仮面舞踏会再び

 ディーノは無言で剣を構える。

『つれないねぇ……。マクシミリアンのように招待状を送るべきだったかい?』

 赤いマントを大仰おおぎょうにはためかせながら、こちらを茶化ちゃかしてくる。

 黒いよろいのような体に、ガイコツのような顔、頭に生えた雄牛おうしのような角は右側が折れた左右非対称ひたいしょうな外見。

『男同士で踊るのは、これで最後にしたいものだねぇ』

 その両手から上がる炎がそれぞれ剣の姿をとって実体化する。

 今までのディロワールをうらあやつっていた幹部かんぶ、その正体は今まで一番近くにいた。

 それがくつがえしようのない事実だと言うのなら……。

 ディーノは剣を握り込む手に、一層いっそうの力を込め、胸に埋め込んだ宝石に意識を集中し、紫の稲妻いなずまがその体めがけて落ちる。

 体は眼前がんぜんのディロワールとは対照的たいしょうてきな竜を思わす白の鎧となり、手足だけ稲妻と同じ紫色に染まる。

「行くぞバレフォル……、いやカルロッ!!」

 ディーノはバレフォルへと向かって一直線に突進とっしんする。

 どんな小細工こざいくを使って来ようと、自分にできるのはそれだけだ。

 バスタードソードを振りかぶり、バレフォルに向かって刃が振り下ろされた。

 ディーノの一撃いちげきをバレフォルはなんなく炎の剣で受け止め、そしていなす。

 この状態でもパワーはディーノの方が上回っているようで、バレフォルは受け止めるのではなくひたすらにかわす。

 一分の時間制限を逃げのびられれば、もうディーノに打つ手はない。

 前に戦った時のような、無謀むぼうめのふりをして近づく作戦は、向こうも分かりきっている。

 ならば、向こうが想像そうぞうしえないことをするしかない。

「くらえっ!!」

 上半身じょうはんしんをバネのようにして、槍投やりなげの要領ようりょうでバスタードソードを投げる。

 バレフォルへ向かって一直線に飛ぶ刃だったが、バレフォルは余裕よゆうを見せてかわす。

『残念、稲妻は落ちないようだね』

 遠くの相手に対してはよくやる戦法だが、向こうもそれはみだったのだろう。

 武器を失ったのを好機こうきと見てバレフォルは前進してきた瞬間しゅんかん、ディーノは空いていた手を思いっきり引く。

 それと同時に、あらぬ方向へ飛んでいったはずのバスタードソードが戻ってきた。

『これは!?』

 ディーノの手と稲妻でつながれたバスタードソードがバレフォルの周囲を旋回せんかいしてその体を巻きつける。

「てめぇほど器用じゃねぇが……これくらいはできるぞっ!!」

 目の前にいる男が得意とくいとする魔術まじゅつ、ディーノではマナを遠くへと飛ばす素質そしつがないゆえに考えもしていなかったことだ。

 即席そくせきのフレイルで、バレフォルの動きを封じて自分とつなぎとめる。

 そのまま力ずくて引き寄せて両者りょうしゃ距離きょりちぢまり、渾身こんしんの力を込めた左拳ひだりこぶしの一撃がバレフォルの顔面がんめんたたまれた。

「まだだぁっ!!」

 そのままディーノは、打ち込んだ左腕でバレフォルのマフラーをつかんで力いっぱい引きよせ右拳の連打れんだを顔面にびせる。

『ごふっ!』

 いていると確信を持ったディーノはそのまま攻撃の手を止めない。

 時間制限が来るまでに拳を叩き込み続けてとどめを刺さなければ、もうチャンスはめぐってこない。

あせるなディーノ! 手打ちになっている!』

 静止せいしする内なる声にも耳をさずに、紫電しでんをまとった拳は止まらない。

 だが、それは長くは続かなかった。

 自分たちを赤い光の紋章もんしょうかこっていたことに気づいた時には遅かった。

トラップ噴出イルプティン、”地雷ランドマイン”』

 視界が真っ赤に染まり、真下ましたから強烈きょうれつ爆炎ばくえんがディーノをつらぬいていたのだ。

 ただやられていたわけではなく、そのふりをして設置型せっちがたの攻撃魔術を仕込んでいたようだ。

 再び両者の距離が開くと、無数の紋章が地面に輝く。

 高熱と打撃に近い衝撃しょうげき、だが今の鎧の体を倒しきれる攻撃ではなかった。

 さらに先ほどのことから推察して、発動までには時間差がある。

(一気に駆け抜けりゃいい)

