失われる稲妻

 ディーノがび去った初等部校舎しょとうぶこうしゃのグラウンドには、ただ沈黙ちんもくだけがのこされていた。

 黄昏時たそがれどきの中で、アウローラとイザベラ、そして初等部の生徒と教師のまわりはソルンブラとバレフォルがかこんでいる。

 特定とくてい個体こたいたおさなければ、かげ媒介ばいかいにしてえ続けるソルンブラと、ディーノとの戦闘せんとう手傷てきずっていると思われるが、自分たち二人でこの状況じょうきょう打開だかいできるのだろうかと、アウローラは考えられる手を頭の中で模索もさくする。

「いったいディーノになにをしたんですの!!」

 手元てもとむちかまえたイザベラが、バレフォルに食ってかかる。

『ちょっとしたおくり物さ。過去かこと言う名のね』

「だったら! この場で成敗せいばいして差し上げますわ!!」

 イザベラは間髪かんぱつ入れずに風をまとった鞭の一撃を飛ばす。

 自身じしんをディロワールにされたあさからぬ因縁いんねんが、イザベラをうごかしていた。

 大蛇だいじゃとなった鞭の攻撃がソルンブラごとんで、バレフォルへとおそいかかる。

 だがバレフォルは動じずに指を鳴らし、小さな火花を飛ばした。

 火花が鞭に接触せっしょくした瞬間、大蛇が炎に包まれてイザベラたちに矛先を変えてしまう。

『「ウォーター」「凍結フリーズ」「射撃シュート」”氷結の矢アイシクルアーチェリー”』

 アウローラが、ブリュンヒルデから水の魔術を発動させ、無数の氷の矢が大蛇の炎を消し飛ばす。

「イザベラさんは、風を使わずにサポートをお願いします」

 風のマナでは火のマナの力をかえって強めてしまい、相性が悪すぎる。

 アウローラがイザベラより前に出てやりを構え、バレフォルをまっすぐに見据みすえる。

『いやぁ、こわい怖い。二人ともせっかくのかわいい顔が台無だいなしじゃないか』

「あなたは、なにが目的でこんなことをり返すのですか? そもそもディロワールとは何者なのですか?」

 だが、アウローラのいにたいする返答はない。

「アウローラさん。問答など無用ですわ! まともに答えるわけないですもの!」

 イザベラの言葉に後押しされて、アウローラはバレフォルへ一気につめ寄り槍の突きを見舞う。

 その突きをバレフォルは左へのサイドステップでなんなくかわしたかに思われたが、その先にはイザベラの鞭が待ち構えていた。

 相手がかわすのを布石に入れた上での二段攻撃をバレフォルは高く跳んでかわす。

『「ウィンド」「加速アクセル」「浮遊レビテーション」”疾風の翼ゲイルウィング”』

 だが、さらにその先へアウローラが飛行の魔術を発動させて先回りし、槍の一撃が空をいだ。

 げ道をつぶしながら繰り出された攻撃こうげきはついにバレフォルの体をとらえた。

 バレフォルはバランスを崩し、かろうじて着地するものの、その片膝かたひざを地面につつき、同時に指を鳴らした。

 空中からの追撃ついげきを狙ってアウローラが滑空かっくうしたその瞬間、さらに上からの衝撃でその体が地面に落ちてゆく。

 その正体は、一匹のソルンブラだった。

 バレフォルはあの一瞬で、呼び出す場所をアウローラの上に設定して、ソルンブラを落下させたのだ。

 自分をのぞけば敵は全て下にいる状態じょうたいで、頭上ずじょうを警戒していなかったアウローラはそれをかわすことができず、動きを封じられて地面に激突した。

『どうやら、彼に受けたダメージが想像以上のようだ。欲張よくばるのはよくないねぇ……しかし、目的は果たすとしよう』

「きゃあぁっ!」

「この、はなせ!」

 その声と同時に二人の悲鳴ひめいが響く。

 目の前のバレフォルに気を取られていたアウローラとイザベラは、一部のソルンブラが影を伝ってソフィアとレオーネを捕らえたことに気づけないでいた。

 タイミングを計っていたように、バレフォルはきびすを返し、自分の周囲に爆炎ばくえんをあげる。

 おさまったその時、すでにバレフォルはソルンブラともども姿を消していた。

