失われる稲妻 -2-

「ふー、やっぱ重いねぇ。筋肉ありすぎだっつーの」

 カルロがふざけ半分にぼやきながら、意識を失ったディーノの体をかついで保健室のベッドに寝かせる。

 今のディーノの体からは、紋章の輝きは消えたものの目が覚める兆候ちょうこうはない。

「なんでこういうタイミングで都合悪く先生はいなくなっちゃうのかなぁっと」

「ディーノさん……」

 アウローラはそれを前にして、ただただ無力感しか湧いてこなかった。

 新しい力を手に入れて、少しでも役に立てるかも知れないと思った矢先に、こんな有様だ。

「あんまり気負いすぎは良くないよ。僕らはただの学生、敵の方が一枚も二枚も上手なのは当たり前だよ」

「でも! わたしだけ、あの時からなにも変わってないじゃないですか!」

 マクシミリアンの傀儡くぐつとなってしまったあの時から、少しでも前に進むために修練しゅうれんを重ねてきたはずなのに、これでは顔向けできない。

「思い詰めすぎると、負のスパイラルにハマるよ。さて、先生いないみたいだし、僕はアンジェラちゃん探してくるよ」

 カルロはそう言い残して保健室から出て行き、ディーノと二人きりになる。

「……ぐっ……うぐううっ!!」

 突然、息を荒げて苦しみ始めるディーノの様子を見ても、あのバレフォルになにをされたのか、アウローラにはさっぱり見当がつかない。

 ひとまず、濡らしたタオルで汗を拭き取るくらいしかできず、無情に時だけがすぎていく……。

「ここにいたのね。アウローラさん」

 しばらくして保健室にアンジェラが入ってくる。

「アンジェラ先生……カルロさんが連れてきてくれたんですか?」

「なんのこと? 初等部の方で騒ぎがあったって言うから、イザベラさん達と一緒にここへ来たのよ。怪我をしてるから、きっとここだって」

 さらにその後ろにはシエル、フリオ、イザベラの姿があった。

「イザベラさん、あの子たちは?」

「保護者の方が来るまで先生方が面倒を見ていますわ」

「初等部は臨時休校にせざるを得ないでしょうね。幸いなことに、この間と違って学園から出られないことはなさそうだから。問題はさらわれた子がどこに行ったか」

 教師であるアンジェラの反応はもっともだった。

「でも、ディーノ君がここまでやられるなんて……」

 あの場にいなかったフリオとシエルの表情は最も衝撃の度合いが大きかったことを物語っている。

「ねぇ……ひとつ聞いていい?」

 アンジェラは四人に向かって神妙しんみょうな顔つきで問いかける。

「あなたたちは、一体なにを知っているの?」

「そ、それは……」

 いつかは誰かに聞かれてしまうことだと言うのは、四人とも考えなかったわけではない。

 しかし、敵がどこに潜んでいるのかもわからないからこそ、これまで誰にも話すことはできなかった。

「みんなはそんなに先生を信じられない? 言えないような悪いことをしているの?」

 アンジェラの言葉に込められた感情は、身勝手な生徒に対しての怒りではなく、大人としてたよられることも責務せきむをまっとうすることもできない不甲斐なさからくるものだった。

「まぁ待て、そのような話を病人のいる場でするものではないぞ」

 その場にいた全員が、突然の声に驚く。

 気がつけば、ディーノが寝ているベッドをはさんだ反対側に、さらに意外な人物がいたからだ。

「が、学園長先生いつの間に!?」

「いかにも、学園長のシャルロッテ・オルキデーアじゃ」

 なにも知らない人間が見れば、初等部の生徒にしか見えないが、見た目に反して言い知れぬ圧力をめている。

「まずは、此奴こやつの方が先じゃの」

 オルキデーアはディーノに顔を近づけて様子を伺いつつ、服を脱がせて上半身を触診しょくしんする。

 ただ肉体を見ているのではなく、目と指先にマナを集中させ、ディーノのマナを探っているのだ。

「ふむ、厄介じゃな」

 咳払せきばらいしつつ、オルキデーアは言葉を続けた。

「単刀直入に話す。此奴は今、おのが悪夢に侵されておる」

「それは、精神操作系の魔術と言うことですか?」

 アンジェラの返しに、オルキデーアがそのまま黙って頷いた。

「そう言えば言ってましたわね。『過去と言う贈り物をした』って」

 イザベラがバレフォルの言葉を追従する。

「人間は誰しもこれまで生きて来た記憶を積み重ねておる。この術をかけた奴は、その最ももろい部分を壊しにかかる魔術、いや呪法じゅほうを用いて内側からむしばみに来ておるようじゃ」

 ディーノの戦闘技能は、学園の生徒の中では群を抜いている。

 ただの魔獣だけでなくディロワールを相手にしても引けを取らないどころか、これまで退しりぞけて来た。

「ここからが問題じゃが、この呪法は普通の魔術で治癒ちゆできるものではない」

「じゃあ、ディーノさんはずっとこのままなんですか?」

 考えないようにしていた最悪の事態を、思わずアウローラは口走ってしまう。

「呪法は魔術とは勝手が違う。元は魔術として考案されたものじゃが、その効果はことごとく人を人とも思わぬ凄惨せいさんな光景を幾度いくどとなく生み出し、その非道さから使用することを禁じられ封印された」

「そう、無理に封印を解いて使おうとした術者が命を失うような呪いをかけてよ。でも、それをためらいなく使う相手が、学園にいるなんて」

「まさに、悪魔の術ってわけだね」

 アンジェラの補足に、シエルがいつもの明るさも出てこなくなったような小声でつぶやく。

「今から正式な解呪かいじゅの方法を探すのは時間がかかりすぎる。これは危険な賭けじゃが、精神的なものだからこそ可能な方法が一つある」

 オルキデーアはため息をひとつついてさらに続けた。

「呪法にしろ魔術にしろ、精神に作用する何かが此奴に入り込んでおる。物理的な方法や普通の攻撃魔術は通じんが、別の人間の精神を一時的に入り込ませ、その原因を潰す。しかし、行けても二人が限界じゃ。儂は外からその出入り口を制御せねばならんから行けぬとして……」

『わたし(わたくし)が行きます(わ)っ!!』

 アウローラとイザベラが同時に声を上げた。

「待って二人とも、呪法の危険性は魔降術の比じゃないの。ここは先生に任せて」

「お願いします。わたしはディーノさんにまだなにも返せてないんです」

「恩人の危機をただ見ていろなんて、ここで引き下がってはヘヴェリウス家の名折れですわ!」

 二人を止めようとするアンジェラに、真っ向から言葉を返す。

 その目はひたすらまっすぐ前しか見ていない、迷いのないものだった。

「かかかかか♪ お主の負けじゃアンジェラ♪ 案外、深い関係を持った相手の方が成功率は上がるかもしれんしな。ではここに立つがよい」

「学園長、万一のことが起きたら」

「そのために儂がフォローする。アンジェラ、お主には残った三人を任せるぞ」

 オルキデーアは、アウローラとイザベラを自身の前に並ばせると、古びた木で作られた杖を取り出し、集中し始めると、オルキデーアの額には白く輝く真珠のような宝石が浮かび上がる。

『我、シャルロッテ・オルキデーアが命ずる。蝕まれし者の心の世界へ道を開き、この者たちの心を送り届けよ』

 詠唱《えいしょう》と共にアウローラとイザベラの体が強烈な光に包まれたと思われた瞬間、糸の切れた人形のように、前のめりに倒れこんだ……。

「さぁ、ここからじゃぞ」

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