 足にマナをめてイメージするのは、アウローラたちと初めてルーポランガと戦ったときの爆発的な加速かそく

 風のマナを持たないがゆえに完全な再現はできないが、別の発想で近づけることは可能だ。

 いつもなら剣を振り回す腕の筋力に使うマナを全て、両足へ注ぎ込み瞬発力しゅんぱつりょくを強化する。

 地面に赤く輝く魔法陣が火をく前に、一直線に駆け出すと同時に、手から先ほどの稲妻の鎖を飛ばし、地面に突き刺さっていたバスタードソードに巻きつけて引き戻す。

 さらにもう一つのイメージを頭の中にめぐらせた。

 記憶きおくに新しい担任たんにんが使っていた魔術、自由に空を飛べない代わりに自分が想像し得なかった回避かいひ魔術。

 ぶっつけ本番だが、相手がカルロなら記憶はあっても自分が使うとは思わないだろうと言う目算はある。

 バレフォルとの距離が次第に縮まっていき、複数ある魔法陣の爆炎ばくえんが交差するだろう中心点に差し掛かった瞬間、再び爆炎が上がる。

『その魔術は無理だ!』

 頭の中でひびいたのは、現実に引き戻す一言だった。

 発動していれば、ディーノの体は羽根のように軽くなり、爆風ばくふうを利用してさらなる加速につながるはずだった。

 しかし、魔降術まこうじゅつはイメージだけでどんな現象でも引き起こせる都合のいいものではない。

 契約けいやくした魔獣、幻獣との相性が悪ければ、どんなに克明こくめいなイメージを持っていたとしても、術そのものが発動してくれない。

 極端きょくたんな話、フリオとドリアルデが炎の魔術を習得しようとすれば、拒絶反応きょぜつはんのうが起こる。

 植物の幻獣が自身を焼きほろぼす力をきらうからだ。

 筋力強化からの加速はできても、ディーノとヴォルゴーレに軽量化けいりょうかの魔術は相性が悪かった。

 紙のように吹けば飛ぶ戦車など役に立たない。

 だが、これまでの加速で直撃を避けることには成功し、そのまま加速をゆるめずにバスタードソードを構えてバレフォルに刃をまっすぐに突き出した。

 ひらめ白刃はくじんがバレフォルの胴を貫いたかのように見えたが、そこにはなんの手応えもない。

 それが幻影だと気付いた瞬間、背中に高熱をともなう痛みが走った。

 爆炎は攻撃するためだけでなく、自分の存在をくらますための二重にしかけられた罠。

 ヴォルゴーレと一つになったこの体の防御を超えたダメージを与えてくる。

 その剣技の威力いりょく闘技祭とうぎさいで知るカルロのそれを超えていた。

 だが、同時にそれは接近戦に持ち込むチャンスがんできたということだ。

 ディーノはすかさず体をひねって斬り返し、バレフォルの頭上ずじょうに叩き落とす。

 紫に輝く雷刃らいじんとバレフォルが持つ二本の炎刃えんじんが交差し、火花が上がり、そこから間髪かんぱつを入れずにバスタードソードを片手で振り回して乱撃らんげきを叩き込み、バレフォルの鎧のような皮膚ひふから体と同じ漆黒しっこく鮮血せんけつが飛びった。

