金色の影
「わたしって……ずるいんです」
釣りを再開し、
「どこがだよ?」
おおよそかけ離れたその例えに、ディーノは疑問で返すしかできない。
自分が見る限り、アウローラを慕っている人間は多い、不正を許すような人柄なら、委員長という立場に関しても誰かが不満を漏らすだろう。
高い身分の者を贔屓してマクシミリアンのような身勝手さを許容することもなく、フリオを救った時もクラスの面々を説得したように他人をあざけることもない、公明正大とは彼女のためにある言葉だとも思える。
それは、ディーノの知りえないところで積み重ねた結果とも言えよう。
「初めて会った時、わたしは名前を明かせませんでした」
「それは……、知られちゃまずい時もあるだろ」
貴族という身分から、忍んで旅行にきていたと考えれば、十分つじつまの合う話だと言うのがディーノの見解だったし、それ以前に思い出したのはつい最近のことで、今さら咎めようなどという気にはならない。
「それだけじゃないです。わたしは嫌われないように、みんなの前でいい顔をしているだけ、だから委員長になった時も率先して、困っている人がいるなら助けたし、優等生として頑張ってますって」
もがきあがくように、悪く言えば病的に自分を良く見せようとしていたと言う、そんな不純な自分を責めるかのように言葉を続ける。
「本当のわたしはもっと疑り深くて……、今日だって本当はディーノさんの気持ちがイザベラさんに向いてるんじゃないかって、わたしだけを見て欲しいから、誰にも邪魔されたくないから、そんな自分勝手な思いの方が強かったくらいです」
アウローラは自責の念に囚われているように言葉を吐き出す。
人の心は決して綺麗なものだけで満たされているということはない。
それはどんな人間でも例外ではなく、否定したくなるほどのどす黒く醜い面も必ず持っていて、アウローラはそれを極端に恐れているように思えた。
「お前のどこがずるいんだよ?」
押し黙ったアウローラに対して、ディーノはざっくばらんに言葉を返す。
「本当にずるい奴は、そんなこと言わねぇよ。周りにいい顔しながら心の中ではほくそ笑んで、いかに相手を手の平で踊らすかって考えを巡らせる」
醜い心を否定していることは、逆に言えば高潔でありたいと理想を高く掲げていることにつながる。
影がくっきりと見えるのは、強い光を求めることでもある。
「俺はな、人間なんてみんな大嫌いだったよ。自分と違うって理由だけで平気で罵る、あざける、騙す、踏みにじる、そして殺す。不吉だ、悪魔だ、神に代わって、神の裁きを、魔女を燃やせってな」
「それって……」
ディーノが話しているそれは、アウローラの知らない八年間かそれよりも前の記憶だと嫌でもわかる。
そしてそれが、学園に来たばかりのディーノを形成していたものだという事も。
「でも、あれだけは捨てきれなかった……、アーちゃんからもらった指輪だけは」
自分自身をどこまでも黒く塗りつぶし、人間を食い尽くす怪物になろうとしても、金色に輝く思い出だけはなくならなかった。
「八年前のあの時も、学園に来たばかりの俺を気にかけたのも、あの野郎に向かって怒ったのも、それは全部嘘か?」
いつぞや言われた事に似せた言葉でディーノは返した。
自分の本性が醜いと否定するのなら、その全てが打算でできていたのかと。
「お前が上っ面の嘘だって思ってても、それに救われてる奴は少なくともここに一人いるぞ?」
誰がなんと言おうとも、それがディーノにとっては嘘偽りのないアウローラの姿だった。
「俺だって、人と話すのは下手で、戦うことしか取り柄がなくて、こんな自分がアウローラと釣り合うなんて思ってねぇよ。だから俺はアウローラみたいに誰かを助けられる、頼られるようになりたいと思ったんだ。それがきっとお前が描くディーくんに繋がっていくって信じたいんだよ」
本当ならば、口に出すべきではないと思う。
それでもアウローラが自分に向かって、本当は胸にしまっておきたい事を告白されるのなら、せめてこっちも同等の対価くらいはと、意を決して口に出していた。
二人の間を沈黙が支配する。
ゆったりと川のせせらぎだけが、時とともに流れていく。
「と、とにかく。もっと周り見ろよ。俺じゃなくても、シエルとかカルロとか、頼りになる奴いっぱいいるだろ!」
ディーノは自分の言ったことが気恥ずかしくなってしまい、慌ててリールで釣り糸を巻き直す作業に戻りながらも、ちらりとアウローラの横顔を見ると、ディーノの目には信じがたいものが映っていた。
「俺、悪いことしたか?」
アウローラの目端から一滴の雫が流れ落ちている光景に、ディーノは不安と驚きを隠せないでいた。
「そんなんじゃないです……。ディーノさんがどんなに違うって言っても、ディーノさんはディーくんです。だから、そっくりそのまま同じこと返しちゃいます♪」
涙を拭ったアウローラが、満面の笑顔で自信満々に言い放った。
「わたしは、ディーくんに釣り合う女になりたいんです♪」
「勝手にしろよ……」
「しちゃいますっ♪」
日が沈み始めるその時まで、二人はほとんど話すことはなかったが、ゆっくりとした時の流れの中を楽しんでいた。
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