実地訓練 −3−

 ディーノは、自分たちを取り囲むルーポラーレに対して剣を抜いて構える。

 群れを成したそいつらの数は、視認しにんできるだけで七匹、しかしこれで全てとも限らない。

 個体数が多いと言われているくらいなのだから、目の前にいるだけを撃退げきたいしたとしても、根本的な解決になるか分からない。


 魔獣まじゅう、はるか二千年前『古代ロンドゴミア帝国』が栄えていた時代、すでに記録が残されていると言われているが、いつから存在しているのか? なぜ普通の動物と魔獣が存在しているのか? なぜ人間を襲うのか?

 今日も学者が幾年月いくとしつきの研究を重ね、幾千万いくせんまんの論文を発表しながらも、確実な真実にたどり着いてはいない。

 一つだけ確かなことは、魔獣たちは宝石を核に肉体を顕現けんげんする、言ってみればマナのかたまりだと言うことだ。


 宝石は乗り物や町の施設に利用される、古の"魔動機械まどうきかい"の動力源として使用されている。

 崩壊ほうかいした帝国の遺跡いせきから発掘はっくつされた魔動機械をゼロから作り出すことこそ叶わないが、修復し、再現し、再び起動させることまでは長年の研究が可能にした。

 都市部ではそれにより、便利な生活が平民にまでも浸透しんとうしている。

 故に宝石は高価で取り引きされ、魔獣狩りを生業とする傭兵の仕事が成り立つ。

 だが、例外なく人間を襲うと言う習性がある以上、決して安定した供給を実現する存在とは言えなかった。


「ちっ、面倒が増えやがった」

 口論をしてる間に、ここまで敵の接近を許してしまったのは迂闊うかつだった。

 敵は体長一メートル前後、そこまで大きくはないが、スピードと小回りで獲物をかき回し、ジワジワと痛めつけて狩ることを得意とするタイプの魔獣だとディーノは推察すいさつする。