 時間が切れる前に決着をつけようとしたその瞬間だった。

 オレンジ色の光がディーノの視界を染め上げる。

 その正体はバレフォルの炎ではなく、夕暮れ時の西日にしびの光、作り出された亜空間あくうかんが消えて、初等部の校舎へと戻ってきたのだ。

 目に飛び込んできた強い光にひるんだ瞬間、バレフォルの炎の刃がディーノの脇腹わきばらつらぬき、体を中から焼かれる痛みが走る。

「こっ……の野郎ォッ!!」

 ディーノは右足を体の間へねじ込むように上げて、そのままバレフォルの体をり飛ばし、突き刺さった剣を強引に引き抜いた。

 同時に体の中から血が抜けて行くのを、ヴォルゴーレのマナで再生力を高めて強引に傷口をふさぐ。

 即座に回復するわけでもなく、失った血までは戻らないが、まだ体は動く。

 しかし、自分とバレフォルの存在を誰が見ていたかを、ディーノはまだ気づいていなかった。

『再び出でよ、ソルンブラ』

 バレフォルの号令と共に影からソルンブラが現れ、その狙いはディーノではなく、まだこの場に残っていた初等部の子供だった。

「くっ! まだ出てくるんですの!!」

「みなさん、バラバラにならないで!」

 イザベラとアウローラが応戦するが、数匹倒しながらもソルンブラたちは怯むことなく襲いかかってくる。

 風とむちのコンビネーションも光の壁もれそのものを全滅ぜんめつさせるまでに至らないままジリ貧になりかけている。

『さぁ、あの子たちを放っておくかい?』

 バレフォルの仕組んだのはこの二択なのか、それとも別に狙いがあるのか、ディーノは一瞬思案する。

「助けて!」

 やたらとよく通る声に、ディーノは聞き覚えがあった。

 はじけ飛ぶようにディーノは加速し、その声の聞こえる方へと疾駆しっくする。

「おおおおおおっ!!」

 いつものように繰り出した稲妻の剣が、ソフィアたちに襲いかかってきたソルンブラを軽々となぎはらう。

 そう、いつも通りのはずだった。

「あ……あ……」

 子供達の方に向き直ったディーノは、彼らの表情に気づいてしまう。

 恐怖きょうふの一色に染められた顔、そして視線が向けられていたのはソルンブラの群れにでも、バレフォルに対してでもなかった。

「いやぁぁぁっ! 来ないでぇっ!!」

 バレフォルとさほど変わらない魔獣と鎧を掛け合わせた姿、そしてこの身に浴びている黒いディロワールの血と自らが流した赤い血が混ざり合ったディーノの姿は人間のものではなかった。

「ソフィアに近づくな! バケモノ!」

 悲鳴をあげるソフィアの前にレオーネが立ちふさがった。

「待ってくださいその人は!」

 アウローラが制止に入るよりも先に、氷のつぶてがディーノに向かって放たれる。

「こ、子供たちに近寄ちかよらないで!」

 初等部の教師が近づいてきた脅威きょうい排除はいじょするために、魔術でディーノを攻撃してきたのだ。

 彼らにとって今の姿は高等部こうとうぶに通っている学生ではなく、おそってきた怪物のうちの一匹でしかない。

 ディーノは自分でも気づかずにおぼつかない足取りで後ずさりし始める。

『これを、待っていたんだよ』

 背後からの声を認識にんしきした瞬間、バレフォルの一撃がディーノの腹部ふくぶを再び貫いていた。

「ごふぁっ!!」

 一度つらぬかれて応急的おうきゅうてきに傷を塞いだものの、修復しゅうふくしきらずにもろくなっていた部分への一撃にディーノは血反吐ちへどを吐き散らした。

 視界が黒く染まっていく。

 ダメージを受けすぎた体に死がせまっていると思わされた瞬間だった。

『ただで死んでもらっては困るよ。君には、永遠の悪夢を彷徨ってもらおう』

 バレフォルのもう片方の手に黒いマナのような光が集まり、それがじん形成けいせいし、ディーノの顔面に放射ほうしゃされた。

「あああああっ!!」

 頭に飛び込んでくるのは、物理的な痛みなどではなかった。

 ビリビリと内側からほとばしる何かが引きずり起こす中で見えてきたものは死のイメージとは違う。

 ディーノに似た顔立ちで銀髪の男性と、自分と同じ黒く長い髪をなびかせる女性……。

(父さんと母さん?)

 敵は自分の記憶の中を探っているのか、目的はわからないが、これ以上無防備むぼうびにこの攻撃を受けたら危険だと本能ほんのう警告けいこくする。

 ディーノは強大な稲妻をイメージし、攻撃の指向性しこうせいも何もないただがむしゃらな魔術を発動させた。

 とどろきとともに稲妻はバレフォルを巻き込んでディーノ自身の体に落ちる。

『ここ……までや……る……余力がま……だあっ……たとはねぇ……』

 意識を失ってしまいそうになるが、バレフォルは警戒を強めて体が離れた。

 その一瞬のすきねらって、ディーノは残されたマナを全て脚力きゃくりょくの強化につぎ込み、後ろの子供達とは逆方向に思いっきり跳躍ちょうやくする。

 ほとんど力の残っていない体はフリオとの修練しゅうれん普段ふだんしていたりょうのそばにある林の中へ突っ込み、木々の枝をへし折りながら、着地ちゃくちもままならず背中から地面に激突げきとつした。

 敵がどこまで追ってくるかわからないが、満身創痍まんしんそういの自分には何もできず、アウローラたちを信じるしかなかった。

「おい、ヴォルゴーレ……傷は……」

 足を引きずりながら、少しでも遠くへ逃げつつ、内にいる幻獣に声をかける。

 だが、いつもなら返ってくるはずの声がなかった。

 鎧のような体が少しずつ砂のようにくずれていくのに、ディーノはまだ気づいていなかった。

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