期末試験 −6−

「早く下へ行かなくちゃ……」

 上の階層に取り残されたフリオは、少しでも早く合流しなくてはと生きている木を探して走り回っていた。

『もっと壁際にあるよ』

 ドリアルデのアドバイスに従ってその周辺を探せば、強い生気を残している木を判別することができる。

 意識を集中して、その木にマナを込めることで意思の疎通をはかって力を借りれば、真新しい蔦が伸びていく。

 階段や足場を探して走り回るよりは、伸びる蔦に捕まって行くほうがはるかに早く効率がいいように見える。

「……うっ」

 だが、マナを集中して術を使うほどに、フリオの頭にはじわじわと痛みが走ってくる。

 習得したての術を、なんの危険もなしに使えるなどと言う都合のいい話はそうそう転がってなどいない。

 魔降術の契約は子どもの頃から慣らして行くものだ。

 たとえ素質に恵まれていても、相性がよかったとしても、ドリアルデのマナを自在に制御できるだけの土壌が完成していないのだ。

『無理はしないで。倒れたら元も子もないよ』

 ディーノがこの方法を否定したのは、下の状態を確認できないことだけでなく、フリオ自身にみだりに魔降術を使わせないためだと気づかされる。

「分かってるよ。でも、ディーノ君もイザベラさんも危険な目にあってるかもしれないんだ。僕だけじっとしてるなんてできないよ!」

 躊躇なく言い放つフリオ自身はまだ気づいていない。

 宝石ではなくその体の内から、緑色のマナの光を放ち始めていることに。


   *   *   *


 誰も到達した形跡のない遺跡の最下層を、ディーノとイザベラは魔動機械から逃げるべく走っていた。

 おそらく元々は石材で舗装された平坦な場所だったのだろうが、侵食してところどころに生えた樹木の根が、車輪で動いているらしい敵の邪魔をしているようだ。

 今のうちに上へとつながる道が見つかればいいのだが、結局現在地も全体図も見付からずじまいな上、ただ逃げ回っているだけでは確率は低い。

 魔動機械は車輪ではなく、四本足での歩行に切り替えて悪路を物ともせずに近づいてくる。

 このままでは追いつかれるのは時間の問題だった。

 ならばやることは一つ、ディーノは足を止めてバスタードソードを鞘から抜き放った。

「何をしておりますの!?」

 前を走っていたイザベラは思わず叫ぶ。

「逃げ切るのは無理だ。俺が食い止めるからお前は行け」

 それは奇しくも、初めて学園に来た時と同じだ。

 あの時は、シエルもカルロもそしてアウローラさえも疎ましくて、ただ戦いが欲しかった。

 だが、今は違う。

(ディーくんなら……、そして父さんなら……、誰も見捨てたりはしないんだ)

 バスタードソードを握りこむ力が強まる。

 迫る魔動機械の本体が、甲虫の羽根のように装甲を広げると、そこにはガラスらしき無数の光球が姿を見せる。

『鎮圧開始』

 音声とともに光球から発されたのは、オレンジに輝く熱線だった。

 ディーノはまっすぐに迫ってくるそれに対し、体を前かがみにして一直線に疾駆して敵の懐へと飛び込んでいく。

 器用に逃げ回れるようなすべなど最初からない。

 ならば、いつものように稲妻を纏わせた剣を叩き込むまでのこと。

 切り込んだディーノは、稲妻の一撃を内部に向けて振り下ろすと、轟音と閃光が遺跡を揺るがした。

 だが、相手の駆動音が止むことはなかった。

 やはり剣では金属の装甲を相手にするには相性が悪い。

 仮にメイスやウォーハンマーのような打撃武器なら、おかまいなしに叩き潰すことが可能だったことだろう。

 しかし、雷は金属の内部にまで行き届き。魔導機械の動きが鈍くなっている。

 このまま押し切れるかもしれないと思った瞬間、魔動機械は次なる一手をかけて来た。

 その後ろ側から、多関節の腕を二本伸ばしてディーノへと攻撃をして来たのだ。

 先端は円形の板、さらにもう片方は螺旋の刻まれた円錐の形状をしており、本来は何らかの作業用なのかもしれないが、それはおそらく……。

 考えている間にも、その二つは回転を始めてディーノへと襲いかかった。

 やや後方から迫ってくる右手の板を風切り音で察知して、とっさにバスタードソードで受け止めると、けたたましい回転と共に火花が散って弾き飛ばされる。

 間髪入れずに迫るもう片方の円錐をバックステップでかわした先は石畳が粉となって大穴を開けられている。

 魔獣とは明らかに違う、同じ人間の思考から生み出された攻撃は、一髪でも食らえば致命傷は免れないことだろう。

 さらに取り付けられた位置からして、対峙した人間の死角から襲ってくるという点でいやらしいことこの上ない。

 ならばどうすればいい?

 再び死角からの二撃が迫ってくるのを覚悟した瞬間のことだ。

 大きく振りかぶったその瞬間、ディーノの目に映っていたのは曲がりくねった竜巻きだった。

 風を伴ったイザベラの鞭が鋼の腕を絡め取っていたのだ。

「借りを作ったままでは貴族の名折れと言うものですわ!」

 ディーノはイザベラが作ってくれた隙を逃さず相手の背後へを回り込むと、腕の継ぎ目を目掛けて、稲妻の剣を叩き込んだ。

 これで攻撃の手段を全て潰したと思ったその瞬間、爆音を立てて外装の全てが弾け飛ぶ。

 装甲板の直撃をもろに受けたディーノは、吹っ飛ばされながらも飛行魔術を一瞬だけ発動させて姿勢を整えつつ着地する。

『鎮圧用モード起動』

 その視界に収めた敵は四本だったはずの足が、手を備えた二足歩行となり本体だった場所が胴の部分を形成する三メートル近い人型となっていた。

 両腕からは材質の分からない両刃の剣が生えている。

 動物から人へと進化を遂げた魔動機械は、ディーノへと向けて信じられないスピードで距離を詰めてきた。

 振りかざされる二本のブレードは、体格差とスピードから受けきれるものではない。

 ディーノはバックステップでそれをかわすが、今までの形態と比べて格段に身軽な動きをしている。

 おそらく火器も腕も取り払い、装甲も減った分だけ軽量化されて、このスピードが実現しているのだろう。

 しかし、これは逆に剣が通りやすい部分が増えたと言うこと。

 ディーノは再び剣を構えて、鋼の剣闘士に挑みかかった。

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