四重奏の調べ −2−
クラスメイトのざわめきが一層強くなっていた。
おそらく、教師である彼女が自ら戦う機会はほとんどないのだろう。
ディーノは意識を集中して学生服を
その髪と同じ黒一色のシャツとズボン、裾がボロボロで頭を覆うフードがついた草色のロングマント、学園に来る前から愛用している旅装束をイメージしたものだ。
対するアンジェラも、タイトスカートとロングブーツが女性であることを強調するものの、下品さは感じない赤一色のローブをまとった姿に衣装が変化していた。
魔衣は着る人間のイメージに呼応して自由自在に姿を変え、マナによって強固な防具となる。
構えたバスタードソードは刀身を肩に乗せて担ぎ、足のスタンスは右足を軸にして左足は前に出す正統派とは言い難い独特の構えだ。
それに呼応するように戦いの緊張感が場を支配し始めていたその時だった。
『さぁ始まりました! 誰も予想してなかった世紀の一戦、ディーノVSアンジェラ先生! 果たして勝つのはどっちだ!』
傍目に見ていたクラスの面々が盛大にこけただけでなく、今まさに動かんとしていたディーノとアンジェラまでもがガクッと肩を落とす。
シエルが
新しいアルマにも同様の魔術を作っていたようだ……。
「はいみんなー、ジュースいかがっすかー? ライム、オレンジ、レモン、一杯一パッセでいろいろあるよー♪ それと倍率はアンジェラちゃん一対ディーノ三で張ってねー♪」
なぜかカルロが飲み物の売り子と賭けの胴元まで始めていた。
そして、それをどこから用意できたのかは誰も知る由はない……。
「オレ、ディーノに一〇パッセ!」
「いや先生に勝つのは無理っしょ。先生に十五パッセ!」
その光景に対して、アンジェラの周囲から烈火のごとき真紅のオーラが立ち昇っている錯覚をディーノが覚えた次の瞬間。
「やめなさぁーいっ!!」
アンジェラの一括と共に振りかざされた彼女のアルマ、”シェリアニア”の宝石が緑から青に変化する。
『「
どこからともなく大量の水が現れて、シエルとカルロと悪ノリに便乗したクラスメイトに向かって襲いかかり、訓練場の壁が水圧で吹き飛ばされた。
「まったくもう! 静かにして見てなさい! 返事は!?」
『はい……』
威力そのものは人を殺傷することがないように制御していたのだろう、怪我らしい怪我はなくずぶ濡れとなったシエル達が隅っこで正座をさせられ、おかしな方向に流れていた空気が戻ってくる。
「おほん! それじゃ気を取り直して、行くよっ!!」
その掛け声が合図となり、ディーノは右足を蹴って前に出た。
対するアンジェラはアルマを片手に落ち着いた様子で身構えている。
アンジェラの手の内全てがわからないにしろ、ディーノができることと言えばこの剣が届くまで間合いを詰めて接近戦に持ち込むだけだ。
意識を集中し、バスタードソードに紫の稲妻が落ちる。
幾度となく繰り返してきた魔術と剣術を同時に繰り出す一撃は、細かい理屈などやすやすと斬り伏せるシンプルな強さを突き詰めたものだ。
『「
巻き起こった大風がディーノの前身を阻むと同時に、アンジェラの体が風に乗って宙を高く舞う。
『「
そのまま杖に腰掛けた体勢でふわふわと浮かび上がった。
二つの魔術を使い分けて、ディーノの一撃をかわしつつ距離を取り、そのまま対空した上でやることは決まっている。
『「
上をとったアンジェラが再びシエル達を吹き飛ばした水の魔術を発動させ、ディーノに向けて濁流が襲いかかってきた。
それでもディーノは前に出ることを止めない、バスタードソードを大きく振りかぶり、全力の稲妻を帯びた一撃を大滝に向かってぶっ放す。
轟音と轟音がぶつかり合い、真っ二つに割れた瀑布が訓練場に降り注ぐ様はまるで嵐だ。
ディーノはこじ開けた空の道に向かって跳躍し、飛行の魔術を発動する。
一直線にアンジェラへと迫り、稲妻の二撃目を放たんとモーションに入った時、ディーノの心中に小さな違和感が芽生えた。
こっちが攻撃に入っているのに、避けるでも守るでも反撃するでもなく、悠々とした笑みを受けべているだけだ。
戦うことを諦めたのかと一瞬頭をよぎったが、向こう側から言い出しておいてそれはない。
だが、こっちはもう止めることができず、このまま振り抜くしかなかった。
