実地訓練 −2−

 声をかけてきたクラスメイトと一緒にいるのは他に二人。

 一人は先ほどまで共に呼び出しを食らった、子爵ししゃくの息子らしいベルナルドまではわかった。

「誰だお前は?」

「僕を知らないとは、焔星ほむらぼし魔女まじょは相当な僻地へきちきょかまえているようだね。僕の名はマクシミリアン・ロックス・ブルーム。ブルーム公爵家こうしゃくけの一人息子だ」

 ディーノは尊大そんだいな自己紹介を聞かされ、こいつもわきにいるベルナルドと同類どうるいかと即座そくざ理解りかいした。

 いや、ベルナルドの挙動きょどうを見るかぎり、このマクシミリアンの方が上の立場なのだろう。

 それはさながら、犬とぬしと言ったところか。


「その公爵家の一人息子が俺に何の用だ?」

「君の師匠ししょう礼儀作法れいぎさほうというものを教えそこねたようだね? まぁいい、野良犬のらいぬしつけるのも貴族きぞくの役目だ。アウローラの手をわずらわせることもない」

「どういう意味ですか?」

 マクシミリアンの物言いに、アウローラの顔つきが変わる。

 歴史をけなした時とはまた違う、外から見た平静へいせいさを崩さないようにつとめているが、心の奥底おくそこで燃やすような静かな怒りをディーノは感じた。


「平民の女子、地方の貧乏貴族、きわめ付けはどこの馬の骨とも知れない下民げみん、君はもっとり合う身分の人間と関係を深めるべきだと思わないのかい?」

「あなたにとやかく言われる理由はありません。みなさん、早く行きましょう」

「だったら勝負で決めないか? 黒髪くろかみの君」

 話を打ち切ろうとするアウローラだったが、マクシミリアンはディーノに再び矛先ほこさきを戻す。

「僕たちと君たちで、どちらがより多くの魔獣まじゅうれるか。僕たちが勝てば、アウローラを束縛そくばくするのはやめてもらおうじゃないか」


 何を言っているのか、ディーノは本気で理解できなかった。

 この金髪きんぱつを自分が? むしろ欝陶うっとうしいと思っているのはこっちの方だというのに。

 面識めんしきもない相手から、一方的にうらみを買われる理由も売られた喧嘩けんかを買う理由もない。

「くだらねぇ……。貴族の内輪揉うちわもめなら勝手にやってろ」

 ディーノはそうて、背を向けて一人で歩き出す。

「ま、待ってよディーノ! 一人じゃ危ないって」

 シエルの言葉に続くように、アウローラとカルロも後を追った。

 木々の間をける風が、置き去りにされたマクシミリアンたちをせせら笑っているようだった。


「くっ……。生意気なまいきな口を……僕を誰だと思っているんだ!」

 挑発ちょうはつすれば乗ってくるだろうと、マクシミリアンはんでいた。

 だが、その予想よそうとは裏腹うらはら家柄いえがらの差も、アウローラの存在も、ディーノの心をきつけることはなかったのだ。

 ディーノが自分たちを見ている目つきは、敵意てきいどころか関心かんしんさえもない、路傍ろぼうの石に対するそれだ。

 そして何よりも、こうべれるべきであることも理解しない、無礼者ぶれいものがアウローラの近くにいる事が彼をより苛立いらだたせた。


「ま、まさかまったく乗ってこないのは想定外そうていがいでしたわ……」

 そして、横で見ていたイザベラは見事みごとなまでに見当外けんとうはずれだった結果けっかに対し、眉間みけんにシワを寄せていた。

「こっ! こうなれば、どのグループよりも突出とっしゅつした結果を出してやるまでですわ! 行きますわよっ!!」

 もはや、誰に対するものでもない対抗意識たいこういしきを燃やすイザベラは、他の三人を置いて行きかねないいきおいでけ出していた。


   *   *   *


 ディーノは周囲の殺気さっき警戒けいかいしつつ、森の奥へと向かってを進めていた。

 そのすぐ後ろを、アウローラたちが付いてくる。

「ディーノさん、一人では危険きけんです。私たちもいますから」

