交流会

「みなさん。今日は高等部のお兄さん、お姉さんたちが遊びに来てくれました。ご挨拶しましょうね」

『よろしくおねがいします!!』

 初等部の女性教師が元気よく号令を発して、一斉に大きな声で迎えられる。

 週末の午後に予定されていた初等部の交流会は予定通り行われ、ディーノ、アウローラ、カルロ、イザベラの四人は五年生の教室が割り当てられ、軽く自己紹介を済ませる。

 初等部は一学年に二十人、他の学年にも均等にシエルをはじめとしたクラスメイトが招かれている。

(なんで、こうなるんだよ……)

 警戒や嫌悪の視線はさほど感じない。

 むしろ、四人共が歓迎されている雰囲気は見て取れるのだが……。

『つくづく、縁があるようだな♪』

(疲れるから黙ってろ)

 自分たちが教室に入って来た瞬間から、キラキラと輝く視線が二つほど、ディーノに向けられていることは即座に察した。

 桃色の髪の女子と金髪の男子、二人とも面識があった。

 ソフィアとレオーネ。

 学園に来る直前の船旅で魔獣から助け出し、そして闘技祭で名前を知った生徒だ。

「最初は来てくれたお兄さんたちの似顔絵を描いてあげましょう。いつもの班を作って、それじゃあ」

「はーいっ! ディーノおにーさんがいいです!」

 勢いよく手を上げてディーノを逆指名して来たのは、ソフィアだった。

「希望があるなら、それでもいっか」

 正直な話、力一杯断りたくなるほど気恥ずかしかったが、あっさりと教師の方が快諾してしまい、逃げ場など存在しなかった……。

「モテる男は辛いねぇ♪」

 肩に手を回してからかってくるのカルロの腹を、見えないように肘で軽く小突く。

「えぇ、ほんと。事のあらましを聞いてみたくはなりませんこと?」

「そうですね。じっくりと詳しくお話ししていただきたいです♪」

 追従するアウローラとイザベラの背中から、ただならぬオーラを発しているのがわかる。

「別に大したことしてねぇよ、顔合わせたのも一度か二度だぞ?」

 ディーノは口から大きなため息が漏らしながら、ソフィアとレオーネがいる班に向かい、用意された椅子に腰掛けた。

「そいつがもう呼んでたけど、名前はディーノ。五ヶ月前から高等部に通ってる」

 相手は年端もいかない子供たちだ。

 いつものように淡々としながらも、怖がらせてしまわないようなるべく語気を抑えて自己紹介をする。

 すでに顔見知りであるソフィアとレオーネはともかく、ほかの三人は容姿の印象で警戒している様子だった。

 それが普通の反応だと言い聞かせながらも、アウローラ達は雑談に花を咲かせながら仲良くやっているようだ。

「さぁ、小さなレディーのみんな。僕をカッコよく描いてくれよ? でも気張らずに楽しくね♪」

「男子は?」

「もちろん大歓迎だよ〜」

 相手が子供でも女の子優先で楽しげに会話しているカルロ。

「そ、そのネコちゃんのマスコットはどこに売ってましたの!?」

「えっと、ママの手作り……」

「お母様に感謝しなきゃいけませんわよ?」

 猫グッズがとっかかりになっているのはイザベラの班だ。

「あの……アウローラおねえさんって、つきあってる人いますか?」

 一人の男子が顔を真っ赤にしながらアウローラに質問している。

「まだそこまでじゃないけど、好きな人なら……」

 アウローラの方は子供の問いかけにも顔を真っ赤にしながら真面目に受け答えしていた。

「がーん!」

「だからいない方がおかしいって言ったじゃない。身のほど知らず」

 玉砕する男子を隣に座っている女子が呆れた声をあげている。

 子供ながらにそういう感性が育っているようで、どの班も楽しそうに時は進んでいた。

 なら、自分がそれを真似て何か話してみるかとも思ったのだが……。

(何話せばいいんだ?)

