交流会 −2−

 カルロは運動場の端に初等部の全員を集めると、ディーノと二人距離をとった。

「レディース! アーンド、ジェントルメーン! これから僕らの出し物をはじめまーす♪ 瞬きしてると置いてっちゃうから気をつけてね♪」

 カルロはその手に持った木剣を一本ディーノに投げ渡した。

 長さとしては自分の愛剣とほとんど変わらない。

 カルロの方もアルマと同じように二本の木剣を準備し、ディーノから五メートルほど歩いて距離をとった。

「さーて、お互いに持ったのは練習用の木でできた剣、これから二人でチャンバラごっこをやりたいと思いまーす♪」

 いわゆる演舞と言うやつだ。

 ディーノのできることが剣ぐらいと言う意味では、何もやらないよりはマシと言うものだ。

 カルロは制服からパッセ銅貨を一枚取り出した。

「月並みだけど、落ちた時ね」

 指で弾いた銅貨は宙を高く舞い上がると同時に、カルロとディーノはほぼ同時に、距離を縮めずに円を描くように移動する。

 銅貨が地面に落ちるとともにディーノは一直線に突撃し、カルロはジグザグに位置どりを変えながら両者の距離が縮まり剣が交差する。

(どう言うつもりだ? 段取りなんか考えてねぇぞ?)

 鍔迫り合いで至近距離まで顔を近づけたディーノは小声でカルロへと問いかける。

(適当に振っていいよ。僕が合わせる。四拍子のリズムを一定に保って)

 ディーノはバックステップで距離を取って横になぎ払えば、カルロは派手に宙返りをしてかわし、観客が沸き上がった。

 闘技祭の時を思い出すが、本物の武器を持つわけでもなく相手を破壊する精神的なストレスはかからない。

 繰り出す攻撃に合わせて、カルロは軽快なステップでかわし、あるいは体を回転させていなす。

 曲芸に近い動きは初等部の子供たちを魅了していくが、その体捌きは見せかけだけのものではない。

 闘技祭の時も今もあえて派手に振舞っているだけで、動きそのものに無駄をなくせば相手の命を簡単に刈り取ってしまえる。

「ん~、やっぱシエルちゃんの実況が欲しいとこだねぇ♪」

「俺はっ、静かな方がいい!」

 ディーノが剣を繰り出した後を追うように、ハイキックを見舞う。

「おっとぉ!」

 カルロが上体を反らしてかわしたところへ、今度は体を一回転させての足元を狙ったローキック。

 これもジャンプしてかわされたところへ、上段から縦一文字に剣を振り下ろす。

 逃げ場のない空中へ蹴りで誘導した上での三段攻撃を、カルロは木剣を交差して受け止めるものの、地面へと叩き落とされた。

 受け身をとったカルロは大きく飛びのいて、ディーノの届かない場所から体勢を立て直す。

 最初はまばらな歓声が聞こえてきていたが、見ていた誰もが言葉を失うほど、この戦いに魅せられていた。

 奇しくもそれは闘技祭の時と全く同じだ。

 一級品の腕を持った二人の戦いが、そうさせている。

 そして、これほどの腕を持ちながらも、カルロはそれを邪な目的のために使っているのだと思うと、ディーノは内心で胸が痛くなる。

 マクシミリアンと戦いに赴いた時、戦う理由を疑ったディーノを殴ってまで正したあの言葉も思いも嘘だったのかと……。

「どしたの? 振りが鈍いよ?」

「大したことじゃねぇよ。で、これいつまでやんだよ?」

「あ~、あはは、疲れてきてんのね……」

 肉体的なものだけではないのだが、間違いでもなかった。

「はぁぁぁっ! 見よっ! スタンツァーニ家一子相伝の必殺剣!!」

 バッ! バッ! バッ! と衣擦れの音が聞こえてくるほど大仰な動きで構えながらカルロが突進してくる。

「うおおおおっ♪ “紅刃剣舞アディオ・ダンツァ”ァァァァ!!」

 派手に叫んではいるが、むしろこれは完全にパフォーマンスの域だ。

 要は、食らうなり返すなり好きにしろと言う意思表示だとディーノもわかった。

 サイドステップでディーノは無難にかわして、額を軽く小突く。

「ぎゃーん、ばたっ!」

 冗談まじりにカルロは前のめりに倒れこんだ。

「ふっ、この技を破ったのは君で五十三人目だぜ……」

「破られすぎだろ」

 あくまでもごっこ遊び、見世物、最後は笑いで幕を閉じる算段だったらしい。

 出し物が終わって心労から解放されたせいか、気が緩みかけたその時だった。

 陽も傾き始め、長く伸びていた影が突然ぐにゃりと曲がりはじめ、ぞくりと背筋に悪寒が走る。

(こいつは……)