「アウローラさん、イザベラさん。あなたたちは、あの怪物を知っているの? ソフィアさんとレオーネ君はどこへ行ってしまったの!?」

 初等部の教師がアウローラたちに詰め寄る。

 目の前で受け持った生徒が、魔獣まじゅう幻獣げんじゅうとは思えない怪物に連れ去られたなど、冷静に受け止めることなどできるはずもない。

「……すみません。わたしたちにもはっきりとしたことは言えません」

 アウローラが素直すなおに頭を下げたことで、さっしてくれたのか、それ以上いじょう追求ついきゅうはして来なかった。

「ところで、ディーノ君とカルロ君はどうしてしまったの? 戦っている途中に突然消えてしまったみたい」

 教師がそうつぶやいたと同時に、アウローラの顔色が変わった。

 しかし、子供たちを一瞥いちべつして迷いが出ている顔だった。

「この子たちはわたくしに任せなさい! それに顔に書いてますわよ? 『ディーノさんが心配で今すぐ探しに行きたい』って」

「え、えええっ! で、でもイザベラさんが一人に……」

 イザベラに核心かくしんを突かれて、言葉がしどろもどろになるアウローラの顔は真っ赤だ。

「そんな顔してる人に、心ここにあらずな対応をされても邪魔なだけですわ! シエルさんもフリオもシュレちゃんもいるんですから、さっさと行って来なさい!」

「……イザベラさん。ありがとうございます」

「お礼なんていりませんわ。かすめ取るようなマネは嫌いですの!」

 背中を押されたアウローラは、ディーノが跳び去った方向へと振り向かずに走り出した。

 学生寮からほど近い林の中に入る。

 マナの探知魔術でもあればたやすいが、あれは専用の魔道具まどうぐによるサポートがあるにしても高等技術だ。

 ディーノは以前森で迷った時やってのけたが、体の中に宝石を埋め込んだ魔降術士まこうじゅつしだからこそ、自分以外のマナを敏感びんかん察知さっちできるからだ。

 今の自分にできることは足跡あしあとなどの痕跡こんせきを探すしかない。

「これは……」

 進んでいくうちにアウローラは、不自然に折れた木の枝を見つけ、見上げれば今さっきその枝が折れたような木を見つけた。

 さらに、地面に白い砂のようなものがかれているのが目に入り、それを追った。

 憶測だが、普段のディーノならこんなあからさまな痕跡を残しておくとは思えない。

 つまり、それだけ受けたダメージが大きく、満身創痍の状態ということだ。

 白い砂を追って茂みをかき分けた先に、アウローラは探し人の影を見つけた。

 ディーノは木の幹を背にしてうずくまり、半分はあの幻獣の鎧が残っている。

 鎧の部分がボロボロにちてくずれ落ちていく、それがここへ来る途中に見つけた白い砂の正体だと嫌でも気づいた。

「く、来るなっ!」

 近づこうとしたアウローラを、ディーノは必死な声を張り上げてこばむ。

「見るな……見るんじゃねぇっ!!」

 アウローラはそのまま近づいて、震えるディーノの手を握りしめる。

「落ち着いてくださいディーノさん。わたしです。アウローラです」

 ディーノは一瞬ありえないものを見たような目でアウローラを見たが、その手に伝わる温度で現実だと認識する。

「悪りぃ……取り乱した」

 そう取り繕うディーノだったが、手の震えは未だ止まらず、鎧の体は最後の一片までも砂に成り果てた。

 だが、アウローラはどこかで違和感を覚えた。

 今までディーノが元の姿に戻ったときは、鎧がマナの燐光りんこうを放つ粒のようになって消滅していた。

 これは今までのものとは明らかに違う。

「とにかく、傷を治しましょう。保健室の方へ……っ!?」

 アウローラはとても信じられなかった。

 ディーノはアウローラの体を引き寄せ、抱きしめる。

 震えているだけじゃない、ディーノの体はとても冷たく感じていた。

「俺としたことが、すっかり忘れてた……。あれが普通の反応なんだよ」

 客観的に見てしまえば、あのディーノの姿は幻獣が混ざり合った姿に、鎧のような皮膚ひふ、ディロワールとさほど変わらない。

