学園一残念な同盟
期末試験も終わって週が明けると、クラスは二週間後に迫った夏休みに向けて賑わい始めていた。
赤点を取って慌てふためく生徒も一部見受けられたが、大半は問題なく進級が確定しており、まだ学期も終わっていないと言うのに、休みを満喫するための指針を立てている声がちらほらと聞こえて来る。
だが、そんな中で学業では支障がなくとも憂鬱な生徒もいる。
(……ブチちゃんのことどうしましょう?)
イザベラは、こっそりと世話をしている野良猫を頭に浮かべながらため息を一つついていた。
夏休みに入れば、自分は家に戻って学園での成果を家族に報告しなくてはならず、そうなると世話をする人間がいなくなってしまう。
なら堂々と家に連れて行ったとしてどうなるか、想像を巡らせる。
『そんなものにうつつを抜かすから、一番を取り逃がすんだ』
『ヘヴェリウス家の人間ともあろうものが、薄汚れた猫など飼うものではない』
一番を取るために、邪魔なものは全て切り捨てることを強いられる。
親からの身勝手を押し付けられる息苦しさしかない場所に、大切な愛猫を連れて行くことなど言語道断だった。
なら誰かに世話を頼むか……。
イザベラはその秘密を知っている二人の男子を頭に浮かべると、教室にいる彼ら向けてさりげなく視線を送る。
フリオの方は性格的に人畜無害で問題はなさそうだが、そんなことを気軽に頼めるほどの接点は全くないし、流石に図々しい……。
そして、ディーノの方へ視線を向けた時、イザベラは自分の異変に気がついた。
特に何をしているわけでもない、だがその横顔を見ているとそわそわと落ち着かなくなって来る自分がいる。
あんな風に黙っている分には整った顔立ちで、同じ年のクラスメイトたちとは明らかに違う、今まで見てきた男子が子どもに見えるほどの精悍ささえも感じる。
期末試験の時までは、ディーノのことは自分の目ではっきりとしたことを見てこなかった気がする。
良くも悪くも目立つ姿をただ遠目に見ていただけだったのに、ここしばらくで劇的な出来事が起こりすぎていた。
「イザベラさん、どうかしましたの? ずっと窓の方を見て」
「ふぇっ!?」
いきなり声をかけられて、イザベラは飛び起きたように反応する。
視線の先には同じ貴族出身のクラスメイトの女子が三人ほど固まっていた。
「な、ななななんでもありませんわ! な、夏休みまでこの天気が続いたらいいなぁって、あはははは」
慌てて取り繕っているのは、きっと誰でもわかってしまったことだろう。
「ミネルバさん、ヒルダさん、ファリンさん。なにかご用事でも?」
イザベラから見て真ん中に立っているのは、ウェーブがかかった灰銀のロングヘアーが特徴的でどこかアウローラと似通った雰囲気のある女子がミネルバ。
両隣には背が高めで青みがかったショートヘアと相待って活動的な印象を与えるヒルダ、濃い目の茶髪を三つ編みでまとめた本好きのファリン。
ここのところまともな会話をした記憶がほとんどなかったことで、驚きは倍増している。
しかし、気になる事が一つだけある。
ここ一ヶ月近く、マクシミリアンが捕まってからと言うもの、こうしてクラスメイトが話しかけて来ることが目に見えて減っていたはずだ。
自分がそうだったように、伯爵家の自分に対して打算でも付き合う価値がなくなったのだろうと割り切っていたのだが、今更になって何かメリットでもできたのかとイザベラは邪推する。
「ふふっ、さっきの反応、イザベラさん以外と面白い人ですのね」
「からかわないでくださいな……」
普段なら見せないだろう取り乱した様を見てミネルバが笑う。
「実はあたしたち、イザベラさんに謝りたくってさ」
自分たちが意図的にイザベラたちを無視して遠ざけていたことを、ヒルダが告白し、三人揃って頭を下げてきたのだ。
「別に、気にしてはいませんわ。わたくしだって理由はどうあれ彼を咎める事もありませんでしたから、報いといえば報いですわ」
そう返したイザベラに、三人はさも意外そうな顔を突き合わせていた。
自分は果たして彼女たちにどんな風に思われていたのか、改めてそんな表情をされるとさすがに気になってきた。
「いえ、てっきりイザベラさん。マクシミリアンと付き合っていたから、アウローラさんのことも嫌いだったのかと思って」
「違いますわよ。あの下民といい、そんなイメージだったのですか?」
「だってねぇ……」
「第一わたくしがアウローラさんの立場でも、あの手この手で破談に持ち込みたくなりますわ」
きっぱりと言い放った。
確かにアウローラに対しては複雑な思いが渦巻いているが、だからと言って嫌な目に遭わされているのを見て楽しむような神経はしていないつもりだ。
「それじゃあ、さっきからあの人を気にしてたのも、嫌いだからじゃないんだね」
三人の中でも一番地味そうなファリンが、控えめな調子で質問してきたことに対して、イザベラは言葉を失った。
そして、一瞬の間を置いて、耳から蒸気が吹き出そうなほど真っ赤な顔を膨らましていた。
「だ、だだだだ誰があんな下民のことなんて」
「わたし、ディーノ君だって一言も言ってないよ?」
さっきから妙なペースにハメられている気がする。
このファリン、一見ぼーっとしているようで、なかなかの策士だ。
幸い、クラス中がガヤガヤと騒がしいから気づかれていないが、少なくとも目の前の三人には丸わかりだった。
「イザベラさんって、思ったよりかわいい人ですね」
「おだてても何も出ませんわよ!」
柔らかく笑うミネルバに対して、イザベラは疑義の感情が抜け切らずにそっけなく返す。
「疑われてもしょーがないか。アウローラさんにガツンと言われるまで、あたしらも悪いことしてるって気づけなかったんだから」
「そう……アウローラさんにね」
ヒルダの口から彼女の名前が出てきて、少しばかり沈んだ気持ちになる。
一方的に感情をぶつける自分は、むしろはた迷惑だと思われてもおかしくないはずなのに、そんな自分に対する嫌がらせを行った人間に対しても毅然と正すことのできる様は、同時に自分はこうはなれないと思い知らされる。
「道は険しい恋ですねぇ」
そんなことを考えていると、ミネルバがとんでもない一言をイザベラに言い放った。
「ずばりこれは、恋愛小説でよく見る三角関係……燃える」
ファリンは、どこから取り出したか分からない分厚い小説を開いてページをめくり出す。
「じゃあ四人で同盟結ぼっか? 名付けてイザベラの恋路を見守ろう同盟」
「あなたたち絶対面白がってますわね!!」
当の本人をそっちのけで盛り上がり出した三人に、イザベラの言葉は届くことはなかった。
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