ディーノ達の休日 −4−

 王都と言うだけあって、ロムリアットの港は漁船や連絡船だけでなく、大きな客船の出入りも多く、人の往来も激しい。

 ディーノが初めて足を踏み入れたのも、あの港からだ。

 そこから少し離れて、街中を流れるベルティ川の下流でディーノとアウローラは釣り糸を垂らしていた。

 海から流れ込む汽水域では、湖とは違った魚が釣れる。

 天気は快晴、流れも穏やかでゆったりとした平穏な時間だった。

「退屈じゃねぇのか?」

 隣にいるアウローラに、ディーノは素朴な疑問をぶつける。

 毎日大量に獲物が手に入るわけではない、その日の天候だけでなく、場所や時間によって左右される上に、時間を費やしたわりに成果も出ないことも珍しくない、釣りとはそう言うものだ。

「だったら最初から言い出しませんよ。えいっ!」

 疑似餌ルアーを投げ込みながら、アウローラは笑顔で答えた。

 そこには一点の曇りもなく、自分のすることに対して迷いも疑いもない。

 なぜ、わざわざ自分から誘うような真似をしたのだろうか?

 二人きりのこの状況で、ディーノは気の利いた言葉一つ出てこない。

 今まで、いつだって、アウローラに楽しいと思わせるような話の一つもできた試しだあっただろうか?

 だからと言って、カルロのように失礼な領域に入りそうな内容を臆面もなく言い放てるようになりたいとまでは考えないが、シエルとのやりとりを見てるとそれほどの悪感情は湧いてこない。

(あぁはなれねぇだろうな……)

 冷静に考えれば、いわく”くされ縁”と言う過ごした時間のなせる技だ。

 互いに気心が知れていて、遠慮なく本音をぶつけ合うことで成り立つ関係。

 シエルは恋人じゃないと否定するだろうが、少なくともクラスメイト、友達、そんな一言で片付けられないのは、知り合って数ヶ月のディーノが傍目に見ていてもわかる。

 なら、自分自身アウローラのことをどう思っている?

 再会を果たした想い出の女の子、そして今の彼女のことも好きだと言う気持ちに偽りはない。

 だけど、そこから先に踏み込んでいける自信があるかと言われると、答えあぐねてしまう。

 学生である今は対等でいられても、その先は?

 卒業して、大人になって、次第に自分との接点はなくなって行くのではないか?

 誰もが楽しくなれるような昼下がりの空であるにもかかわらず、ディーノの視界には断ち切れることのない暗雲が見える気がした。

「ディーノさん、引いてますよ」

 アウローラの声が聞こえるまで、上の空だったディーノは慌てて竿を上げるが、あっけなく逃げられてしまった。

 幸い糸が切れたわけではなく、針から外れただけで疑似餌ルアーは無事だ。

「あの、迷惑でしたか?」

 リールで糸を巻き切ったアウローラは、不安げな顔でディーノを見つめてくる。

 それは、ディーノの知り得ない後ろめたさを告白するような目。

 ディーノは首を振って彼女の言葉を否定する。

 少なくともアウローラのせいではなく、自分自身の奥深くを見ていった結果だ。

「そんな顔させたいわけじゃないんだけどな……」

 少なくとも、アウローラは楽しみたいから話を持ちかけたはずなのに、それを台無しにしてしまうわけにはいかない。

「でも、ディーノさん……。出発するときからあまり元気がない気がして。イザベラさんと一緒の方よかったですか?」

「はぁ!?」

 唐突に出てきた名前に、ディーノが別の意味で表情を変える番だった。

「なんであいつの名前が出てくるんだよ? シエルもそうだったけど、それこそ俺にはさっぱりだ」

 ディーノにとっては疑問しかわかない。

 確かに、今まで描いていたイメージとは全く違うものをここのところで発見したことは確かだが、それ以上でもそれ以下でもない。

「お前がどう思ってるのかわからねぇけど、俺はあいつとお前が仲良いと思ってるし、別にそれが嫌ってこともない」

 単に仲の悪い相手と接点ができて、アウローラはそれが嫌なのではないかとディーノは結論づけていた。

「違いますよ。ただ、わたし……やっぱりあの時と変わらないダメダメでしたね」

 アウローラは苦笑いを浮かべて、やんわりと否定する。

 ディーノはまだ、その真意を気付けるほど聡くはなれなかった。

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