アンジェラを斬り倒す一撃が入ろうとした瞬間、彼女の体がふわりと無駄な動きひとつなくひるがえり、ほぼ完璧にかわしていた。
互いに武器を持たない格闘術の手合わせならともかく、武器による攻撃を体捌きだけで予備動作もなしにかわしきることなど不可能だ。
「一発で終わり?」
「なわけあるか!」
おそらくなんらかのカラクリがある。
それを見破るために、ディーノは同様の攻撃を再び繰り出す。
結果は同じ、普通ならばアンジェラの体が真っ二つに割かれてもおかしくない一撃はくるくると舞う彼女を捉えることはかなわない。
「先生すっごーい! なんであんなに避けられるの? 速く飛んでるわけじゃないのに」
隅で正座したままのシエルは驚きの声をあげる、それはクラス全員の心境を代弁していると言ってもよかった。
「アンジェラちゃんは飛んでるんじゃないよ。浮いてるだけさ」
その隣にいたカルロがシエルにいつもの調子で語りかける。
「何が違うの? 大して変わんないじゃん!」
「それが違うのよ。見てりゃわかるって」
さらに三発、四発とかわされ続ける中で、シエルとカルロの会話はディーノの耳にも届いていた。
カルロはカラクリの核心を理解している。
飛ぶと浮く、この二つの単語の謎を解き明かせなければ、ディーノに勝機はない。
だが、考えがまとまるのを待ってくれるはずもない。
攻撃の手を止めないために、力任せに振り回しても当たらないのならと、頭を狙った突きに変更して見る。
しかし、切っ先が届く前にアンジェラの体は剣のリーチを測ったようにぴったりの距離をとりながら真後ろへと移動する。
攻撃の癖でも読まれているのだろうか?
しかしながら、今まで見た三つの魔術から言って、接近戦を得意とするタイプには見えない。
もしもそうなら、今の自分からはカウンターを取り放題だ、避けると同時に杖に打撃力を付与する魔術でも使って頭や胸を狙えばそれで決着はつく。
今のこの状況は、落ちてくる木の葉を斬るようなものだ。
(……っ!!)
そこまで考えて、ディーノの中で答えが繋がった。
「おおおおおっ!!」
今まで以上の速度で、ディーノは思いっきりバスタードソードを振り回しまくると、アンジェラの体はそれに合わせて動く。
「やけになったら勝てないよ?」
感情的になりすぎて、周りが見えなくなったと思ったのか、忠告じみた言葉を送るが、ディーノは聞き入れることなく攻撃を繰り返す。
虚しい繰り返しだと誰もが思っていたが、徐々に徐々にディーノとアンジェラの位置関係が変化していく。
渾身の突きをディーノが見舞い、アンジェラがまたもかわしたと思った瞬間だった。
アンジェラの背中に何かが当たる感触とともに、魔衣の裾がディーノの剣に貫かれ、壁に打ち付けるくさびとなっていた。
ディーノは間髪入れずに稲妻を発し、剣を伝ってアンジェラの体を電撃が走る。
ようやく与えたまともなダメージだったが、完全に仕留めるには至らないようだ。
「気づいてたのね」
「あんたは浮いてるだけだ。それも体が軽くなった状態でな」
空気の流れに乗るほどに軽くなったアンジェラの体は、ディーノが力を込めて剣を振るうほど、その風圧によって避けるまでもなく吹き飛ばされていたのだ。
おそらく、それによって接近戦に転じることができなかったのだろう。
軽量化された体ではまともなダメージを与えることは不可能だ。
だから、無茶苦茶に振り回しているふりをして壁まで追い詰め、距離を取れない状況を作り出す。
「でも、まだまだかな」
『「
『「
二人の間に火球が出現し、そのまま轟音とともに火柱が舞い上がった。
熱波と爆炎が襲いかかってディーノの体も吹き飛ばされるが、ダメージを受けた以上に驚愕したことは別にあった。
自分自身が巻き添えになるとわかった状態で、アンジェラはためらうことなく広範囲に効果が及ぶ魔術を発動させたのだ。
それを追い詰められた瞬間に実行できる決断力と豪胆さは、歴戦の猛者でも相手にしている気分だ。
やがて立ち上った白煙が晴れた先には、ずぶ濡れとなったアンジェラの姿が視界に収める。
「ちょっとやばかったかな」
どうやら、水の魔術を自分自身に同時に使い、爆炎によるダメージを強引に打ち消したようだ。
(……待てよ?)
