四重奏の調べ
「さぁ、みんな魔術は作って来れた? まずはその提出からね」
翌日の午後、新しいアルマを製作する実技の授業は予定通り行われ、出席番号順にカードを提出していく。
場所は教室ではなく、屋内に設置された訓練場だ。
おそらくこの後、実際に魔術を使用するところまで進めるのだろうと、ディーノは予想していた。
アンジェラは提出されたカードを順々に見ていくと、人数分用意されていた別の紙に何かを書き込み、その様子をディーノ、フリオ、イザベラ以外の十六人が固唾を飲んで見守っていた。
「みんなのカードを返すから順番に取りにきて。こっちの紙にそれぞれの問題点を書き込んでおいたから、それも照らし合わせてあとは実際に使って見てちょうだい。みんなできたら最後のステップで今日、と言うか今学期の実技は終わりだから頑張ってね」
一人あたり二~三分のペースで、作ってきた魔術を察することができるのかとディーノは疑問に思った。
(まさか、適当にやってんじゃねーだろうな?)
『もっと視野を広げて考えろ。彼女が受け持っているのはお前たちだけではあるまい』
ヴォルゴーレはディーノと違って冷静な見地から返す。
魔符術士としての経験と知識で言うなら、アンジェラに敵う道理はない。
ましてやマナ学の教師であるならば、その性質を照らし合わせることなど息をするようにこなしてもなんら不思議ではないのだった。
全てのカードを返し終わると、目立った修正点のないクラスメイトが順々に立ち上がり、広い場所をとって自らのアルマを顕現させ始めた。
十メートルほど先に、人間を模して作られたらしき五体の的がある。
その中には当然のようにアウローラの姿もある。
人一倍勤勉にこなす彼女のことだから、例の本に記された魔符術式を全て暗記していると言うのも十分ありえる。
凛とした表情で
『「
その詠唱はアウローラの口からではなく、彼女のアルマが発した声だった。
光の矢が一閃、まっすぐに的へ向かって放たれ、人間で言えば腹部からずれることなく穴が開けられただけでなく、その後ろの壁にまで効果は及び、外側に生い茂る林が見える。
だが、それに一番驚いていたのは撃った本人のようだった。
「す、すみません! 制御がうまくいかなかったみたいで!」
アウローラは大慌てでアンジェラに向けて頭を深々と下げていた。
初めて使う新しいアルマから放たれた魔術は、自分が想像していた以上の威力だったのだろう。
「あ、いいのいいの。術式に落ち度はなかったから、それによく見なさい」
壁の方も見てみると”土”のマナの特徴である黄色いマナの燐光が集まって行き、立ち所に修復されていった。
「魔術を使う想定のある場所は、この下にマナの循環を促す魔道具が組み込まれているから、こんな具合に修復されるの。仮にディーノ君が全力で雷をぶっ放しても大丈夫だから♪」
カラカラと笑いながら説明するアンジェラ。
喩えに説得力があったからなのか、クラスの全員が安心したような笑い声をあげるが、ディーノは複雑な気分だった。
魔術を改めて完成させた面々が次々と新しいアルマを起動させていく。
「よーし、やっちゃうよー!!」
『「
シエルの考案した魔術は、音楽と歌の力で味方を補助するもののようだが、以前のアルマでやっていたように、音の力を攻撃に転用することも可能だろう。
だが、シエルには
魔符術の方はあくまでも攻撃以外の方向を伸ばし、戦い方の引き出しを増やしていく方針で行くのだろうとディーノは見立てていた。
「さーてと、そろそろ行こっかな」
カルロはショートソードを両手に構えながら、調子を確かめるように軽く跳んで構える。
『「
未熟な者ならば目で追うどころか、目にも止まらない速さの六連撃が、的の人形をバラバラにするだけでなく、瞬時にその切り口が黒焦げとなる。
「ま、こんなもんかな?」
飄々と鼻歌交じりの表情でアルマを元のデッキに戻すカルロだが、その速度とマナの練度を備えた剣技は闘技祭で見せた時以上の冴えを見せる。
さらにデッキの枚数が許す限り、五種類の魔術を備えることが可能なだけに、もう一度戦って勝てるかと聞かれればディーノは即答できない。
次に刃を交える時は、お互いの技を競い合う試合などではなく、自分たちの存在を天秤にかけた殺し合いになる。
「みんな魔術を試し終わったね? あとはみんなのアルマと製霊にふさわしい名前をつけてあげて。この授業中までに決めなくていいし、締め切りも設けないから、気楽に考えてね」
クラスの面々は不安に駆られるディーノとは無縁と言わんばかりに楽しげな返事を返し、友人同士で製霊を見せ合って談笑しながら、名前をどうしようかと話し始める。
「それと、ディーノ君。せっかくだから先生と戦ってみない?」
突然の発言に、ディーノは目を丸くするほかなく、その驚きはクラスの面々にも伝染していった。
「どう言うことだ、先生?」
「昨日から説明を聞くだけで何もやってないから退屈じゃない? それに同じ世代以外の魔符術士を肌で感じてもらうのもいいかなって。それに新しいアルマを使うお手本も見せたいの」
アンジェラの言うことにも一理あった。
ディーノ自身、魔符術そのものにも、扱う人間にも触れたことはこの学園にきてからだ。
教師である彼女も、物言いからして決して弱くはないだろうから、戦闘の経験を積んでおくにこしたことはない。
しかしながら、別に心配なことが出てくる。
「ただの鋼鉄の剣だけどいいのか? 一歩間違ったら先生が真っ二つになる」
「そっか、アルマ同士だったら模擬戦闘用に調整できるけど、ディーノ君はそうもいかないんだったっけ」
今まで使っていたアルマに関しても、相手を殺傷してしまわないため宝石に宿った製霊が威力や効果に制限をかけることができる。
それを解除していいのは学外の実習で魔獣を相手にするときや、闘技祭のような実戦を想定した行事ぐらいだったが、ディーノが所持しているバスタードソードは、魔術に関係のない一般的な武器と変わらないものだ。
実際、校舎に持ち込むための許可は、アンジェラが便宜を図ってくれたからに他ならない。
「ふふっ……ヘぇ〜、先生のこと心配してくれるんだ〜♪」
まるでシエルと変わらない、教師がするべきとは思えないほど悪戯っぽい笑顔を浮かべながらアンジェラはディーノをからかってくる。
「何がおかしい?」
「違う違う、嬉しいの♪ まぁ安心しなさい! 教え子に心配されるほどヤワじゃないつもりよ」
アンジェラは赤紫色のロングヘアーを揺らしながら、ディーノ以外の生徒全員を壁際まで下がらせて訓練場の中心に立つとデッキを取り出した。
どのマナの色とも違う銀色のケースに緑色の宝石がはめ込んである。
それを見る限り、風のマナを主に使うのだろうか、しかし見た目の若干違うそれに対しては、警戒心を働かせた。
「さぁ来て”シェリアニア”」
アンジェラの呼びかけとともに、白銀の
以前授業で見たシンプルな作りとは違う、長い持ち手を取り巻くように五線譜を模した装飾が施されている。
おそらくはこれが、アンジェラの持つアルマの本来の姿なのだろうと察した。
「さぁどうする? 別に強制はしないよ」
「いや、やらせてもらう」
ディーノもアンジェラの前に出て、カードをバスタードソードに変化させた。
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