「細かい話は後にしよう。今はこいつら倒すのが先」

 カルロの両手にはそれぞれ、全長の短い片刃の剣が握られるのと同時に、全員が武器を構えた。

 ディーノの真正面で飛びかかる体制を取っていたルーポラーレたちは、ひるむことなく地面を蹴り、三匹まとめて飛びかかってくる。

 獲物がどう動こうともおかまいなしに、ルーポラーレたちは狩りに移ったのだ。

 右の一匹は大きく口を開けて、ディーノの右肩を狙い、左側の一匹は爪を伸ばした右前足を振りかぶる。

 だが、ディーノは焦ることなく体を後ろにそらすだけで右の一匹の攻撃をかわし、勢いあまって左側のルーポラーレに激突する。

 そして、左右の攻撃に怯んだすきを突こうとしていたのだろう前方の一匹が、大顎を開いて飛びかかって来る。

 ディーノは剣先を突き出すと言うよりはように正面に向ける。

 勢いをつけてジャンプしてしまったが故に、止まることも切り返すことも叶わず、その大口をディーノが持つ白刃はくじんが貫き通していた。

 倒された一匹は肉体が光の粒となって、青い宝石を残した。


「ディーノさん!」

 アウローラが駆けより、体勢を立て直して攻撃体制に入った二匹を槍でけん制する。

 リーチの長さから、必然的にアウローラはディーノよりも敵との距離を取ることができる。

 森というフィールドでは最大限に活かせる場所は限られるが、位置どりを誤らなければ、爪と牙しかない相手よりはアドバンテージを稼げるのは明白だった。

 一匹目が難なく殺されたことで危険を察知したのか、彼女を狙って飛びかかってくる。

 だが、アウローラは動じることなくディーノよりも前に出て、呪文を紡ぐ。

『光よ、壁となれ』

 その瞬間、アウローラとルーポラーレの間に光がガラスのように収束し、それに触れた一匹が数メートル先にあった木まで吹っ飛ばされた。

『光よ、射貫け』

 さらにアウローラの詠唱は続き、槍の穂先から直線に走った一筋の光が、もう一匹の頭を貫く。


 彼女が行なった魔術を、ディーノは理解できなかった。

 アルマというカードが変化した武器で発動する形態の魔術など、師からは聞いていない。

 アンジェラの実演を見ても半信半疑だったが、こうして目の当たりにしてみれば信じるしかなかった。

『それに、カードを使ってない人も』

 ディーノは船で会った子供が言っていたことを思い出す。あれはこの事を話していたのだ。

 そして、アウローラたちの使う魔術がこちらでは一般的に知れ渡っているということだ。

「みんな耳塞いでて!」

 シエルが周りに警告しながら、魔術を発動させる体制に入った。

『どこまでも響け! あたしの声』


「わあぁっ!!」


 ワンドの先端に口を近づけて出された声は、周囲の木々を揺るがし、そのまま聞いた相手の鼓膜を破り失神させかねないほどの爆音と化していた。

 残り四匹のルーポラーレは、シエルの口撃を受けてそのまま倒れこみ、ピクリとも動かずに宝石となっていた。

「へっへへーん♪」

 上機嫌でポーズを取るシエルだったが、ルーポラーレに混ざって倒れている影がすぐそばにいた。

「こ、この距離からはきつい……」

 水辺に打ち上げられた魚のように、カルロがピクピクと小刻みに震えながら横たわっていた。

 三人はその様に呆れつつも、ひとまず、ルーポラーレを倒した戦果として七つの宝石をかき集める。


「宝石は私が持ってますね」

 そう切り出すアウローラを特に止める理由はなかった。

 今までのことから、少なくとも横からかすめ取って自分のものにするような真似をする人間ではなさそうだと、ディーノも口には出さないが納得していた。

「あとどれぐらい狩ればいいのかなー」

 シエルが気楽な言葉を漏らす。

 今いる周辺の敵がもういない、そう安心し切っていた。

『まだ気を抜くのは早いぞ!』

 目が覚めたようなヴォルゴーレの警告が頭に響き、正面の茂みから突如大きな影がディーノめがけて飛び出してきた。

 身構える間も無くその影は、ディーノに激突して押し倒すような形になる。

「は、はぁっ……はぁっ!」

 荒い息遣いをするその影の正体は、自分たちと変わらない年頃の人間の少年だ。


「なんなんだ一体!」

「ごっ! ごめんなさい!」

 少年は慌てふためきながら頭を下げる。

 シエルより少し高いが、男にしては小柄な背丈、若干目線が隠れるくらいまで伸びた髪は黄土色に近く、孔雀石のように深い緑の目以外に顔つきは目立った特徴がなく、群衆の中に紛れてしまいそうな雰囲気だった。

 体のいたるところに霜がこびりついており、先ほどまで雪山の中にでもいたような風貌になっている。

「いいからどけ」

 ディーノが鬱陶しげに口を開くと、少年はようやく自分の体制に気づいたようで、わたわたしながら立ち上がった。


「えーと、確か……ジュリオ君!!」

「フリオです」

 シエルが呼んだ名前を、少年もといフリオは消え入りそうな声で訂正する。

尋常じんじょうではない様子ですけど、何かあったんですか?」

 アウローラが尋ねると、フリオは思い出したように顔を青ざめていた。

「そ、そうだ! 早く助けを呼ばないと! すっすごく大きな魔獣が出て、僕たちのグループはみんなバ、バラバラになって、にに逃げてきたんだ!」

 よほどの恐怖を味わわされたのだろうと、上ずったフリオの口調で一行は察した。

『……フシュルルゥゥゥゥ』

 ぞくり、とするような呼吸の音が、フリオの背後から発せらせる。

 寒冷地で流れる煙のような白さを持った冷気が、ディーノたちの周りに立ち込め始め、気温が心なしか下がってきたと肌が感じ取る。

 そして、立ち並ぶ木々の向こうから、のっそりと大きな影がこちらへと近づいてくるのをディーノの両目は捉えた。

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