妙だ。
アンジェラが使ったのは、”風”、”水”、そして”火”。
しかし、マナの相性の面で不可解な面が出てくる。
地水火風のマナは、打ち消しの構図から考えて、”風”のマナを持っていれば相性の悪い”土”と”火”の魔術はマナを打ち消されて本来の威力には届かない。
魔符術の自由度が高いと言っても、マナによる相性を覆すことはできないはずだ。
なのに、アンジェラの魔術はマナを阻害しあっている様子がない。
「ぼーっとしてないの!!」
『「
訓練場の床を石と土が突き破って現れ、巨大な武器となってディーノに襲いかかる。
今までと違う小細工のない一撃は、ディーノのそれと同じく食らえば致命傷となるのは見えた。
脚力の強化に全力を注ぎ、後ろへと飛びのいてアンジェラの攻撃をかわす。
壁を、床を砕きながら逃げ回るディーノを
これで四種類の属性全てを、相性のバランスを崩すことなく同等の威力を引き出していることがはっきりした。
これが、いつも教壇の前に立っているのと同一人物なのか?
どうする? どうする? どうする? どうすれば勝てる?
未知の攻撃に対しての思考がディーノの中で螺旋を構築し始めていく。
ディーノの攻撃は、稲妻を帯びた近接攻撃一辺倒、すなわちそれを止められれば打つ手がない。
迫り来る
「これが先生の実力?」
「もう、何を驚いているんですの!」
ただただ驚愕の視線を送り、呆然としていたアウローラに向けてイザベラが一括していた。
「頑張りなさいディーノ! 無様な敗北はこのわたくしが許しませんわ!」
刺々しい言葉ながらも不器用な激励の声をイザベラが張り上げる。
「かわいい女の子から応援されて、答えなきゃ男じゃないよなぁ!!」
カルロが冗談交じりに茶々を入れるように口を挟んでくる。
「もう! これじゃ、先生が悪役みたいじゃない! でもいっか♪ おーっほっほっほ! ヴィオレ先生の弟子も大したことないみたいね♪」
戦う相手であるはずのアンジェラがノリノリで悪役を演じ始める。
『くくくっ、さぁどうする?』
今の今までだんまりを通していた頭の中の相棒までもが乗ってきた。
「ディーノさん! もっと、自分を信じて!」
誰よりも凛とした声で、ディーノの耳に飛び込んできたのはアウローラの声だ。
情報が次から次へと入り込みすぎて一杯一杯になりかけた思考が、周りからの声で平静さを取り戻していく。
アンジェラがどんな得体の知れない戦い方だったとしても、やることは変わらない。
ディーノは足を止め、バスタードソードを構えて、荒れ狂う
稲妻が
その刃がアンジェラの首元に届くと同時に、ディーノの首筋に氷の刃があてがわれていた……。
「引き分けってところでいいかな?」
「あぁ……」
おそらくアンジェラはまだ余力を残している。
今のディーノでは完璧な勝利を収めることが難しいことを痛感させられていた。
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