期末試験 −7−

 ディーノの愛剣よりも長大な刃が、竜巻のように全てを巻き込み斬り刻まんと、駆動音と共に襲いかかってくる。

「なに突っ立ってるんですの!! 早く逃げなさい!!」

 ちょうど敵の背後にいるイザベラが、全く動じずに構えたままのディーノに信じられないと言わんばかりの声を張り上げながら、アルマを振り回す。

『風の大蛇よ! 荒れくるいなさい!!』

 目には目、竜巻には竜巻、烈風を伴うイザベラの鞭が、魔動機械の背中に向かって叩き込まれる。

 しなりを加えた攻撃は生物を相手にするならば、激痛によって動きを封じることも可能だったであろう。

 しかし、相手は痛覚どころか生命を持たない無機質な存在であるがゆえに、イザベラの攻撃は意味をなさない。

「お前じゃ無理だ!」

 ディーノは忠告とともに、剣戟の嵐に自ら飛び込んでいく。

 迫ってくる刃に対してバスタードソードの角度を斜めにした状態で交差させると、二つの刃は火花を立てて滑るように通り過ぎていく。

 力の差で体を持っていかれそうになりながらも、受け止めるのではなく、ずらしていなすことで体をその場に残してさらに踏み込む。

 自身よりも大きな体格と長いリーチは確かに脅威と言えるが、逆にその内側に入り込めば、こっちの攻撃だけが当て放題となる。

 ディーノにしてみれば、先程までの得体の知れない機能を使われるよりも、今の状況の方が格段に戦いやすい。

 大きかろうと速かろうと固かろうと、相手はあくまでも剣士であり、小細工もない剣と剣の戦いだ。

 そして、この相手は人間ではない。

 感情も思考も持たない、単調な攻撃を繰り返すだけのデク人形にくらべれば、カルロの方がよっぽど強敵だと言えた。

 掲げた剣に稲妻が落ちる。

 狙う先は人間で言えば右肩の根元、こいつの装甲はおそらく甲殻類のようなものだとディーノは当たりをつけていた。

 関節を動かすための”継ぎ目”に向けて全力の一撃を振り下ろせば、確かな手応えとともに、その片腕は切り落とされていた。

『緊急脱出機能使用』

 魔動機械の両足から真下へと向けて炎が吹き上がる。

 それは攻撃するための機能ではなく、その巨体を上に押し上げ、この場から離脱させるための機能だった。

『まずいぞ、システムがどこまで生きてるかわからんが、逃せば修復して戻ってくるかも知れん』

 ヴォルゴーレは多少なりとも古の時代を知っている。

 その忠告が正しければ、今度は何を伴ってくるか予想できない上に、別の誰かに襲いかかるかも知れない。

 ディーノが飛行魔術を使おうとしたその時だった。

「させないよ!」

 ディーノたちの周囲にまばゆい緑の光が走る。

 地面にくまなく張り巡らされた樹木の根が、脅威的なスピードで成長を始め、宙を飛ぶ魔道機械の両足を絡め取って動きを止めた。

 ディーノが声のした真後ろに視線を送ると、その上の階層からフリオが床へ向けてマナを送り込んでいた。

 何よりも驚かされたのは、その全身から溢れんばかりの力に満ちたまばゆいマナの光を発していたことだった。

「お前、その力……」

「ディーノ君!! 早くとどめを!!」

 間髪入れずにはなったフリオの声に、ディーノは動いた。

 宙で拘束された魔動機械に向かって飛行魔術で飛び上がり、最後の一撃を見舞おうとしたその瞬間のことだ。

 背後からオレンジに輝く炎のまとった矢のような一撃が飛ぶ、一振りのショートソードが魔動機械の胸元へ突き刺さっていた。

「狙いはそこだ!!」

 フリオのものとは別の声、なぜそこにいたのか、状況がわかっているのか、細かい理屈など関係なく、稲妻の一撃が奴の作った目標へ向かって叩き込まれる。

 突き刺さったアルマを通じて稲妻がその体内へと流れ込んだ魔動機械は、一瞬の沈黙のあと炎を上げながら爆散し、うろたえることもなくディーノは着地してバスタードソードを鞘に戻した。

「……エンツォ様?」

 赤々と燃える炎のコントラストによって描き出された黒い剣士の佇まいに、イザベラはただ一人呆けていた。

 いや違う。

 浮かんだ名前に対して、イザベラはブンブンと首を横に振って否定する中、ディーノは上の階にいるフリオに呼びかけていた。

「どうやってここまで来たんだ?」

「雷が落ちればだいたいわかるよ! それに、カルロ君に途中で会って手伝ってもらったんだ」

 フリオがさらに上の階層を指すと、その吹き抜けからカルロが呑気におどけた調子で手を振りながら、長いロープを下ろしてきた。

「ほら、イザベラちゃんと上がって来な♪ ぶっとい柱に結んであるから、多分大丈夫だよ」

 カルロの呼びかけで思い出し、ディーノはイザベラの方へと歩み寄った。

「助けが来た。先に行け」

 腰を抜かしているようなイザベラへ、ぶっきらぼうな調子でディーノは手を差し伸べるが、当の彼女はぼんやりと自分を見ているだけで、動かない。

「どうした? 怪我でもしたか?」

「えっ……あ、あぁっ! だ、大丈夫ですわ!!」

 反応がないようで、再びディーノが声をかけると、ハッとしたような表情とともにどもりながらも自力で立ち上がった。

 そうしている間にも、フリオが上の階層に登り終わっており、イザベラが登るペースに合わせて、ディーノは飛行魔術でゆっくりと横を警戒しながらほどなくして上へとたどり着いた。

「いやぁ、災難だったね♪」

 カルロのグループは特に大きな被害を被っていないようで、襲われたのは自分たちだけということだろうか。

「戻るか」

 ディーノは短く二人に提案して、計七人で入り口を目指す。

 彼らが帰り着いた頃には、もう他の全員が帰り着いており、結果発表は二日のテスト休みを挟んだ週末と告げられてその日は解散となった。


   *   *   *


「ケトちゃん。今日はとっても疲れましたわ」

 自室に戻ったイザベラは、ベッドの脇に置かれたお気に入りのぬいぐるみに話しかける。

「まさか、あの下民と二人きりになって……」

 遺跡の中で起きた出来事を反芻して行くうちに、心臓の鼓動が早まって行く。

 危機を脱するためとはいえ、薄暗くて狭い場所で抱き寄せられて……。

「わたくしきついことばかり言っていたのに……」

 決して、その言葉遣いは優しいものではなかったが、最後の最後まで見捨てることはなく、襲って来た魔動機械に対して一歩も引くことなく戦い抜いた。

 ふと頭をよぎった剣士とは明らかに違う。

 少なくとも記憶に残る剣筋は、磨き抜かれた宝石のように輝きすらも感じるものだったが、あれは似ているようで違う、一言でいえば獲物を喰らい尽くす飢えた獣のように一度ひとたび戦いとなれば退く事をまるで知らない剣だ。

 だと言うのに、魔動機械を打ち倒したあの時、イザベラの視線はディーノに釘付けだった……。

「はっ……。わ、わたくしは何を考えておりますの!! どうしてわたくしがあのような下民のことを気にしなくてはなりませんの! 絶対に違いま……あいたぁっ!!」

 頭の片隅によぎった考えを必死で打ち消そうとして、イザベラはベッドの上を転がり落ちていた……。

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