輝ける落ちこぼれ

 戦いが終曲フィナーレを迎えた訓練場は静けさに包まれていた。

 双方が武器を納めて魔衣ストゥーガを元の制服に戻すとほぼ同時に、観客となっていたクラスの面々が一斉に歓声を上げる。

 傍目から見れば互いの力が拮抗した名勝負にも映ったのだろうが、ディーノは素直に喜ぶ気分にもなれなかった。

 今のディーノには相性の悪い相手への対抗策がなさすぎる。

「どう? 何か得られるものはあった?」

 そんな自分のことを見透かしているかのようにアンジェラは声をかけて来る。

「先生に勝てねぇんじゃ、この先やってけねぇってことぐらいはな」

「まぁまぁ、このあとちょっと面白い話をしてあげるから」

 もう授業も終わりに差し掛かる頃合いで、全員を一箇所に集合させた。

 大半のクラスメイト達は、興味津々の目つきでアンジェラを見ている。

 ディーノとの戦いの内容なのか、それとも彼女の本当の実力か、いずれにしてもこれから自分たちが触れていくであろう、新しい魔符術が魔降術士を相手にどれだけ戦えるのかを理解した感じだ。

「今見てもらった通り、魔符術にはたくさんの可能性があるの。今回はディーノ君と戦う予定だったから、デッキに組み込む魔術を調整したってわけ」

 クラスの面々が魔符術と魔降術を比較してコンプレックスを抱かないために、アンジェラは自分との模擬戦闘を提案したのだろうとディーノも推測する。

「でも、みんながみんな先生みたいに才能あったら誰も苦労しなくないですか?」

 クラスメイトの一人が言う。

 確かに、カルロ以外は渡り合える相手のいないディーノに誰もが勝ち得ると簡単に信じる者ばかりでもない。

 そして、ディーノ自身もこのままでいるわけではなく、今日の敗北を糧にさらなる精進を積み重ねて行くことは想像に難くない。

「そうね。実際、ディーノ君がこのまま順調に成長していけば、先生もいずれは勝てなくなる。けど、今の自分だけを見て悲嘆にくれる必要はどこにもないよ」

 こほん、とアンジェラは咳払いをして話を続けた。

「先生もみんなくらいの年頃にはこの学園に通っていて、あの頃は高等部だけだったし、生徒も今の半分ぐらいだった。そしてね、先生はいわゆる落ちこぼれだったの」

 クラスの面々が一気にどよめいた。

 あれだけ多彩な魔術を駆使して、ディーノを翻弄するほどの腕を持っている姿からは、その単語をとても重ねることのできないと言わんばかりだ。

「あ、今みんなウソだって思ったでしょ?」

 アンジェラは茶目っ気たっぷりに笑う。

「先生は二年生のあたりまで全く魔術を使えなかったの」

 曰く、彼女の母親は高名な魔符術士であり、娘であることから期待を寄せられていたと言う。

 どの属性の宝石を用いても、発動することのない不可解な事象には、相談に乗ってくれる教師も皆無だった。

「先生以外にも、てんでダメなのがもう一人たんだけどね。でも三年生になってからだったかな……きっと血の滲むような修行をしたんだと思うの」

 絶大な炎の魔術を習得し、別人のような成長を遂げたもう一人の落ちこぼれを見たとき、とうとうアンジェラは自分一人だけが取り残されたのだと、絶望しかかっていた。

「もう逃げたいって思った。誰もあたしを知らない世界に行きたいって、そんなときちょっとした出会いがあってさ。そいつ、魔術なんてちっとも使えないのに魔術士に勝ちたいって思ってるやつで、最初に見たときはすっごいバカだと思ったよ♪」