 アウローラが片腕かたうでをつかんで、先走さきばしるディーノをいさめるが、足を止める様子はなく、むしろ早めていた。

 魔獣狩り程度なら、師匠との修行で数え切れないほど経験けいけんしているし、わざわざ他人の手を借りる必要など感じない。

 そもそも、面倒な因縁いんねんをつけられているのに、原因げんいん一端いったんである相手にいい顔などできるはずもない。

 自然とディーノの態度は拒絶きょぜつの意思を強めていく。


「あの……、やっぱり迷惑めいわくですか?」

 どんな答えが返って来るか、わかっているのかいないのか、それでも何かに期待きたいしているようなアウローラの問いかけ。

 理解できない。

 何をもとめる? 何をほっしている? なんのとくがあってまとわりついて来る?

 もう限界げんかいだった。

「一人で充分じゅうぶんなんだよ」

 足を止めて彼女に向き直り、その目を見て、端的たんてきに、冷たく、かわいた声で、アウローラに言い放った。

「お前だけじゃない。そっちの二人も、さっきの奴も、どうして俺にいちいち構う? つっかかる? 俺は目的を果たすためにここへ来ただけだ。面倒ごとに振り回されるのはごめんなんだよ」

 今日の朝から腹の底にめ続け、ぐらぐらとえたぎらせたみにくい怒りが口からき出した瞬間だった。

 おとずれるのは沈黙ちんもく、冬のんだ空気さえもどんよりとにごらせ、聞いた相手の心を押しつぶすようだ。

 アウローラの表情がしずみ、つかんでいた手を放した。

 ディーノは仏頂面ぶっちょうづらのままだったが、安堵あんどしたように小さく目尻めじりが動き、再び森の奥を目指めざして体の向きを変えた時だった。

 右のほおに指で突かれる感触かんしょくがした。


「はいそこまでねー♪」

 カルロが気づかぬうちに背後に回り込んで、ディーノが向いた先に人差し指を突き出していたのだ。

「なんの真似だ?」

 火がついたようにディーノの目つきが鋭さを増す。

「女の子相手に言いすぎじゃない? いくらなんでもカッコ悪いよ?」

 ぎりっ……と歯噛はがみする音が聞こえて来そうなほどに、ディーノの怒りがカルロへと矛先を変えて再び燃え上がる。

「当たり散らすのはディーノの勝手だし、僕やマクシミリアンにだったら別に怒ってもいいさ? だけど、アウローラちゃんもシエルちゃんも、初めて会った君をもっと知りたいから、こうして一緒に来たんだ。そう言う気持ちをんであげるのが、甲斐性かいしょうのあるいい男ってもんだよ?」

 カルロはウインクしながら自信ありげに、雄弁ゆうべんにディーノへ語る。


 別に女に好かれたくてここにいるわけでもない。

 軽薄けいはくなすけこましの言い分なんかと、一蹴いっしゅうしてしまうのは簡単なことだ。

「その目的ってやつが何なのかはわからないし、無理に聞こうとも思わないさ。

 でも、そうやって誰も彼もにイライラをぶつけてると、それを果たしてもずっと一人ぼっちだよ?」

 ディーノの鼻先はなさきに指を立てながら、カルロはニヤリと笑う。

 自分でも知り得ない、心中しんちゅうの何かをつかんでいると言うような、意味深いみしんな笑みだ。

「お前に、俺の何がわかる……。こわされるくらいなら、一人の方がマシだ」

 心の奥底にふうじ込めていた、思い出したくないものをり返されていく、ざわざわとした不快感ふかいかんが、ディーノの中で渦巻うずまき始める。


 ……がさがさっ!

 ひたすらによどみ続ける空気を、不穏ふおんな物音がかき消した。

『ぐるるるる……』

 静かに、そして一つではない折り重なったうなり声。

 それはディーノたちが頭のすみからも追いやり、忘れかけていた存在。

 しげみの中からゆっくりと姿を表す、雪のような白い毛におおわれた四本足の殺意さつい

「……ルーポ……ラーレ」

 今にも飛びかからんときばをむくそいつらの名を、シエルがどもりながら口にした。

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