 こんな経験などさっぱりないのだから、気の利いた言葉など出て来るはずもなかった……。

「あ、あのっ! ディーノさんってあの雷、どうやって出してるんですか?」

 会話の糸口がつかめないディーノに対して、口火を切ったのはレオーネだった。

 闘技祭でソフィアと一緒に自分の戦いを見ていたのだから、ソフィアと同様に不思議な力だと思われているのだろう。

「他のやつと一緒で、カード自体は俺も使ってる」

 ディーノは制服の懐からバスタードソードを変化させているカードを見せた。

 魔降術に関する知識はある程度の年齢に達するまで秘密にすべきだというのが、この学園の方針なら迂闊なことは言うべきではないだろう。

「ただちょっと特別で、俺の宝石はこの学園から貰った物じゃないってだけのことだよ」

 少なくとも完全な嘘というわけではない。

「旅先で出会った、でっかいドラゴンと戦って友達になった」

 冗談交じりに話していると、食いつかれたみたいで、緊張がほぐれたのかペンを紙に走らせ始めていた。

 モデルとして動かないこと小一時間、全員が絵を描き終えて見せてくれる。

 三人は今座っていた自分の顔をそれぞれ見せてくれる。

 黒い髪と顔の傷跡が目立つせいか、似顔絵の方もそこが強調されていた。

 しかし、ソフィアとレオーネの二人は違う。

 レオーネの絵は、闘技祭のイメージを反映させたのだろう、二振りの剣を持った赤い服の相手、恐らくはカルロと戦っている絵だ。

 紫の雷を帯びた剣を振り回している情景を子供ながらに精一杯描いたのだろう。

 そして、ソフィアはと言えば、船の上を飛びながら、巨大な鳥に向かって雷を落としているディーノの姿だ。

 自分が抱きかかえられているところまで、ちゃっかりと描写されている。

 初めての出会いがそれだけ鮮烈だったことと、それを決して忘れてなどいないとアピールしているのがわかる。

「みんなの似顔絵は、お兄さん達にプレゼントしてね。そのお礼に今度はお兄さん達が何かやってくれるからね~」

 初耳だった。

 それほど芸達者というわけではないディーノに、子供が喜ぶような特技などあるはずもない。

「先生、ピアノをお借りしてもいいですか?」

 教室の片隅にあるピアノを指して、アウローラが真っ先に声をあげる。

「さ、みんな集まってください♪」

「アウローラさんだけじゃありませんわよ?」

 イザベラは持ち込んでいたケースを開けて取り出したのはバイオリンだった。

 全員がピアノの周りに集まったのを確認して、アウローラが鍵盤を叩き始めた。

 奏でられる旋律は、穏やかでありながらも力強い水の流れを感じるようなものだ。

 それだけでなく優雅に、楽しげに、そして気品に満ち溢れた彼女の姿に誰もが目を離せないでいる。

 だが、腕を披露するのはアウローラだけではなかった。

 その隣ではイザベラがバイオリンを構えて、ピアノの音色に重ね合わせる。

 それぞれの音が生み出すハーモニーが初等部の教室を幻想的な夢の世界へと変貌させる。

 彼女達の腕は一流の奏者と比べても遜色のないものだと、素人のディーノでも理解できた。

 やがて演奏が終わると、教室はしんと静まりかえる。

 パチ……パチ……、と手を叩き始めたのはカルロだった。

 それを皮切りに初等部の子供たちが大きな拍手をアウローラたちに送り始める。

「どうでしたか、ディーノさん?」

 戻ってきたアウローラが感想を求めてくる。

「歌とは大違いだな」

 初めての授業で披露されたあの壊滅的な歌声を思い出してのものだった。

 アウローラはムッとした顔でディーノを睨みつけてくる。

「もうちょっと気の利いた事言ってやろうぜ? さっきポケーって口半開きにして聴き入ってたくせに♪」

「なっ! そんな顔してねぇよ!」

「いーや、してた♪」

 からかってくるカルロとムキになるディーノに、教室が笑いに包まれるのだが、二つほどの視線がアウローラとディーノに向けて放たれていた。

「ところでわたくしへの感想はございませんの?」

 蚊帳の外に置かれかけたイザベラが詰め寄ってくる。

「意外だったとしか言えねーよ」

 そもそも、知り合って間もない彼女にこんな特技がある事自体想像もできない。

 事実だけを淡々と語るようなディーノの感想は悪く言ってしまえばひどく味気のないものだった。

「ディーノおにーさんはなにかやってくれないんですか?」

 今度はソフィアが聞いてくる。

 アウローラ達が演奏を披露したのなら、次はディーノとカルロに期待するのは無理もないのだが……。

 その視線には別の感情を感じている。

「あ、いや俺は……」

「よーしわかった♪ 僕とディーノで小さなレディーの期待に応えちゃおうじゃないの♪」

 答えあぐねているディーノにカルロが割り込んできた。

「じゃあ、外に出ようか?」

 カルロは期待を煽るように窓の外を指差し、全員で玄関から校舎の外へと向かっていった。

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