巻き起こる波乱
テスト休み明けの金曜日、放課後には各学年の成績順が教室の廊下へと張り出されていた。
一学年につき総勢六十名、それぞれの区域に生徒がごった返しており、自分たちの成績を見て一喜一憂をしている中、ディーノたちもまた例外ではなかった。
テストが行われたのは、国語、外国語、算術、マナ学、生物、魔術薬学、地理、歴史、家庭科、音楽、美術、実技の計十二科目。
生徒のプライバシーを重んじてか、点数の合計までは表示されていない。
しかしながら、闘技祭の選出が成績を基準にしていたように、この学園は生徒間での競争を促している面もある。
「アウローラやっぱりすごーい!」
小柄ゆえに、人が集まるとよく見えないせいか、シエルがぴょんぴょんと跳ねながら順位を見ていた。
上から順に見ていけば、その最上段にアウローラの名前が確認できる。
やはり座学の点では、普段から真面目に授業を受けている秀才に軍配があがるようだ。
一方でシエルは下から数えた方が早かったらしく、四十番代の前半で見つかった。
「ディーノは何番だったんだい?」
カルロが軽々しい調子で聞いて来て、下の方へ視線を移していく。
「二十二位」
「んじゃ僕の勝ち♪ 十三位〜♪ それじゃあ何か奢ってよ?」
「なんでそんな話になる。てめぇで買え」
カルロの唐突な要求をディーノはバッサリと切り捨てた。
一定の水準を保って留年さえしなければ、あとはどうにでもなる。
卒業までに師である魔女ヴィオレからの課題の本質をつかめれば、それで十分というのがディーノのスタンスであった。
一番を取って卒業しろと具体的に命じられたわけでもないし、第一ヴィオレが自分の元を離れるための最後の試練として与えたのだから、そんな単純な話であるなどとはもともと思っていない。
「ディーノ君、意外と低いんだね。闘技祭に選ばれたからもっとすごいと思ったのに」
控えめな口調でフリオが話しかけてくる。
「中間テストより科目多いからだよきっと。だってディーノが音楽とか美術のテストを真面目にやると思うかい?」
横から茶々を入れて来るカルロの言葉に説得力しかわかなかったのか、フリオは納得の表情を浮かべている。
「お前はどうだったんだ?」
「僕は八位」
フリオは興味のあるものだけでなく、堅実に勉強を重ねているのだろう。
「研究会の男子組じゃ一番だね」
「カルロが奢ってくれるとよ」
フリオが上を行っていた事実に即して、ディーノはちょっとした皮肉をカルロに返してやった。
見るべきものを見て退散しようとした時、少し距離の離れた場所に目をやると、苦虫を噛み潰した顔で順位表に視線を送るイザベラの姿が垣間見えた。
よく見れば、アウローラのすぐ下にイザベラの名前がある。
テスト前から一番に固執し、アウローラに宣戦布告までした彼女のことだ。
やはり、ショックは大きいのだろうか。
「やっぱり悔しいのか?」
特別仲のいい相手ではないが、一応、実技の試験ではグループを組んだ関係ではある分、それなりに気にはなった。
声をかけたところで、せいぜい怒りの矛先が自分に向かうだけだろうと予想していたのだが……。
「えっ……。あ、その……き、気安く話しかけてこないでくださいますこと!!」
イザベラは声をかけてきたのがディーノだと認識すると、顔を真っ赤にしながらしどろもどろになりながらも、最後は突き放す態度で立ち去った。
しかし、先日の剣幕をまとった雰囲気とは明らかに違っている。
「ふっふ〜ん♪ まさかまさかねぇ〜♪」
その様子を見ていたシエルが、いたずらっぽい表情を浮かべながらディーノの隣にやって来る。
「部長めいれーい!! 学園七不思議研究会、今日の活動は全員参加でお茶会ね♪」
シエルは生徒が集まっている廊下であるにも関わらず、大声で全員に呼びかけ、この後教師に注意されたのは言うまでもない……。
* * *
テスト直後ということで実技の授業もなく、集まった五人だが、シエルがなぜにこのような行動に出たか、ディーノにはわからないでいた。
「いやぁ、あんなの見ちゃったら気になるんだよねー。ズバリ、イザベラと何があったのか♪」
「別に大したことじゃねぇよ、二人で一番下まで落ちて戦っただけだ」
そう、それ以上でもそれ以下でもない。
むしろ、危機的な状況に陥っただけで、シエルが期待しているようなことなど何一つないというのがディーノの見解だった。
「あたしもさぁ、フリオ君がもしも女の子だったら結構危なかったと思ってるんだけどさ、事実は小説より奇なりっていうか、もう誰がこんな展開予想したよっていうかさ」
「だから何が言いたい?」
真顔で問いただすディーノに対して、カルロもフリオも、そしてアウローラの表情までも穏やかでない。
「ほら、アウローラも何か言ってやりなよ♪」
半分は面白がっているような顔で、シエルはアウローラに話を振った。
「い、いえ、わたしはそんな……」
「強力なライバルが出現したんだよ? うかうかしてると取られちゃうかもよ?」
シエルの話ぶりからして、どうやらアウローラとイザベラの浅からぬ縁が関わっているしいことまでは、ディーノにも推測できたのだが……。
「何のことだ? アウローラとあいつはもともと一番争いしてるようなもんだったんだろ?」
「だーっ!! もう、わざと言ってないよねそれ!!」
苛立ちをストレートにぶつけて来るシエルに対して、ディーノはその理由を全くと言っていいほど気づかない。
(わけ分かんねぇ……)
内心では辟易しながらも、紅茶を口に運ぶディーノ。
だが、この場にいる誰かが予想のつく本当の理由を口で説明したとして、ディーノが理解できる可能性は低いと結論づけざるを得ないだろう。
「ディーノさんが気づいてないなら、今は言っても仕方ないです。でも、わかるようにならないと、この先きっと苦労しますよ?」
表情こそ笑顔だが、アウローラの言葉にはどこかトゲがあるように感じる。
やはり、本人たちにしかわからない軋轢があるのだろうか?
「それはそれとして、ディーノさん。明後日の日曜日、二人でお魚を釣りに行きませんか?」
「二人? 全員じゃなくていいのか?」
ディーノは他の三人を見ながら、アウローラに聞き返すが、シエルたちは別に不満を抱えているどころか、妙に生暖かいとすら感じる視線をディーノとアウローラに送っていた。
「別にいいけどよ。退屈じゃねぇのか?」
「そ、そんなことないですよ」
誤魔化すようなアウローラの口調だったが、心なしか嬉しそうにも見える。
「今度は別の場所に行こう。街を出ないでベルティ川のあたりなら朝遅くても大丈夫だ」
ならば、退屈はさせないように考えるのは自分の役目だろうと、ディーノは察した。
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