 だが、その剣士は現状に嘆くこともなく、ひたすらに自分の腕を磨くことを諦めなかった。

 そんな姿を見て、アンジェラは思い直したのだと言う。

「ふーん、つまりぃ、謎は全て解けた!!」

 唐突にカルロがその話に割って入る。

「アンジェラちゃんは、もういない剣士の元カレにディーノを重ね合わせて、そしてその寂しさから『「ランド」「打撃ブロウ」”岩石の槌ロックハンマー」”』げふぁっ!!」

 カルロの言葉を遮るようにアンジェラの一撃が炸裂し、カルロは訓練場の壁にめり込まされて磔となっていた。

「ちゃんと生きてるから!」

「はぁ、あんたは調子乗りすぎ……」

 いつもはツッコミ役を担っているシエルが心底呆れた声でため息をついていた。

「ま、今のダンナなのは間違いないし、剣士ってめんどくさい性分とは先生も思うかな。アウローラさんとイザベラさんはめげないでね♪」

 アンジェラの目線はディーノと、惚れ込んでいると嫌でもわかる二人の女子に注がれ、顔は真っ赤に染まっている。

「で、先生は結局何が言いたいんだよ?」

 アウローラとイザベラとは対照的に、ディーノはこめかみの血管を十字に浮かび上がらせて問いを返す。

 さすがに茶化しすぎたかと、アンジェラは咳払いをした。

「先生は三年生の冬ごろだったかな。自分の製霊シェリアニアを作った時に自分のことがやっとわかったの。実は先生、マナに属性がないんだよね」

 アルマの宝石は基本、術者の属性と同じものが使われている。

 宝石の基本的な属性の決まっている初級用のアルマでは、アンジェラのマナを引き出すことができなかったと言う話だ。

「属性がないってことは、逆に相性に縛られないってわけ。だから先生は地水火風の四つに関しては満遍なく使えるの。”四重奏カルテット”って呼ばれてるのはそれが理由」

 これで謎がはっきりと明示された。

 確かに珍しいケースで、あっけらかんと話しているが、その資質に気付くまでの道程は決して楽なものではなかったことは想像がついた。

「別に先生も万能で無敵ってわけじゃないからね? 光と闇の魔術はさっぱり使えないし、四つのマナを完璧に極めることは難しい器用貧乏なわけ」

 手札の多様さとデッキ構築の幅広さを代償に、持って生まれた一の資質を極限まで磨き上げる独奏者ソリストにはどうあがいてもなれないと言うことだ。

「人にはできるできない、そして向き不向きもある。同時に自分の力を引き出すきっかけなんて、探そうと思えばたくさんあるはずよ。だから、先生はみんなには自分をちゃんと見つめることを覚えていてほしいの。みんなはそれができなかった人をもう知っているはずよね?」

 最後の言葉に、おそらく全員が一人の元クラスメイトを頭に浮かべたことだろう。

 マクシミリアンは類い稀な才能を持ちながらも、自分も他人も曇った目でしか見ることのできない傲慢さから。力だけを渇望して怪物と成り果てたのだ。

 このクラスから第二、第三のマクシミリアンを生み出してしまわないために、アンジェラも考えるところがあったのだろう。

「ちょっと重たい話になったかな、あとは時間まで好きにしていいんだけど、私闘はなし! やったら問答無用で取り上げますからね?」

『はいっ!』

 ガヤガヤとクラスの面々はそれぞれのアルマを自慢しあったり、作った魔術のカードを情報交換したり、逆に疲れたのか隅っこで何をするわけでもなく休んでいたりと様々だった。

「ねーねー、アウローラは自分のアルマになんてつけるの?」

「”ブリュンヒルデ”……お婆様に聞かせていただいた、戦いの女神の名前、憧れなんです♪」

「あたしはそのまま”シレーヌ”ってつけよっかなって」

「僕のことは知りたい?」

「別にどうでもいい」

「んもー。シエルちゃんったら冷たごふっ」

 アウローラ、シエル、カルロはそれなりに楽しくやっているようだった。

「それじゃあ、今日のところは解散にしようか。幸い夏休みが近づいてるんだから、考える時間はたくさんあるからね」

 こうして、二年生最後の実技は終わりを告げて、二年二組の面々はそれぞれの節目を迎えることとなった。

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