『あぁ、お前の考えている通りだろう』

 ディーノは木剣を投げ捨てて制服の懐からカードを取り出し、学生服にマナを集中して黒の魔衣に変化させ、臨戦態勢を整える。

 それとほぼ同時の出来事だった。

 影という影から現れた、人間とも魔獣とも言い難いシルエットには見覚えがある。

 爬虫類のような頭部に牙だらけの口、鞭のように伸びた腕にカギ爪のついた三本指、狼のように平原を掛ける逆関節の足がついた怪物たち。

 ディロワールが使役する雑兵”ソルンブラ”だ。

 しかし、初等部の面々はこいつらの存在も出し物の一環だと思っているのか、逃げる気配を見せない。

 ディーノはカードをバスタードソードに具現化させて、その内の一体に斬りかかり、その攻撃に反応したソルンブラは同時に腕を振りかざしてディーノの顔をカギ爪がかすめる。

 ソルンブラが真っ二つになったものの、溶けるように消えただけのこいつは本体ではない。

「早く逃げろ! こいつは芝居じゃねぇ!!」

 頰から血を滴らせながら叫ぶディーノの形相で、ようやく気がついたのだろう。

「先生のそばを離れないで」

 真っ先に教師が動いて生徒たちを一箇所に集めた。

 アウローラとイザベラも、それぞれがアルマを構えて臨戦体制に入る。

「来てください、”ブリュンヒルデ”さん!」

『「ライト」「射撃シュート」「集束フォーカス」”聖なる弓矢セイントアーチェリー”』

 アルマから輝きを帯びたマナの矢がソルンブラを撃ち抜くと同時に、翼のついた甲冑の魔衣ストゥーガを纏ったアウローラが三叉槍トライデントを振るう。

 それを援護するように竜巻をまとった鞭が周囲の敵をなぎ払った。

「新しいアルマでなくても、これくらいはできますわ!」

 イザベラが鞭を構えて、足手まといでないことをアピールする。

 だが、ソルンブラは母体となる一匹を仕留めない限り、倒しても倒しても無限に増殖を繰り返してしまう。

 一向に数の減らない群体に取り囲まれて、初等部の子供らを逃すこともままならないでいる。

 以前倒した時は、シュレントが本体を暴き出してくれたが、あいにくまだこの場にはいない。

 ディーノは意識を集中して、宝石を持った一匹を探すイメージを固める。

 いつも攻撃に使う雷はただひたすらに威力だけをあげて行くが、マナを探知するためにはその逆だった。

 ディーノの体を中心にして、ごく弱く発した雷のマナを波紋のように広げていき、それが別のマナにぶつかった反応を感じ取るのだ。

 しかし、本来この魔術は戦闘向きではない。

 マナの感度を上げることに神経を使ってしまうため、ディーノ自身が全くの無防備となってしまう。

 ソルンブラ達が一斉に襲いかかり、無数の爪が魔衣を引き裂き、体に痛みが走っても、ディーノはピクリとも動かないでいる。

「ディーノさん!」

 アウローラが攻撃に割って入る。

『「ライト」「ウォール」「反発リパルション」”煌きの障壁グリッターオブストラクション”』

 デッキに組み込まれているのは、光のマナを用いた防御魔法。

 半透明の光で作られた壁がソルンブラたちをはじき返し、強い輝きを発した時だった。

 光を浴びたソルンブラ達の漆黒の体が透き通り、赤い宝石を持った一匹が明らかになる。

 影と言うものは光を受けて生まれる。

 光のマナで構築されたアウローラの魔術は、奇しくもその特性によって敵の特性を無力化していた。

「アウローラ、その宝石を砕け! それでこいつらは消える」

 ディーノからの指示に即座に対応したアウローラが、ブリュンヒルデの穂先が赤い宝石を貫いた。

 瞬く間にソルンブラ達が煙のように消え失せたが、ディーノの中では疑念が消えないでいる。

 一体なんのためにこのような襲撃を?

 この程度の雑兵で自分たちを始末することなど叶わないことは、敵はわかりきっているはずだ。

「ディーノさん。お怪我は……」

「気にすんな。こんなもん大した傷じゃねぇ」

 心配げによってくるアウローラに、いつものぶっきらぼうな態度で返す。

 魔衣ストゥーガの防御力ならば、あの程度の攻撃は問題ではなく事実を述べたにすぎないのだが、アウローラの顔はむくれたままで固定されている。

『「ライト」「治療キュア」”快癒の陽光サンライトヒーリング”」

 アウローラは無言で光の魔符術を発動させると、淡い光に包まれたディーノの傷はみるみると塞がっていく。

「あまり無駄使いすんな。これで終わりとは限らねぇぞ?」

 過度の乱発はすべきではないのだが、アウローラは頑として譲る気は無いと表情で語っていたが、今は小競り合いをしている場合でも無いと頭の中を切り替えて周囲を見回す。

 新たなソルンブラが現れる気配はないが、同時にこの場にいたはずの人間がいなくなっていることにようやく気がついた。

「カルロはどこだ?」

 ディーノが口走って、アウローラもイザベラもようやく気づいたようだ。

「確かに、戦っている様子はありませんでしたわ」

 つまり、ソルンブラが現れた混乱に乗じてこの場から消えた。

 それはなんのためにだ?

 だが、敵はディーノにゆっくりと考える時間を決して与えてはくれない。

 体全体に感じる悪寒がそれを証明していた。

 赤黒く染まる空、自分の周囲に広がった不毛の荒野、著しくマナを阻害し胃の中の物を吐き出したくなる不快感。

「やぁ、ディーノ」

 ディーノの目の前には、二度目の対峙となる漆黒の悪魔がいた。

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