時だった。

 カサカサと言う、金属音に比べれば微細な音がイザベラの耳を通過し、その正体が首筋に向かって這い回る。

 妙なこそばゆさが通り抜けた胸元に向かって、イザベラは暗闇に慣れてきた視線を送り音の主の正体を見てしまった。

 六本の足と黒い楕円形の体、さかんに動く曲がった触覚、普段の生活で目にしたくない昆虫……。

「いやぁぁぁっ!!」

 それを認識してしまった瞬間、イザベラは心の均衡を一気に失い叫び声をあげていた。

 見えざる敵はテーブルの方へと向き直ってすぐそばまでやってくる。

『人間二名の生命反応あり……』

 無機質な音声がディーノたちに向かって放たれる。

「ちっ、出るぞ!!」

「ご、ごめんなさい!! わたくし……」

「今は逃げるのが先だ!!」

 動きの取れない狭い机の内側から顔を出して、即座に飛び越えて外へと出て二人は走り出した。

 そいつは、昆虫のような関節の多い四本の足を備えた立方体の体躯を持った、金属でできている何か。

 明らかに魔獣ではないそのシルエットによって、敵の正体の見当はついた。

『魔動機械の戦闘兵器、この遺跡を守るために動いていたのだろうな』

「冷静に言ってる場合か!!」

 頭の中で呑気に解説するヴォルゴーレに向かって、ディーノは思わず声に出して叫んでいた。

『ID検索……該当者なし……侵入者と断定……戦闘モードへ移行……』

 魔動機械は四本の足から車輪を出して、ディーノたち二人を追尾し始めた。

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