「あんな姿見せられりゃ、誰だって怖いに決まってる」

 むしろ、特殊とくしゅ状況下じょうきょうかであったとは言え、受け入れることができたアウローラたちの方がよく言えば特別、悪く言えば異常いじょうなのだ。

 アウローラもこんなディーノは初めて見る。

 いつものぶっきらぼうでしゃかまえた姿が見る影もなく、まるで子供のようにおびえている。

「大丈夫……、大丈夫です。わたしたちがいます」

 今のディーノを支えることができるのは、自分たちだけだとアウローラはディーノだけでなく自分自身にも言い聞かせるように言葉を発する。

「うーん、こりゃお邪魔だったかなぁ?」

 世界にふたりぼっちとなったと錯覚する時間は、突然の闖入者ちんにゅうしゃによってあっけなく壊れる。

「か、カカカカルロさん。こ、これはですね」

 真っ赤にあるアウローラだったが、カルロの登場は彼女が思っているのとは別の方向で作用し始める。

「てめぇ……なにしに来た?」

 今までの意気消沈いきしょうちんが嘘のように、ディーノはむくりと立ち上がった。

 その顔は覚えがある。

 ディーノはこの学園に来たばかりの頃、周りへの不信感と嫌悪けんおでギラギラと敵意を燃やしていた時と同じ目をしていた。

「落ち着けって。今のディーノ、自分が思ってるよりも重症じゅうしょうだよ?」

 カルロの言葉は火に油をそそぐものでしかなかった。

 ディーノは拳を握りこんで、ジリジリとおぼつかない足取りで近づく。

「いいよ、思いっきりカミナリ飛ばしてみな」

「カルロさん!」

 ディーノのただならぬ殺気と、それに対して飄々ひょうひょうと挑発するようなカルロにアウローラはうろたえるしかできない。

「僕が一番殴りやすいだろ?」

「まったくだっ!」

 ディーノは躊躇ちゅうちょなくうでを振りかぶって拳を突き出し、カルロは開いた右手で受け止める。

 いつものようにディーノは稲妻を呼び起こすイメージを頭の中にえがき、それに呼応して紫色のマナの光が発され、カルロに電撃でんげき炸裂さくれつするかに思われた。

 だが、発されたマナはけむりのように霧散むさんしてしまう。

「雷が……出ない? どうして?」

 カルロはその様に複雑ふくざつな表情を浮かべてため息をついた。

「やっぱりね。魔降術が発動しなくなってる」

 一転して冷静なカルロの言葉に、ディーノもアウローラも驚きを隠せない。

 その時だった……。

「ぐっ……があぁぁっ!!」

 ディーノの頭に突然の激痛が走ったのは……。

 魔符術まこうじゅつのカードに書かれた術式じゅつしきのような、赤い光の紋様もんようが全身に浮かび上がりそこから発された黒いモヤがディーノの体に入り込んでいく。

「ディーノさん!」

 アウローラは反射的にディーノの手をつかみ、アルマで光の回復魔術を使おうとするが、それをカルロが後ろから抱きつくようにして止める。

「うかつに近づいちゃダメだ!」

「でも!」

「正体がわからない術で、アウローラちゃんまで危険な目にあうのをディーノは望むかい?」

 ディーノは二人、いな、アウローラを巻きぞえにしないために、思うように動かない体を引きずって距離を取っていた。

(こ、こいつはまさか……)

 モヤで意識が遠のいていく中で、ディーノは仮説を立てる。

 この感覚はつい先ほどバレフォルから食らった攻撃そのものだ。

 だが、これは肉体を直接攻撃するたぐいの術ではなかった。

 消えかかった視界に突然現れたのは、突き抜けるようにんだ青さの空と海が見える風光明媚ふうこうめいびな港町。

 それはディーノにとって二度と足を踏み入れたくない場所だった。

 街の中心からは少し離れた場所にある小さな家で待っていたのは……。

(また、父さんと、母さん)

 それを認識した瞬間に、ディーノはまた意識がなくなっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る